イモリの眼からレンズを抜いて、発がん剤を投与したときに見られるレンズ再生の抑制とがんの形成を示す顕微鏡写真 ① 正常なイモリの眼 ② レンズを抜いただけの眼(1カ月後) ③ レンズを抜いて発がん剤を投与した眼(1カ月後) ④ レンズを抜いて発がん剤を投与した眼(9カ月後)。悪性黒色腫(メラノーマ)でほぼ全体が占められている

「私はもしかしたらがんになるかもしれない」と思った人は少なくないでしょう。実際に厚生省の調べでは、日本人の死亡原因の1位はがんだといいます。ところが人間とは別に、ほとんどがんにならない動物もいます。あまり身近な動物ではありませんが、イモリという両生類の仲間です。この動物には「再生力」が非常に強いという性質があります。「再生」とは、トカゲのしっぽがちぎれたときに、また新たにしっぽができてくるというような現象です。イモリでは、とくに強い再生力が示されるところとして肢や尾、眼の虹彩などがありますが、この部分を実験的にがんにすることには、誰も成功していません。なぜイモリはがんにならないのでしょうか。強い再生力と何か関係があるのでしょうか。もしその仕組みを明らかにすることができれば、人のがん抑制にも大きな手がかりが得られるかもしれません。

私は、これまでがんの存在が一度も報告されていないイモリの眼に、がんを作ることから研究をスタートさせました。ラットに投与すると、組織を100%がんにしてしまうという凄腕の発がん剤(ニッケル・サブ・サルファイド)があります。そこで、イモリの眼からレンズを抜いたあとに、これを入れてレンズの再生がどうなるか、がんはできるのかを調べたのです。

写真①は正常なイモリの眼の切片の顕微鏡写真です。眼を縦に真っ二つに切って、その断面を見ていると思ってください。写真の右から順に角膜、虹彩、レンズ、網膜です。レンズを抜いてから約1ヵ月のものが②で、背側(写真の上側)の虹彩からレンズの再生が起こっています。腹側(写真の下側)の虹彩は変化がありません。この結果は、背側の虹彩の組織の変身によってレンズ再生が起きるという、これまでの結果とまったく同じです。

③は発がん剤を投与した眼の1ヵ月後で、レンズの再生はまったく起こっておりません。9ヵ月後には、イモリの眼の中はがん細胞メラノーマ(悪性黒色腫)でほぼ完全に占められてしまっています(④)。発がん剤によって再生力が抑制された結果、がんにならない部位が、がん化したのだと、私は考えました。しかし、その後の実験で、再生力の強いイモリの眼は、もっとしたたかにがん化を拒否していることがわかったのです。

発がん剤の量を写真④のときよりもっと少なくしてみました。すると背側の虹彩からは普通どおりにレンズが再生し、腹側の虹彩だけががん化したのです。つまり、強力な発がん剤の投与によって、たしかにイモリの眼でもがんを作らせることはできますが、それはあくまで再生力を示さぬ腹側の虹彩からであって、レンズ再生力を持つ背側の虹彩では、再生の抑制は見られても、やはりがんにはならなかったのです。がんとしてがんを作らぬ背側の虹彩こそが、がん抑制の秘密を宿す宝のありかのようです。今、イモリの眼のレンズを作る遺伝子に、がん遺伝子をつなげることによって、イモリの眼をがん化する実験を始めています。この実験で、再生とがんとの関係が、もっと明らかになることを期待しています。

(おかもと・みつまさ/名古屋大学理学部分子生物学科助手)