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植物の遺伝子を巧みに操る虫こぶ形成のしくみ

平野朋子

京都府立大学

多くの昆虫は、葉っぱを食料や住処として利用しますが、葉の上に「虫こぶ」という部屋をつくり出し、ゆりかごとしてその中に産卵するものや、住処として利用する種も存在します。植物の通常の発生で生じる花や実ではない「虫こぶ」という構造は昆虫によってどのように形成されるのでしょう。「虫こぶ」を介した昆虫と植物の関係を見てみましょう。

1.虫こぶを介した昆虫と植物の関係

クヌギやエノキ、ヌルデなどの葉に丸や三角、時には複雑な形をしたコブのようなものがついていることがある(図1)。これらは「虫こぶ」と呼ばれ、昆虫が植物にはたらきかけることで作りだされる。多くは、タマバエやタマバチ、イチジクコバチ、アブラムシなどの仲間の昆虫によってさまざまな植物に作られるが、虫こぶを形成する昆虫と寄主植物の関係は、そのほとんどが一対一の関係であり、昆虫と寄主植物の組み合わせによって虫こぶの形や色は多種多様である。

(図1)さまざまな植物に形成される虫こぶ

昆虫と植物は、長い時間をかけて相手を利用しながら共存する関係、共生関係を築きながら長い歴史の中で共進化してきた。植物が昆虫に花の蜜を提供する代わりに昆虫に花粉を運んでもらうことで効率的に受粉する送粉共生や、植物が栄養となる餌や住居を提供して昆虫を留め食植者から守ってもらう防衛共生などが知られている。多くの昆虫が、住居もしくは餌の目的で、植物の葉や花の蜜を「そこに在る姿をそのまま」利用するのに対し、虫こぶを形成する昆虫は植物が本来もたない虫こぶという「新たな器官」を作り出して共生関係を築いている。虫こぶの外側は外敵から身を守るための硬い構造で覆われ、内部は幼虫の食料となるカルスと呼ばれる未分化な状態の柔らかい組織と、カルスに養分を送り込むための維管束が張り巡らされた、高度に組織化された器官であり、中に住む昆虫にとってシェルターと食糧庫を兼ねた理想のワンルームとなっている(図2)。このような虫にとって都合のいい虫こぶはさまざまな植物に見られるが、それがどのように形成されるのかは明らかにされていなかった。

(図2)虫こぶの基本構造

2.ヌルデとヌルデシロアブラムシ

アブラムシの一種であるヌルデシロアブラムシ(Schlechtendalia chinensis)が形成する大きな虫こぶは「五倍子」と呼ばれる。タンニンを多く含み、昔から染料や生薬として用いられ、明治時代までの女性の習慣であったお歯黒の原料とされており、私たちの生活に深く根付いた虫こぶである。最初にできた大きさから五倍の大きさになるところからこの名がつけられたが、その形成は1匹の幼虫から始まる(図3)。5月頃、ヌルデの葉で孵化した幼虫の1匹を包み込むように葉の組織が隆起し、初期の虫こぶが形成される。この時、中にいる幼虫は幹母(かんぼ)と呼ばれ、虫こぶ内で成長し「胎生雌虫(たいせいしちゅう)」と呼ばれるメスの個体となる卵を産む。胎生雌虫は虫こぶ内で成虫となり単為生殖を繰り返して数を増やし、それに伴って虫こぶも肥大し大きな虫こぶが出来上がるのだ。では、どのようにして「葉」から「虫こぶ」という複雑な器官ができるのだろう。

(図3)ヌルデシロアブラムシの生活環

3.「虫こぶ」は何でできているのか

花や葉などの植物器官は、未分化細胞をもつ葉芽や花芽などの「芽」が分化してつくられる。葉は光合成によって植物の栄養の大半を生成し、花は植物の生殖器官である。葉の上に新しい器官として形成される虫こぶは、葉に分化した組織から未分化な組織へと脱分化がおき、さらに虫こぶへと分化することでできると考えられる(図4)。

(図4)植物の分化と虫こぶ

そこでどのように虫こぶ形成がおきるのかを調べるために、「初期の虫こぶ」、ヌルデの「葉」、「花」、「実」のそれぞれではたらいている遺伝子の種類を解析し、その結果を比較した。すると、虫こぶは葉の組織とひと続きに形成された器官であるにも関わらず、葉に比べると光合成関連の遺伝子が少なくなっていた。一方、花や実の形成に関わる遺伝子や植物組織を支えるために細胞を硬くする遺伝子のはたらきを促す遺伝子、また病原菌、害虫に対する抵抗性遺伝子が劇的に上昇していた。これは、初期の虫こぶの構造に見られた虫こぶ自身を支えるための硬い外側の組織を発達させ、病気や害虫から身を守る防御に関与していると考えられる。また、組織の特徴を未分化な状態に戻す(脱分化)遺伝子の発現も上昇していた。そこで、虫こぶのどこで脱分化遺伝子が発現しているのかを調べたところ、未分化細胞を誘導する遺伝子の1つである転写因子KNAT6の発現が虫こぶ内部の未分化組織で見られた(図5)。これは虫こぶ内の虫たちの食料となる未分化の柔らかい組織であるカルスの生育に関与しているのだろう。一方で、この遺伝子は正常な植物の芽の未分化組織である茎頂分裂組織でも発現していることがわかっている。そこで、葉の組織を一度未分化な芽のような状態に戻し、さらに花や実を形成する遺伝子の発現が上昇することで、虫こぶがつくられるのではないかと考えた。植物のもともと持っていた器官をうまく組み合わせることでこの特徴的な構造をつくることができるのだ(図6)。しかし、これらの遺伝子は、通常の葉ではほとんど発現しておらず、虫こぶ内にいるヌルデシロアブラムシが何らかの形で遺伝子発現を誘導したと考えられる。

(図5)植物の芽と虫こぶ内で発現する未分化誘導遺伝子

虫こぶ内部で未分化組織を誘導する遺伝子が発現している(左写真・白点線)。同様の遺伝子が芽の茎頂分裂組織でも発現している(赤点線)。

(図6)植物の器官と虫こぶ

4.植物を操作するヌルデシロアブラムシ

ヌルデシロアブラムシを含む虫こぶ形成昆虫の多くは、いつでも虫こぶを形成できる能力をもつわけではなく、虫こぶ形成能をもつ時期が存在することが知られている。ヌルデシロアブラムシの場合は、幹母と胎生雌虫の個体が増え始める頃に高い虫こぶ形成能をもつと考えられている。そこで、初期の虫こぶ内にいるヌルデシロアブラムシを調べたところ、植物ホルモンであるオーキシンやサイトカイニンが検出された。植物ホルモンは、植物の成長や生命活動を維持するために欠かせない物質であるが、植物だけでなく昆虫も体内で生成していることが知られている。さらに虫体は、これらの植物ホルモンをヌルデの葉や虫こぶと比較して高濃度に蓄積していることが分かった。植物の組織において、オーキシンとサイトカイニンはどちらも細胞分裂の促進を誘導しており、これらの濃度のバランスによって植物は形づくられているのだ。このことから、ヌルデシロアブラムシが自身の生成する植物ホルモンを葉に作用させることが、虫こぶの形成に大いに関わると考えられる。

5.葉から花へ、そして虫こぶへ

ここまでの結果で、ヌルデシロアブラムシは、ヌルデの葉に、オーキシンやサイトカイニンなどの植物ホルモンを分泌することで、葉の細胞を一度未分化な組織へと脱分化させ、その後、花や果実を作る遺伝子のはたらきを活性化させることで、新たに花や実を形成するかのごとく、「虫こぶ」の形成を誘導していることが予想された(図7)。しかし、植物ホルモンは花や葉の形態形成や成長に重要ではあるが、本来の植物には形成されない複雑な形と構造をもつ虫こぶ器官の形成には、植物を外側から改変するしかけが必要であろう。つまり、ヌルデシロアブラムシは植物ホルモンに加え、未知の誘導物質を分泌していると考えられるのである。そこで、昆虫由来の虫こぶ形成誘導物質を同定解析し、虫こぶ形成昆虫がどのようにして、植物の遺伝子を操作しているか、ひきつづき解明を進めている。

(図7)虫こぶ形成のしくみ

虫こぶを介した共生関係では、虫こぶ形成によって、昆虫側は外敵からの防御や食料の確保などの恩恵を受けているが、植物側はどうだろう。例えば、ヌルデシロアブラムシのつくる虫こぶに含まれるタンニンは食害防止になることなどが知られている。さらに今回、虫こぶの遺伝子解析から明らかになった病気や害虫に対する抵抗性遺伝子の上昇は、植物を他の害虫から守り、健康に一役買っているかもしれない。植物側も虫こぶ形成によりメリットを受けている可能性についても解析を進め、共生関係を築く昆虫と植物の利害関係にも注目して、虫こぶ形成のしくみを解き明かしたい。

平野朋子(ひらの・ともこ)

2011年 京都大学生命科学研究科 博士課程修了。博士(生命科学)。
京都府立大学特任助教を経て、2021年より京都府立大学生命環境科学研究科 准教授。
写真:これまで分子生物学の土俵になかった「虫こぶ形成の研究」に対し、私(本人左)は、佐藤雅彦先生(京都府立大学・教授・右)と共に、分子の言葉で理解する試みに挑戦している。

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