生命誌ジャーナル

2010年編む

関わりが生みだす昆虫の社会性 三浦 徹 北海道大学

社会性昆虫のシロアリは、形態や行動の異なる階級(カースト)の個体が、分業・協働することで集団としての秩序を維持しています。シロアリの集団は、常に環境変化に応じて柔軟にカーストの比率を調節しています。そのしくみには、集団内での個体の接触が役立っていると考え、コミュニケーションに関わる分子を解析しています。

1. 昆虫が営む「柔らかな」社会

 生物の形質(表現型)は遺伝的要因だけでは決まらず、多くの場合、環境の影響も受ける。環境要因によって表現型を可塑的に変化させることのできる性質を「表現型可塑性」(phenotypic plasticity)と呼ぶ。可塑性とは、環境適応性であり、ある環境下で最適な表現型を発現する能力であると言える。
 表現型可塑性の中でも、発現する表現型を形態的にはっきり区別できる場合を特に「表現型多型」と呼び、チョウの季節型やバッタの相変異(註1)、アリやハチ、シロアリなどの社会性昆虫で見られる階級(カースト)(註2)ごとの形態の違いがその代表例である。社会性昆虫では、女王をはじめ、労働カーストや防衛カーストなど、それぞれの役割に適した形質を持つカーストが分業・協働をしている。しかし、同種の集団(コロニー)内での異なるカーストの生じ方や、個体間のコミュニケーションの方法などはわかっていない。

註1:バッタの相変異

単独生活をしている孤独相のバッタの個体密度が高くなると、長距離移動に適した群生相のバッタへと相転換すること。群生相の成虫は、孤独相に比べて後脚が短く、翅が長くなる。

註2:階級(カースト)

社会性昆虫のカーストは、人間とは違い、女王や王からの指令なしで集団が維持されている。個体は集団を離れて生存することはできない。

図1:通常の表現型多型(左)と社会性昆虫の表現型多型(右)

通常の表現型多型(左)では、環境要因によって異なる表現型を生みだすだけだが、社会性昆虫の表現型多型(右)では、結果として生じた表現型が他個体の表現型に影響を与える。

 ただ、カーストの運命は誕生後に決定されることは明らかとなっている。異なるカーストへ分化した個体同士が役割分担することでコロニーを効率よく維持しているのである。通常の表現型多型は、個体が捕食から逃れるために起きたり、栄養条件や個体密度に依存して個体ごとに表現型が切り替わるだけである。コロニー内では、分化した個体が、未分化な他個体に対して「個体間相互作用という環境要因」としてはたらくという点も特徴的である。これによって、コロニー内にフィードバック制御がはたらき、集団内のカースト比率を一定に保つように調節していると考えられる(図1)。実際にシロアリのコロニーでは、繁殖カーストや兵隊カーストの比率は常にほぼ一定である。私たちは、昆虫の社会性がどのように生まれ、維持されているのかを解明すべく、比較的大型で実験操作も飼育も容易なオオシロアリ(Hodotermopsis sjostedti)のカースト分化の分子基盤を探っている。

2. 幼若ホルモンで決まる誕生後の運命

 シロアリは、アリやハチとは系統的にかなり離れており、中枢神経も比較的未発達で行動も単純なのだが、巨大な巣の中できわめて高度な社会を営んでいる。オオシロアリ(註3)は、孵化後どの個体も分化せずに発生が進み、6回の脱皮を経て全ての個体が未分化な状態の働きシロアリとなる(図2)。働きシロアリは、潜在的に繁殖能力を持っており、翅シロアリや補充生殖虫(註4)などにも分化できるため、「擬職蟻(偽の働きシロアリという意味)」とも呼ばれている。
 オオシロアリでは,働きシロアリの時期に、体内をめぐる幼若ホルモン(註5)濃度の変化のしかたで、脱皮後に辿る運命が決まる(図2)ので、内分泌因子として体全体を循環するホルモンが、脱皮の際に起こる形態変化のパターンを制御していると考えられる。

註3:オオシロアリ

鹿児島県以南に生息する日本最大のシロアリ。

註4:補充生殖虫

生殖虫(翅シロアリ)が死亡した場合、巣内の働きシロアリから「補充生殖虫」として新たに生殖虫の候補が現れる。

註5:幼若ホルモン

昆虫では,幼若ホルモンと脱皮ホルモン(エクダイソン)が2大ホルモンとして有名である。幼若ホルモンは脱皮による変態を抑制し幼虫形質を保ち、エクダイソンは脱皮を促進するはたらきを持つ。エクダイソンがカースト分化に果たす役割はほとんど知見がない。

註6:ネバダオオシロアリ

ネバダオオシロアリは、オオシロアリと同様に飼育が容易で、翅シロアリを頻繁に生みだすため、その分化過程を解析するのに適している。

図2:幼若ホルモンの変化が引き起こすオオシロアリのカースト分化

孵化した個体は脱皮をくり返して未分化な働きシロアリへと成長する。幼若ホルモンが高濃度に維持されると、兵隊分化が誘導される。

 そこで我々は幼若ホルモンの類似体を用いて、ネバダオオシロアリ(Zootermopsis nevadensis(註6)で兵隊分化の誘導実験を行った。この類似体を翅シロアリへの分化過程にある個体(ニンフ呼ぶ)に与えると、有翅虫と兵隊の中間の形質を持つ様々な個体が誘導された(図3)。この結果は、類似体を与えると、ニンフの複眼や翅などの有翅虫の形質が抑制され、大顎などの兵隊の形質が促進されることを示している。有翅虫に特異的な翅や、兵隊に特異的な大顎は、ネバダオオシロアリ同様にオオシロアリでも特定の部位から生じる。カースト特異的に大顎や翅を発達させることができるのは、部位ごとに幼若ホルモンの下流ではたらく遺伝子発現ネットワークが異なるためだろう。また、幼若ホルモンの体内濃度は、環境条件によって変動するのでその影響も出る。
 ただ、幼若ホルモンによって引き起こされるカースト分化の分子メカニズムはまだほとんどわかっていない。そこで我々は、オオシロアリの兵隊分化に関わる遺伝子を探索し、このしくみの解明に挑戦した。

図3:ネバダオオシロアリにおける兵隊分化の誘導実験

本来翅シロアリとなるニンフに幼若ホルモン類似体を投与すると、有翅虫と兵隊の形質を兼ね備えた中間的な形質が現れた。両者の形質には拮抗関係が見られ、投与の時期により、どちらの形質が強く発現するかが決まる。

3. ホルモンが引き起こすダイナミックな形態変化

図4:脱皮による働きシロアリの大顎の肥大化

働きシロアリから働きシロアリへの脱皮(左)とは異なり、前兵隊シロアリへの脱皮前には、大顎がシワシワに折り畳まれた状態で準備されており、脱皮後に肥大・伸長する。

 オオシロアリの兵隊は頭部が肥大化しており、その大顎で敵に噛みつき、巣の防衛に役立っている。働きシロアリは、前兵隊シロアリへの脱皮に先立ち、その大顎の中に細かく折りたたまれた前兵隊の大顎を準備し、脱皮の際に肥大化させる(図4)。大顎の肥大化をもたらしている遺伝子を探るため、働きシロアリに幼若ホルモンを投与し、兵隊シロアリへの分化過程で特異的にはたらく遺伝子をいくつか同定した。その中には、細胞内のアクチンの重合の調節に関わる遺伝子が含まれていた。この遺伝子は、細胞の形態形成を担う役割が知られているので、脱皮前の大顎の折りたたみなどの形態変化に寄与していると推測している。
 今後は、この遺伝子と幼若ホルモンとの間にある、遺伝子発現ネットワークによる制御を明らかにしていくことで、カースト分化の分子メカニズムの全貌の解明に近づきたいと考えている。

4. 個体間のやりとりが調節するカースト比

 ここまでは、カースト分化を個体内のホルモン、遺伝子、形態変化に注目して見てきたが、もう一つ個体間での情報伝達と分化との関係を見ていく必要がある。シロアリの集団内のカースト比はおよそ決まっており、初期集団では兵隊カーストが1匹出ると、100匹以上の集団に成長するまで2匹目の兵隊は出現しない。つまり、同一集団で暮らす個体は、常に他の個体を環境要因として認識し、その違いに応じて分化を起こし、カースト比を一定に保つしくみを持っているのだ。すでに、兵隊シロアリの抽出液を働きシロアリに与えると兵隊への分化を抑えるという結果が示されているので、兵隊が増えすぎないよう、兵隊には他の個体の兵隊への分化を抑制するフェロモン(註7)が存在する可能性を考え、それを探した。

註7:フェロモン

個体間で情報伝達するために分泌される生理活性物質で、社会性昆虫の中で有名なものとして、餌の場所を仲間に知らせる「道しるべフェロモン」がある。シロアリでは、古くからカースト分化を制御する階級分化フェロモンの存在が示唆されてきた。

図5:大顎腺で発現するSOL1タンパク質

SOL1タンパク質(赤)は兵隊シロアリの大顎腺内部に大量に貯蔵されており、口内へ分泌される。遺伝子の配列から、これはフェロモンの機能を持つことが予想される。

図6:カースト比を調節する個体間コミュニケーション

兵隊と一緒に飼育した働きシロアリにのみSOL1タンパク質が検出されたことから、餌の受け渡しを介して、SOL1タンパク質が兵隊シロアリかた働きシロアリへと渡されていることがわかった。

 フェロモンによるコミュニケーションはアリでは有名だが、シロアリではあまり知られていない。我々は、オオシロアリには様々な外分泌腺が存在し,それがカーストごとに特殊化していることを明らかにした。例えば、兵隊シロアリでは大顎腺、唾液腺、腹板腺などが発達している。
 そこで、兵隊シロアリだけで発現する遺伝子を網羅的に探索した結果、興味深い遺伝子の同定に成功し、SOL1遺伝子と名づけた。SOL1遺伝子は兵隊への分化後に大顎腺で発現し、大顎腺から体外へ分泌されるタンパク質をつくっており、このタンパク質は防衛時には特に盛んに分泌される(図5)。SOL1タンパク質はリポカリンというフェロモンタンパク質のグループに属する。他の社会性昆虫では、大顎腺はフェロモン分泌線として知られているので、SOL1タンパク質がフェロモンである可能性は高い。
 このタンパク質が実際に働きシロアリへ受け渡されているのだろうか? 集団内での行動を観察すると、攻撃に特化した大顎を持つ兵隊シロアリは自分で餌を採ることができず、働きシロアリから口移しで餌をもらっている。その際に兵隊シロアリから働きシロアリへとSOL1タンパク質が渡されていることを確認できた(図6)。これがフェロモンとして幼若ホルモンに作用し、カースト分化の調節に寄与している可能性もあると思われるので、これを解明していきたい。

5. ゲノムから昆虫の社会性を捉える

 シロアリは、実はゴキブリと非常に近縁である。朽木などを食べる食材性のキゴキブリは、分子系統解析からシロアリと最も近縁なゴキブリだと考えられている。キゴキブリは親が子供の世話をする「亜社会性」という性質を持っているため、恐らくそのような祖先昆虫からシロアリのようなカーストを持つ社会性昆虫が進化してきたのだろうと考えている。
 社会性昆虫でもゲノム解析が進み、ゲノム生物学と社会生物学を融合した「ソシオゲノミクス」という分野として確立しつつある。将来は,さまざまな昆虫での知見を総合的に解析し、そこに共通する社会システムの原理が見出せることを期待している。それを元に種間比較を行い、シロアリのような高度な真社会性に至る社会進化の道筋を明らかにするのが、次のテーマとなるだろう。

三浦 徹 (みうら・とおる)
北海道大学大学院地球環境科学研究院准教授。1999年東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。理学博士。日本学術振興会特別研究員、東京大学総合文化研究科助手を経て現職。

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