15. 科学者と音楽家の幸福なデュオ マルチヌー『五つの連作マドリガル』
1998年21号

 かの大科学者アインシュタインが音楽を愛し、自らヴァイオリンを相当に弾いたことは、よく知られている。友人のフランスの大ピアニスト、ロベール・カサドシュ(1)がお相手をつとめることがあった、というのだから大変な話である。しかし、ことはこれだけで留まらない。20世紀の大作曲家の中にあって、極めつきに私の愛して止まないバースラフ・マルチヌー(2)がこの二人のデュオのために作曲した作品があるのだ。その存在をかねてから知っていて、なんとしてでも聴いてみたいと切望していたのだが、わずか一種類のLPは八方探しても、手に入らなかった。それが、ごく最近CDとして発表され、私の希望は実現して、このスーパー大天才三者の協力の成果を耳で確かめることができた。
 マルチヌーはチェコに生まれて、1941年には祖国を離れ、パリを経てアメリカヘ亡命する。彼の時代と軌跡はかのバルトークとまったく同じだ。しかし、少なくとも日本における彼の知名度がバルトークよりはるかに劣るのは、察するにおよそバルトークとは際立った対照をなす、じつに一点のかげりもない、陽性な音楽を作り続けたことによるだろう。日本人は、とりわけて深刻好み、悲劇好みだから。私などは、マルチヌーがあのような陽性そのものの音楽を、世界的悲劇の時代に、亡命後も作り続けた根性を感動的に受け止めているのだが。
 人格的にもこの二人は対照的であったらしく、バルト一クはかなり狷狭(けんきょう)で、人付き合いのよくない人物だったのはよく知られている。これに対してマルチヌーはまことに誰にも好まれる人物だったらしく、異境アメリカにおいてもすぐよい友人を数多く作った。それが証拠に、彼のシンフォニーの初演の如きも、亡命の地アメリカでの超一流の指揮者とオーケストラが初演を買って出ている。この異境の友人たちの中に、アインシュタインまで入っていたというわけである。
 この曲は、『五つの連作マドリガル』と題したヴァイオリンとピアノのための小品集である。アインシュタインのヴァイオリンの腕前は、モーツァルトのソナタぐらいは十分弾けるという程度だった。マルチヌーはこのことを十二分に意識して、じつに心やさしく「これでアインシュタイン先生弾けるかな」と思いつつ作曲していることが聴きとれる。それでも、彼の音楽をつねに特徴づけるボヘミア舞曲と、また彼のもっとも愛していた彼は大いにモダンボーイであったラグ・タイムが奇妙に結婚したような、マルチヌーならではの雰囲気は大いにある。
 大曲でもなく、傑作と呼べるものでもないが、20世紀のスーパー大天才たちが私たちに落とした、一滴の愛すべきしずく、といった感がある。この音楽、二人のデュオによって1943年にプリンストン(当時アインシュタインはプリンストン大学高等研究所にいた)で初演された。この年代に注意しよう。第二次世界大戦はなお激しく続き、アインシュタイン自ら口火を切った一人である原爆の製造が、今やアメリカで軌道に乗っていた時代の話である。
 アインシュタインはお礼に、大作曲家に相対性原理を説明しようと試みたが、これは実を結ばなかった由。

(おかだ・ときんど/生命誌研究館名誉顧問)

[参考]
マルチヌー:チェンバー・ミュージック、ダーティントン・アンサンブル
(Hyperion-dyad、CDD 22039)

1)ロベール・カサドシュ(1899-1972)
フランスを代表する大ピアニスト。第二次大戦中は主としてアメリカで活躍。カサドシュのファミリーは、指揮者、音楽学者などを輩出した名門。

2)バースラフ・マルチヌー(1890-1959)
この作曲家については、『生命誌」通巻7号で紹介した。戦後、ヨーロッパヘ帰るが、愛する祖国への帰還は、当時の政治的情勢のためにかなえられず、スイスで死去。

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