①アゲハチョウの翅の形成過程。幼虫になる前の胚子の状態ですでに翅芽(しが)と呼ぶ翅の原基ができている(写真①の小さな葉っぱのような部分)。 この部分は幼虫の段階を重ねるにつれ(写真②~③大きくなり、蛹になる直前(写真④)には蛇腹のように広がっている。細胞死が見られるのは、このあとの蛹になってからの段階(撮影=山口進)

昆虫類は地球上に150万種以上いるといわれるもっとも大所帯の動物群である。彼らがこのような大繁栄に成功した理由の一つには、進化の過程で「翅(はね)」を獲得したことがあげられる。

「ハネ」といってもいろいろある。例えば鳥のハネ、コウモリのハネなどは、爬虫類や哺乳類の前足が変化してできたものである。従って、これらのハネはヒトの手やイヌの前足などと同じである。けれども昆虫の翅は烏のハネとは形や働きが同じだけで、起源や発生過程が異なり、両者は相似器官であるといわれている。では、トンボやチョウなどの翅は一体何なのだろう。実はそれは、皮膚の突出物つまりコブのようなもので生物学用語では「外生物」という。つまり基本的には翅はないものなのであり、事実、原始的な昆虫には翅は全く存在しない。このような独特の翅を昆虫がどのように獲得したかはわからないが、結果として彼らが生活の場を拡大し、膨大な種を作ってきたことは間違いない。従って翅の発生学的研究は、昆虫の進化を考えるうえでも大変重要なものなのである。

例えば、アゲハチョウの翅の形成過程を見てみよう。チョウの翅は、蛹(さなぎ)から成虫になる時初めて私たちの前に現れるが、実は蛹の中ですでにでき上がっている。それどころか、翅の原基(翅芽(しが)と呼ぶ)はもっと若い頃から形成されているのである。

では、いつ頃からチョウの翅芽は発生しているのか?さかのぼっていくと卵の中の胚子の時代にまで戻る。単なるコブだとは言っても、こんな早い時期から作り始めることになったのはどんな経緯があってのことか。発生の不思議としてつきとめたい。

胚子の頃に発生した翅芽は、イモムシの体の中で次第に大きさを増し、複雑に折れ曲がりながら成長を続ける。そして、5令(終令)幼虫の末期(写真④)にもなると、それまで翅芽を覆っていた薄い細胞層が消失し、翅芽は反転して体の外へ出ていくのである。

私は最近あることに注目して翅芽の形成過程を観察している。それは、翅芽の隣に造血器官が存在することである。しかも両者は卵の中でほぼ同時に発生し、翅芽の成長に伴って造血器官も数を増して翅芽を覆っていく。そして、翅芽が反転した直後の個体では、造血器官は観察できなくなってしまう。これはカイコガ、ハチミツガでも同様らしい。一般に造血器官で作られる血球の重要な働きには、変態期に解離する幼虫組織の捕食、体内に侵入した異物や体内で発生した異常組織等に対する防御反応などがある。

造血器官は、翅芽とは特別に深い関わりを持っているとは思えない。では、なぜその造血器官が翅芽と隣接しているのか? チョウやガの造血器官にとって「単にこの場所が坐り心地が良い」ということだけなのかもしれないが、このみごとな同時進行(体の中に翅芽が存在している時期のみ造血器官が存在するという)は、両者の間に何か深い因果関係があると思わせる。二次的に翅を作らなくなったミノガや体の外に翅芽を形成するバッタやゴキブリなどの場合はどうなっているのか?この答えを出すために、これから調べてみたいことがたくさんある。

(ながしま・たかゆき / 東京農業大学農学部昆虫学研究室)