7. かげろうの哀れ―ルーセルの『クモの宴』 1995年10号

 博物学的関心は、西欧では18世紀以来深く根を下ろした教養であり、好奇心である。思いがけない歴史上の人物が、生物自然に絶大な興味(趣味)をもっていた例は少なくない。音楽家とて例外ではない。バルトークはその一人で、民謡を採取するのと同じやり方で、昆虫も採集・整理したことがあるらしい。
 20世紀の前半に活躍したフランスの大作曲家、アルベール・ルーセル(Albert Roussel)はそのなかでも異色である。というのも、彼は珍しい生物を採集したり、蒐集したりするのではなく、なんと生きた動物たち―それも昆虫とかくもとかの類—の観察に熱中していたからだ。
 庭園の一隅の昆虫観察と、それにファーブルの『昆虫記』の愛読とは、彼の創作活動のモチーフとなって、傑作バレエ曲『くもの宴』(日本語訳では『くもの饗宴』というらしいが「宴」のほうが曲想からして、私にはずっとぴったりとくる)となって結実する。『くもの宴』のバレエの筋書は、庭の片隅で巣を張って待ちかまえるくもに、蝶やかげろうやその他、もろもろの昆虫がむさぼり喰われ、最後はそのくもも、かまきりとの戦いで双方共に倒れる、というすさまじく残酷なものである。生物自然の生存のための窮極的な悲劇は、当然人間同士のおろかしい戦いを風刺しているのであろう。
 しかし、この悲劇は、庭の片隅の狭い狭い世界で、じつにひっそりと起こるのだ。ルーセルだけが自らの眼で、しかと観察している。音楽は、しじまの悲劇にまことにふさわしく、感情の大きな起伏も、すすり泣きもたく、霊妙なオーケストレーションは、聴く者に格別の強い印象を与える。
 あの哀れな、一日の生命しかないかげろうが、その短い命さえ全うできずくもに殺される「かげろうの踊り」は、その部分だけ取り出してしばしば演奏される。ここでは音楽は、まるで最上質のレースのようだ。いや、あの可憐極まりないかげろうの、翅の透明さそのものだといってよい。
 バレエ曲として作られた全曲は、めったに演奏も録音もされない。幸いにSwierczewski指揮のGulbenkianオーケストラ(ポルトガル)演奏の全曲CDがある*。原作通りの小編成のオケで演奏しているので、音楽のデリカシーはよく味わえる。ふつうは、より大きな編成のオケで、抜粋して演奏、録音される。そのなかにはルーセル自身の指揮による昔の録音をCDヘトランスファーしたのがある**。このCDの解説書には素晴らしい写真があるので、それらを掲載する。

(おかだ・ときんど/生命誌研究館名誉顧問)

* Achés 14. 111-2
** EMl CDC 7 548402

<< 前へ 目次へ 次へ >>

この画面を閉じる