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布施さんといえば、東京芸術大学で美術を専攻したあと、東大医学部解剖学教室で解剖学を学んだ変り種。あの『唯脳論』の養老孟司教授のもとで助手をつとめながら、独特の美術論を展開する気鋭の評論家が、ハイビジョンによる新しい視覚の世界を開きます。

モネ、セザンヌ、ゴッホなど印象派の画家たちは「自然の中のアトリエ」で絵を描いた。それ以前の画家たちが室内のアトリエに画架を立て制作したのに対し、印象派の彼らは画材一式を担いで野原に出てそこで絵を描いた。野原には花が咲き乱れ、林があり山があった。烏が飛び、虫がいた。モネやセザンヌは、そんな光景を見つめながらカンバスに絵具を塗っていった。

実際モネやセザンヌの絵には、ヒナゲシの花畑や睡蓮の咲く池、緑の美しい木々やその背後に誓える山などが描かれている。しかし印象派の画家たちが描こうとしたのは、植物画や地質学の図譜、あるいは博物画といったものではない。彼らはビジュアルな『ファーブル昆虫記』を描こうとしたのではない。彼らが描こうとしたのはあくまでも「絵画」だ。モネやセザンヌは、自分たちが考える本当の絵画を描くために、画材一式を担いで野に出たのだ。

では虫や植物や地質でない何を描くために、わざわざ野に出たのか。それは「光」だ。室内のアトリエと野外では、光の質が全然ちがう。本当の風景画を描くには、屋内で想像していたのでは「光」は捉えられない。自然の光は微妙で、午前と午後ではちがう。光の透明感もちがうし、その光が孕んでいる色彩の具合もちがう。そのような光を描くには屋外に出て、そこで絵を描かなければいけない。それをしたのがモネだ。たとえばモネは、麦畑の積み藁の絵を何枚も描いている。何枚も描いたのは、時間により日により、その光や色がいかにちがうか、それを描き分けるためだ。モネは、野に出て絵を描くことで「光そのもの」を描こうとしたのだ。

今回、見ていただくのは、モネの本物の絵ではない。ハイビジョンによるものだ。もちろんハイビジョンがいかにクリアーな画像だからといって、本物に比べれば精度ははるかに劣る。しかしがっかりすることはない。もしかしたらハイビジョンで見るモネこそ「本物のモネ」かもしれないのだ。それは今回の企画で本物のモネの絵画が借りられないから、意地を張ってそういうのではない。

私はこう考える。モネのような画家が、電子テクノロジーの発達した今日存在していたなら、彼はけっして油絵など描かずにハイビジョンで自然の光を映像化していたにちがいない、と。なぜならモネが描こうとしたのは「光」だからだ。彼はその光の明るさを描くため、彼独自の筆のタッチで絵を描いた。しかしモネの絵が、それ以前の絵画にくらべ、どれほど「明るく」なったといっても、それは絵にすぎない。絵の面画は光を発しない。しかしハイビジョンの画面は光そのものの集合体だ。絵具で描くよりはるかに明るく鮮やかな光が、ハイビジョンにはある。だから今回、モネの絵画をハイビジョンで見てもらうことは、実はモネの意図をさらに徹底した画期的なものなのだ。これこそ電子時代の印象派の世界だ。

ところでこのモネの絵を、同時代の画家セザンヌはこう評した。つまり「モネはすごい目を持っている。しかしそれは目にすぎない」と。セザンヌは、モネが描いた光は申し分ない、しかしそこには何かが欠けていると感じた。もちろんその欠けている何かを描こうとしたのがセザンヌの絵画に他ならない。セザンヌが自然の中に出て、光景を見る。そこには光が満ち溢れている。しかしあるのは光だけではない。もっと手触りのある何かがある。それも忘れてはならない。セザンヌはそう考えた。セザンヌの絵画には、モネにはない「物の存在感」がある。セザンヌが描いたサントビクトワール山にしろ、机の上のリンゴにしろ、それは光と色だけでなく、塊としての重さ、触覚的な手触りがある。

私はこのモネとセザンヌのちがいを、目と脳のちがいと考えている。モネは「目」で自然を見た。いっぽうのセザンヌは「脳」で自然を見た。その目と脳の働きのちがいが、そのまま絵のちがいとして表れている。

そもそもヒトの脳は誰のものも、みな同じだ。だから私たちは美術館に「他人の作品」を見にいくのではない。「自分の脳の中身」を見にいくのだ。「自分の可能性」を味わいにいくのだ。今まで忘れていた「自分自身」を見つけにいくのである。美術館はどこにあるのか?自分の脳のなかに、である。

モネは私たちの目を、セザンヌは私たちの脳を「発見」させてくれる。

(ふせ・ひでと / 美術評論家、東京大学医学部助手)