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昼と夜を分けた鱗翅目昆虫の進化

河原章人

フロリダ大学フロリダ自然史博物館 准教授

チョウとガの仲間を含む鱗翅目は世界に16万種いますが、その約8割以上がガです。昼のチョウと夜のガ、どちらも植物を利用し共通の祖先をもつ両者の違いは、どのようにして生まれてきたのでしょう。

1.チョウとガの未知なる多様性

チョウとガはどちらも、鱗粉のついた翅をもつ昆虫を意味する「鱗翅目(Lepidoptera)」に分類される。一般にチョウといえば昼行性で色鮮やかな翅、ガといえば夜行性で地味な翅というイメージを抱くだろう。この直観的な分け方は大半の鱗翅目に当てはまるが、例外も多数ある。例えばこの写真に写っているのは、ほとんどがガである(図1)。

(図1)さまざまな鱗翅目の標本

*はチョウ、残りはガ。色鮮やかな翅をもつガの多くは昼行性であり、チョウに似た視覚的な擬態や警告色などの戦略をもつと考えられている。

鱗翅目は16万種を数える大きな昆虫のグループだが、その8割以上をガが占める。ガの中には色鮮やかな翅や体をもつ昼行性種もおり、アゲハチョウの仲間に擬態するアゲハモドキや、透明な翅に黄と黒の縞模様という、ハチそっくりの姿をもつスカシバなどが有名だ。またメスが翅をもたないフユシャクの仲間や、自身を包む殻をつくり、そこにカタツムリの中身を引き込んで食べるHyposmocoma属など、ユニークな姿や生態をもつさまざまなガが見つかっている。さらに「ミクロガ」と呼ばれる小型のガのグループには、未だ同定されていないが新種とみられる種が、少なくとも現在の10倍、多ければ30倍いると予想されており、その多様性はまだまだ底が知れない。私は鱗翅目、特にガの多様性がどのように形づくられてきたのかに興味をもって研究を続けている。

チョウとガを見た目や活動時間だけで区別する定義は存在せず、両者を系統的にどう位置づけるかについては長く論争が続いていた。しかし2018年、私たちの網羅的なチョウのDNA解析により一つの結論が出た。チョウは鱗翅目の中で一つの祖先から派生した系統として、DNAの上では他の全てのガから区別されることがわかったのだ。この系統はアゲハチョウ、シジミチョウ、タテハチョウ、セセリチョウなど全てのチョウのグループを含むが、アゲハチョウのグループが最も祖先的であることから「アゲハチョウ上科」と呼ぶ。以後、このアゲハチョウ上科の鱗翅目を「チョウ」、それ以外の鱗翅目を「ガ」と呼ぶこととしたい。

2.チョウとガの進化の全体像を描く

鱗翅目はいつ頃現れ、どのような道筋でチョウとガへ進化したのだろう。この問いに答えるため、私たちは世界中のフィールドで鱗翅目昆虫をサンプリングし、そのDNAを分析した。先行研究のDNA情報や博物館標本から抽出したDNAの情報も加え、化石による年代補正を行い、チョウ・ガ合わせて200種以上の情報を網羅した系統樹を描いた。図2はその一部である。ここから鱗翅目の進化を追ってみよう。

鱗翅目の共通祖先が出現した時期はおよそ3億年前。誕生したばかりの被子植物が広がり始める前の時代であり、祖先は被子植物ではなくコケを食べていた可能性が高い。幼虫は葉潜り虫、つまり植物に潜り込んで内部の組織を食べるごく小さな芋虫だったようだ。鱗翅目の特徴と言えるストロー状の口吻は、当初は樹液や水を吸うのに使われていたが、2.4億年前ごろには、花を咲かせる被子植物の多様化と共に、よりエネルギー効率の高い花蜜を吸うのに活用されるようになったようだ。1.2億年前ごろに、ハナバチとの共生によってさらに多様な花が進化したのに伴い、口吻をもつ鱗翅目が一斉に広がった。

初期の鱗翅目は夜間または朝夕の薄闇の中で活動していたようだ。昼行性のチョウはいつ出現したのだろう。夜の昆虫の主要な捕食者はコウモリであることから、これまでチョウの起源は、コウモリから逃れて昼に進出したガだと考えられてきた。しかし私たちの解析から推定されるチョウの出現時期はおよそ1億年前であり、コウモリの出現より4千万年も遡る。この時期は前述のように花が多様化した後の時代であり、チョウの昼への移行は、豊富な昼の花の蜜を目指してのことだったのだろう。

(図2)DNA解析・化石から推定した鱗翅目の系統樹

*©️Fall Cankerworm Moth by Judy Gallagher (2012) Adapted

現存する鱗翅目の仲間の多くは、6500万年前の大量絶滅の後に多様化してきた種であることがわかる。恐竜の絶滅後、チョウの捕食者である鳥類が繁栄したことは、昼行性のチョウの擬態や警告色などの視覚的な側面の進化を促したことだろう。一方ガの系統では、捕食者のコウモリの出現が、超音波を聞く聴覚をもつ種の多様化につながった。聴覚器官(耳)自体は、多くがコウモリ出現前に獲得されていたことは興味深い。当初は夜の探索や生殖行動に用いられていた聴覚が、後にコウモリの捕食から生き延びるのに大いに役立ったということだろう。

ただし、聴覚の獲得や昼行性化(夜行性化)はチョウ・ガの系統を超えて何度も進化している。冒頭で紹介した昼のガや、聴覚をもつ夜のチョウが存在するのはこのためだ。こうした独立な進化には、夜の寒い地域へ進出したり、進出先でコウモリに出会ったりといった、個々の種の歴史が反映されているようで興味深い。

3.超音波を用いた夜のガの戦略

鱗翅目の進化を見渡すと、夜行性のガにとって聴覚の獲得がいかに重要だったかがわかる。ガの最大の捕食者であるコウモリは、自身から発した超音波の反射音を聞くことで、暗闇の中でも障害物や獲物の位置を正確に把握することができる(動画1)。

(動画1)暗闇の中でガを捕らえるコウモリ

再生速度10分の1のスローモーション。
出典:Barber and Conner, PNAS 104(22) 9331-9334 (2007) (https://doi.org/10.1073/pnas.0703627104)
Copyright (2007) National Academy of Sciences

これに対し多くのガが耳をもつことは前述したが、一部のガは超音波を聞くだけでなく、自ら超音波を発することができる。その役割はまだ十分わかっておらず、生殖相手や餌の探索に使われている可能性も指摘されているが、コウモリの超音波を撹乱し、位置を特定されにくくする役割が大きいと考えられる。私たちは、スズメガの交尾器官の一部に密集しているうろこ状の細胞が、超音波の発生装置であることを発見した(図3)。コウモリの接近に合わせて尾を動かして、うろこ状の細胞をこすり合わせて超音波を発するのだ(動画2)。

(図3)スズメガの超音波発生装置

3種のスズメガの例を示す。点線で囲まれた領域に密集したうろこ状の細胞をこすり合わせて超音波を出す。
写真提供:Ian Kitching(イギリス・大英博物館)

(動画2)スズメガ(Psilogramma discistriga)が交尾器官から超音波を発する様子

前半は通常の再生速度、後半は再生速度2分の1のスローモーション。聴こえるのは可聴域の音。
出典:Kawahara and Barber, PNAS 112(20) 6407-6412 (2015) (https://doi.org/10.1073/pnas.1416679112)

ガの超音波が、チョウの警告色に相当する役割をもつ場合がある。毒をもつトラガの仲間がよく知られる例だ。トラガは胸にある鼓膜のような器官を動かして超音波を発する。コウモリはトラガが不味い毒ガだということを一度学習すると、トラガに固有の超音波を認識して避けるようになる(図4)。夜の森は私たちに聞こえないだけで多くの音が飛び交っており、聴覚を利用した複雑な駆け引きが行われているのだ。

(図4)トラガの「警告音」

左:トラガの超音波発生装置の位置(○印)
右(動画):トラガの超音波を認識し、捕食を忌避するコウモリ。再生速度10分の1のスローモーション。
出典:Barber and Conner, PNAS 104(22) 9331-9334 (2007) (https://doi.org/10.1073/pnas.0703627104)
Copyright (2007) National Academy of Sciences

ヤママユガ科(Suturniidae)という大型のガのグループは、聴覚器官も超音波を発する器官ももたないが、いくつかの種は非常に長い尾状突起をもつ(図5)。

(図5)ヤママユガ科のガ

翅に長い尾状突起をもつ。上段中央がアメリカオオミズアオ。
写真提供:Sebastian Padron, Universidad del Azuay (エクアドル)

月明かりの下では、光の反射で尾状突起の先が小さな虫に見え、コウモリの眼を突起に向けさせる効果があるとされてきた。だが視覚より聴覚が遥かに発達したコウモリに対し、尾状突起は音も反射しているのではないかと私たちは考えた。そこでアメリカオオミズアオ(図5:上段中央)の体がどのようにコウモリの超音波を反射するのか調べると、予想通り、尾状突起からの反射率が頭や胴体より高かった。尾状突起はコウモリの聴覚の注意もそらしているわけだ(動画3)。その役割はとても大きく、アメリカオオミズアオの通常の個体をコウモリの前で飛ばした場合、捕食されるのは3割にも満たないが、尾状突起を切り取った個体だと8割以上が捕食されてしまう。耳をもたないガが、音に関する独自の戦略を進化させているとは驚きである。

(動画3)オオミズアオに飛びかかるコウモリ

尾状突起はコウモリの目をそらす視覚的な効果に加え、超音波を反射することでさらにコウモリの注意を突起に向けさせる。再生速度6分の1のスローモーション。
出典:Barber et al. and Kawahara, PNAS 112(9) 2812-2816 (2015) (https://doi.org/10.1073/pnas.1421926112)

鱗翅目の大半を占める夜行性のガの生態についてはわかっていないことが多い上、夜の森にはまだまだ私たちの知らないガが生息している(図6)。超音波の研究は始まったばかりであり、今後さまざまな種類のガや他の生きものに対象を広げていくことで、夜の生態系の全体を知ることができると期待している。

(図6)ボルネオ島でのガの採集風景

左:白い布とライトで夜のジャングルに潜むガを集める
写真提供:Lary Reeves(フロリダ大学)
右:集まったガには、新種や生きた姿が初めて観察された種が数多く含まれている。
写真提供:Chris Hamilton(アイダホ大学)

4.鱗翅目が示す昆虫の現状

最後に、鱗翅目の研究を通して見えてきた生きものの現状について触れておきたい。ハワイ諸島は歴史上、大陸と一度も地続きになったことがない海洋島である。大陸の生物の影響を受けないまま、島で独自に進化した固有種が数多く生息している。しかし近年人間によってもちこまれた外来種が広がり、多くの在来の固有種が絶滅の危機にある。私たちはハワイに固有の植物と鱗翅目がどれくらい残っているのか調査を行った。

(図7)ハワイ諸島の固有種の調査

(上左)調査値へ向かうヘリ。市街地付近は外来種しかいないため、固有種の調査には山奥まで飛ばなくてはならない。

(上右)ハワイ諸島に固有のガ・Philodoria属の生息地

(下左)Philodoria属の成虫

(下右)Philodoria属の幼虫が潜り込んだ葉。幼虫が利用するカキノキ科やフトモモ科などの植物は大半が絶滅危惧種である。

3年間かけて準備・調査を行なった結果、絶滅したとされていた植物種の半数近くが見つかり、その植物を利用する貴重なガの生存も多数確認できた(図7)。一方で絶滅したとみられる種もあり、例えばハワイのビショップ博物館所蔵の植物標本から発見したガは、現存しない絶滅種であることがDNA解析からわかった(図8)。植物の極端な個体数の減少が絶滅を招いたようだ。ハワイ諸島の固有のガの多くは葉潜性である。食料兼住処である植物の絶滅に伴って、残念ながら既に多くの鱗翅目が消えてしまったとみられる。

(図8)キク科植物Hesperomannia arborescens の標本についた蛹(ビショップ博物館)

1929年の採集標本についていた蛹(矢印)。DNA解析から、Philodoria属の絶滅種の蛹であることがわかった。H. arborescensも個体数を急速に減らしている。

ハワイに限らず、今昆虫が急速に姿を消しているという報告が世界中の研究者から上がっている。原因はまだ明らかではないが、人間による生息地の破壊や汚染、人為的なノイズ・光源の増加、そして気候変動が少なからず影響を与えていることは確かである。私たち人間は今こそ自然を見つめ、尊重し、そこで何が起こっているかを理解しなくてはならないと思う。そのために熱帯雨林の奥深くまで行く必要はない。庭でも近くの公園でもいいから、まずは身近な自然に目を向けてみてほしい。そこに数えきれない発見があるはずだ。

河原章人(かわはら・あきと)

2002年 コーネル大学卒業、2010年 メリーランド大学で昆虫学の博士号を取得。専門は昆虫進化学、昆虫行動学。幼少期に日本で夏休みを過ごしたことがきっかけで鱗翅目に興味をもつ。現在、フロリダ大学フロリダ自然史博物館マクガイア鱗翅目・生物多様性センター准教授・学芸員。
(Twitter:@Dr_Akito)

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