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研究員レクチャー&ワークショップ 形づくりの最初の一歩 ~クモの胚に魅せられて~

詳細

日時

2019/07/20(土) 14:00~15:30

場所

JT生命誌研究館 1階カンファレンスルーム

出演者

岩崎 佐和研究員(研究員:ハエとクモ、そしてヒトの祖先を知ろうラボ)
西井夕紀子(現代音楽家)

参加方法

※参加無料
※事前申込不要

内容

第一部:レクチャー「クモの形づくりの最初の一歩」岩崎 佐和
クモの卵ははじめまん丸で、色や形から将来の前後・背腹の方向を予想することはできません。でも、実は目には見えない「遺伝子の発現の偏り」があり、細胞はその偏りを認識して方向を決めているのかもしれない。そのような仮説を立て、ゲノムの情報を元に、クモの卵の中に生まれる分子の偏りを探りました。研究の結果、最初の軸づくりに関する遺伝子の発現の偏りを明らかにすることができたので、報告します。

 

第二部:ワークショップ「形づくりと偏りー研究・音楽・日常」西井夕紀子×岩崎佐和
日常に起こる音楽の発生過程を見つめてきた現代音楽家 西井夕紀子さんと会場のみなさんとで、レクチャーについての疑問や意見を交換します。一緒に考えたり、音楽を作ることに置き換えたりしながら、クモの胚の中で起こっていることの考察や体感を試みる時間です。 

 

■音楽家プロフィール
西井夕紀子
作曲家。演劇やダンス、ドキュメンタリー映画への楽曲提供を行うかたわら、人が音楽を奏ではじめる瞬間・作りはじめる瞬間に魅力を感じ、文化施設、福祉施設などでワークショップを実施。ロックバンドFALSETTOSメンバー。東京芸術大学音楽学部音楽環境創造学科卒業、同大学院修了。
ウェブサイト https://www.yukikonishii.com/

研究員レクチャーとは

JT生命誌研究館の研究員が、探求と発見の日々を自らお話します。
進行形の研究、そこで考えたこと、苦労話など研究を身近に感じる絶好の場です。
レクチャーを聞いた後には、会場も一体となって話の輪が広がります。入場無料、予約不要です。

開催記録

190720   開催記録 ハエとクモ、そしてヒトの祖先を知ろうラボ 岩崎佐和

7月20日の生命誌の日。「たった一つの細胞である卵から、生きものがどのように形作られていくのか」をテーマに科学と音楽の両方から理解していこうと試みるイベントがJT生命誌研究館にて開催されました。
 

【催しダイジェスト動画(約3分)】




●イベントスタート

蝉声の大波打つ夏の日、ひんやりと静かな生命誌研究館のカンファレンスルームにて、ひっそりとイベントがスタートしました。はじめに、「研究で得られた知識をもとに、大人も子供も一緒になって遊びたい。生きものについて考えたり感じたりしたことを思いっきり表現できる場にしたい。」と今回のイベント趣旨を説明。
 


 

続いてゲストの現代音楽家/作曲家、西井夕紀子さんのご紹介。演劇やダンス・映画への楽曲提供を行うかたわら、人が音楽を奏ではじめる瞬間・作りはじめる瞬間に着目したワークショップを多数実施してきた西井さん。自分の「今日もざっくばらんに会話をしながら進めていけたらなと思っています。」と会場の雰囲気を和やかにしてくれました。
 

 

本日のプログラムの説明があり、さて本編です。

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プログラム

第一部:レクチャー「(クモの)形づくりの最初の一歩」(約30分)

休憩(10分)

第二部:ワークショップ「形づくりと偏り – 研究・音楽・日常 」(約40分)

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●クモ胚の形作りの最初の一歩について、レクチャー

第一部のレクチャーでは、オオヒメグモの形作りの初期に起きることのうち、これまでの研究から明らかになっている初期の部分(まだクモらしい形になる前の、体の方向が決まる部分)について紹介しました。オオヒメグモの卵の形はまん丸で、将来どっちが頭になるのか背中になるのかはわからないということ。そして、細胞が分裂して倍、倍と増えていき、数百個の細胞の集まり(胚)になった時に細胞の密度の変化が起こることについて。

 

細胞の密度が変化する時、それまで球状に対称だった胚は、形態的に非対称になります。その非対称を作る過程は、将来の前後の方向を決めるのに重要な現象です。でも、その非対称を作るための分子的なメカニズムはまだ明らかになっていません。そこで、その問いを明らかにするために、この5年間行ってきた研究の手法とその結果についてお話ししました。

 


具体的には、RNA-Seqという手法を用いて、胚の一部の細胞で発現している遺伝子をゲノム全体で網羅的に探索したこと。探索して見つかった遺伝子たちの中に、将来の前後軸を決めるために重要なはたらきをする遺伝子が見つかったこと。しかしその遺伝子が最初の偏りなのかどうかまでは(実験的な限界があり)まだ理解できていないことなどをお話ししました。


 

●研究の結果を、音楽を作ることに置き換えたら何がわかるのか

第二部前半は、レクチャーで生じた疑問を会場の皆さんとゆっくり考えながら、音楽家の西井さんが音楽に置き換えることから始まりました。西井さんから「(遺伝子を)約三万個見たんですよね?クモの遺伝子、三万個って…(一体どのように?)」という疑問が出たので、今回RNA-Seqという技術を用いて、3万遺伝子が発現しているかどうかを観察した結果を、表や散布図で示していることを説明しようとしました。しかし「遺伝子が発現する」と言ったとき、DNA→RNA→タンパク質の話をしても「発現する」ことが正確に伝えられないのではという迷いが生じ、会場の皆さんを困惑させてしまう場面もありました。


 

RNA-Seqの結果でよく使われるMAプロットを楽譜に見立て、演奏を試みました。MAプロットは、2群のサンプル(処理前、処理後)の関係を示す図で、1つの遺伝子につき1つの点がプロットされます。縦軸はある遺伝子について、2群間の発現量の差、横軸は発現量の平均値です。音楽で置き換えようとしたとき、西井さんから「縦軸が音の強さだとして、横軸は時間ですか?」と聞かれて、「いや、横軸は時間ではなく、発現量だから…(どうしたら良いんだろう?)」と考え込んでしまいました。

 


 

その時、会場にいた宇賀神研究員より「縦軸を音の高さに、横軸を音の強さにしては?」と鶴の一声があり、試しに西井さんがアコーディオンで演奏してみると、少し腑に落ちたようなサウンドになりました。

(イベント終了後に、やはり音楽を演奏するには時間が重要で、それならMAプロットを時間軸に沿って並べたら変化する様子を表現できるのではないかなどと話しました。)


 

●1個の細胞になったつもりで、声を出してみる。

第二部の後半からは、いよいよ会場の皆さんも交えて、1個の細胞になったつもりで声を出していきました。はじめに、会場全体が、卵=1つの細胞であると仮定して、全員で「くーもーのーたーまーごー」と同じ旋律を歌いました。音楽用語では、モノフォニーという状態です。続いて、発生が少し進み、細胞が何回か分裂し個性を発揮してきたと仮定して、先ほどの「くーもーのーたーまーごー」というフレーズで、少しテンポや音程などをずらして歌ってみます。これは、ヘテロフォニーという状態です。

 


 

ここまでの段階で既に素晴らしい響きなのですが、つぎにもう少し難しいことに挑戦しました。発生がもう少し進み、最初の軸ができる頃をイメージして。会場の右側に座った方は、将来胚の主な部分になる細胞で、細胞が小さくなり隣の細胞との接着が(おそらく)強くなることを意識しながら。また、左側に座った方は、将来胚の外側になる細胞で、細胞のサイズは大きいけれど、隣の細胞との接着は(おそらく)弱くなることを意識しながら。そして、右と左の境界(つまり会場の真ん中辺り)に座った方は、左右両方を意識しながら。それぞれ思い思いのやり方で「くーもーのーたーまーごー」「く!も!の!た!ま!ご!」などと歌ってみました。

 

ここまで来たところで、現代音楽家リゲティの作品「アトモスフェール」をご紹介しました。「2001年宇宙の旅」で使用されたこの曲は、ミクロポリフォニー(微小細密複音楽)という手法で作られています。この手法をクモ胚の中で起きていることに置き換えて実演できないだろうかというアイデアから、今回のイベントにつながったことをご紹介しました。

 

最後に、参加者全員で、完全即興に挑戦しました。テーマは「新しい生き物をつくる気持ちで」。会場全体の音響を感じながら、それぞれが個性的な音を奏でる、素晴らしい音の集まりになりました。これにて、イベント終了となりました。

 



 

●イベント休憩中や終了後は、オオヒメグモ観察タイム

会場外に設置されたオオヒメグモ観察コーナーは大盛況で、初めてクモの卵をじっくり見たという方も大勢いらっしゃいました。参加者はそれぞれ思い思いのサンプルを観察しては、湧き上がる疑問をスタッフにぶつけていました。

 



 

●振り返り。その日その時にしか聴くことができないサウンドが心地よかった。

研究から得られた知見を元に、大人も子どもも、研究者もそうでない方も一緒になって生きものを楽しみたいし、自分の身体をつかって生きていることを楽しみたい。一人一人がプロの生きものとして演奏する、科学のコンサートホール。そのような夢を持って、研究とイベントの企画の両方を行なってきました。西井さんという同年代の音楽家と一緒に、お互いの知識や経験を出し合いながら、科学と音楽の両方を溶け込ませるような企画ができたことは本当に貴重な経験となりました。当日「くーもーのーたーまーごー」と同じ旋律で声を出した時の澄んだ響きは、オイルにつけて中身が透けて見える卵を想起させる、美しい音でした。個人的には遺伝子が発現するということについて、もっと深く理解しなければいけないと反省がありました。他にもまだまだ課題はありますが、またどこかでこのような企画が出来たら幸いです。スタッフの皆様、当日お集まり頂いたみなさま。本当に、有難うございました。