6. シベリウス『樹の組曲』 1995年9号

 この音楽談義に取り上げる生き物は、どうも動物に片寄る傾向があり、今まで植物は登場していなかった。生命誌の音楽、という以上、これは重大な偏向である。その理由は簡単。植物、とりわけて花にちなんだ音楽はありすぎるほどにあるので、紹介しきれるものでなし、私があえて講釈を試みる必要なんて、まったくないからである。
 花ではなく樹木であっても、あまりにもよく知られたくるみ歌曲「菩提樹」(シューベルト)、「胡桃の木」(シューマン)などあまたあり、それらを一種類ごとに、この欄で取り上げるまでもない。しかし、何種類かの樹がまとまって一つの作品となり、それぞれの種類の特徴が音楽で浮きぽりにされでもすれば、これは、理屈をつければ生物多様性の音楽的表現といえる。
 シベリウスに『樹の組曲』という5曲の小品からなるすばらしいピアノ曲がある。じつは、シベリウスにはやはり5つの小品からなる『花の組曲』もあるのだが、北の国、森の国フィンランドの音楽家の作品としては、樹こそがふさわしい。
 取り上げられる樹は、ナナカマド、松、ポプラ、白樺、縦(もみ)の木の5種類である。それらが、緑をしたたらせて生い茂る温帯や熱帯の樹林の樹とは本質的に違うことは、痛切なばかりに音楽が訴えている。いずれもが厳しくも長い冬の孤独に耐える樹々である。
 束の間に去る北の国のおそい春に可憐な花をつけるナナカマドと、枝に雪をのせて、すっくと立つ縦の木との差も、一聴して明らかだ。つまり生物種の多様性を、理屈をいうまでもなく、心にくいばかり見事に、シベリウスは私たちの耳に印象づける。
 シベリウスのピアノ作品の、心温まる素朴な美しさを知らしめてくれたのは、フィンランドのもっとも人気の高いピアニストである日本人・館野泉であった。このことは日本人ばかりでなく、世界的にも、さらにはフィンランドにおいてもそうなのだ。彼は、何回かこの曲を録音しているが、最近、ヘルシンキ郊外のアイノラにあるシベリウスの住居で、シベリウスの用いていたピアノで録音した記念的なCDが販売された。近来めったに聴けないほどの、すばらしい感情をこめた演奏だ。そういえば、『樹の組曲』というタイトルの名づけ親は館野である。ついでに私個人のレトロスペクト(懐古)をいうと、当時中学生であった私の息子が、この曲を繰り返して、なかなか上手に―独学で弾いていたのまで思い出す。

(おかだ・ときんど/生命誌研究館名誉顧問)

[参考]
『Sibeliusin Ainola』館野泉
Canyon CIassics PCCL-00243

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