ツトム・ヤマシタ氏は、西洋音楽を土台に仏教的な心を表現することで知られるパーカッショニスト。氏は11月27日に開かれる生命誌研究館でのオープニング・プレゼンテーションをプロデュ一スしている。ヤマシタ氏はどのようなコンセプトで、このプレゼンテーションを演出してくれたのか。

生命誌研究館の正面階段 生命誌研究館のホールを2階から見る

生命誌研究館の話を聞いたとき、フェリーニの映画『ローマ』を想い出した。ローマ時代のコロシアムで暴走族が走り回るというエンディングは、異なるもの、矛盾するもののなかに、創造の息吹きがあるというフェリーニの世界を見事に表している。この矛盾が生む創造性は、仏教でいう「天釣(てんきん)」。科学と芸術という異なるものを結びつけようという生命誌研究館の試みは、生命の未来に向けてたいへん重要な多くの問題を含んでおり、その意味でも『ローマ』におけるフェリーニ的なものを感じた。

建物の中もモダンで、とてもおしゃれだと思う。そこに昆虫とか、実験道具などの異なるものが詰まっている。1階ホール・ロビーと2階の展示ギャラリーに通じる空間は、スピルバーグの映画『未知との遭遇』に出てきた宇宙船の出入り口を思わせる。そこで私が思いついたことは、ここを宇宙へとつなぐ時間・空間の橋に見立て、オープニングのキー・ポイントにすることだった。

生命誌研究館のやろうとしていることは、はるかな未来を先取りしていることだと思う。そこにいる人たちは宇宙人のようであり、はるか遠くの宇宙から宇宙船に乗って地球に降りてくる。そして、新しい文化や科学、芸術を地球の人たちにプレゼントして、再び宇宙へと旅立っていく。そんなストーリーが、生命誌研究館のオープニングにはふさわしい。

第一部は「生命の海」。暗闇の中で、音とレーザー光が宇宙の開始であるビッグバンを告げ、カオスなる生命の海へと誘う。宇宙船の階段から、サヌカイト製の楽器を持った宇宙人が降りてきて、地球人へのプレゼントとしてホールに置く。ピエロの格好をしたピアニストがメシアンの「烏の歌」の演奏をしたあと、中村桂子副館長が壮大な生き物の物語を聴衆に語りかける。そのあとベートーベンのスプリング・ソナタが演奏され、会場がしだいに明るくなって春の始まりを告げて一部は終わる。

第二部は、「刻の証(ときのあかし)」。ここでは、時間がテーマ。3階ロビーで牛を農民と牛馬喰(ばくろう)が奪い合う狂言「横座」が演じられる。舞台芸術の大きなテーマは生命への賛美であり、喜びだ。その喜びを、演劇は現代に言葉の形で伝承している。狂言は、とくに時間(過去)を内在した言葉の伝承芸術としてふさわしい。

第三部は、「旅立ちの今」。希望に満ちた未来への旅立ちが始まる。そのために必要なのがフェステ(祭り)であり、二部の狂言による笑いが祭りへの誘いとなる。室内楽が「動物の謝肉祭」を奏でるなか、お祭り男の岡田節人館長が登場する。地球を希望の星にしようとのメッセージを告げたあと、再びピエロのピアニストがメシアンの「鳥の歌」を演奏。最後に私が自作の「悠久の歌」と「識(しき)」を、打楽器とシンセサイザーで演奏し、喜びに満ちたまま終わりなき旅へと会場の人々を誘っていく。

宇宙人が階段からホールに持っていく予定のサヌカイ卜は、世界で最古の楽器といわれる中国の「碧(けい)」を模したもの。孔子は、生命の本質は「律」であり、銅の鐘を並べた打楽器の「編鐘」と「磐」が和して律になると言った。これもまた、創造の源であり、意味の深いシンボルとして最初に登場させたのです。

生命誌研究館の1階ロビーは「重々無尽」の空間を感じる。すべてが重なった万華鏡の世界であり、宇宙のすべてがある。これこそ、孔子の律に通ずる生命そのものの息吹きだと思う。

生命誌研究館1階中央ホールで、サヌカイト製の古楽器「盤」とともに(写真=外賀嘉起)

(音楽家)