宮田 隆
宮田 隆の進化の話
最新の研究やそれに関わる人々の話を交えて、
生きものの進化に迫ります。
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【パラダイムシフト:分子進化の中立説】
2005年4月1日
宮田 隆顧問
 DNAが遺伝情報を担った巨大分子で、遺伝情報は塩基配列(4つの塩基、アデニンA、チミンT、グアニンG、シトシンC、の並び)の形で表現されているということは今では常識になっている。ところであまり知られていないことだが、同じDNAが進化の情報も併せ持っている。そのことを基礎に、DNA、RNA、タンパク質といった分子から生物の進化を研究する新しい分野、すなわち分子進化学がスタートして40年ほどになる。1968年、著名な集団遺伝学者、木村資生(Kimura Motoo)が「分子進化の中立説」という大変革新的な考えを発表したが、ここでは、分子進化の基本的考えを紹介しながら、木村の中立説がダーウィンの自然選択説とどう違うのかを考えてみよう。

進化とはなにか
DNAに秘められた進化の情報をどう引き出すか
進化のしくみ
分子時計
死んだ遺伝子:中立説の強力な証言者
もっとも幸運なものが生き残る

進化とはなにか
 図1は、進化とはなにか、そして進化と突然変異の違いはなにか、を考えるための模式図である。大きな丸は、例えばサルのある一つの種、正確には繁殖集団を示す。小さな丸は種を構成する個体である。青い丸は普通(野生型)のサルの一個体を示す。そのDNAの一部を左側に示した。その種の中の一個体に突然変異が起き、DNAが変化したとしよう(赤丸;変異型)。
 普通、突然変異を持った個体は生きていく上で不利になる場合が多く、たいていは子供を産めるようになる前に死ぬか、子供を産んでもその系統は数世代のうちに絶えてしまう。しかし、まれには赤丸の変異体は生き残り、青丸より子供を多く残すことがある。そしてついには変異DNAを持った個体が集団全体に広がることがある。その結果、今まで青の個体で占められていた集団が赤の変異体で占められることになる。すなわち、集団全体が変異体で置き換わることになる。このことを進化と呼ぶのである。
 すなわち、一個体のDNA上に生じた変化が突然変異で、はじめ一個体に生じた突然変異が集団全体に広まることを進化というわけである。こうして青のDNAから赤のDNAへと種として変化したことになり、その変化はDNAに刻印される。これがDNAが進化の情報を持っている理由である。
図1
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DNAに秘められた進化の情報をどう引き出すか
 DNAが進化の情報を持っていることは分かったが、ではDNAに蓄積された進化の情報はどのように引き出すことが出来るのか。じっとDNAの塩基配列をみているだけでは分からない。それは近縁な種、例えばヒトとサルのDNAを比べることで可能になる(図2)。比べてみると、両者で塩基が違っている場所がみえてくる。この違いは両者が共通の祖先から別れて以後、現在に至る間に、どちらかの系統で起きた変化(すなわち集団に広まった変異)を意味している。例えばヘモグロビンのα鎖を暗号化している遺伝子の領域の塩基配列をヒトとオランウータンとで比べてみると、10ケ所で違っているところがある。こうして近縁な生物間でDNAを比べることで、進化の情報を引き出すことができるのである。
 重要なことは、現在生存している生物のDNAから過去に起きた進化が分かるということである。これは分子進化学の大きな特徴である。しかし、一方ではこれは欠点でもある。なぜなら、例えば恐竜のように、絶滅してしまった生物からはDNAが取れない。従ってDNAから恐竜の進化は理解できないということになる。
図2
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進化のしくみ
 これで自然選択説と中立説の違いを考えるための基本的な準備が整った。進化とは集団レベルでの遺伝的変化であった。ではどのようなしくみで変異が集団に広まるのか。最初にそのしくみを明らかにしたのはダーウィンであった。ダーウィンは、生存に有利な変異が自然選択によって種に広まると考えた。変異型が野生型に比べ、環境に適応した結果、少しでも生き延び、少しでも子供を多く残すことで集団に広まる。環境に適応した変異型を自然が選択して、集団に広めているように見えることから、この考えを自然選択説あるいは自然淘汰説と呼んでいる。個体の生存に不利に働く突然変異は個体の死という形で集団から除去される。こうした変異は集団に広まることはないが、これも自然選択の結果である。
 ダーウィンが「種の起源」で自然選択説を発表しておよそ100年後の1968年、木村資生は「分子進化の中立説」を発表した。木村は「DNAや遺伝子、タンパク質といった分子の世界でみられる大多数の進化は、有利でもなく、不利でもない、中立な変異が偶然に集団に広まった結果起こる」と主張した。
 中立説の発表当時はダーウィンの自然淘汰万能の時代だったので、中立説は長い間激しい抵抗にあった。有害な変異を除くと、DNAに蓄積された変異の大部分は中立な変異で、機会的浮動、すなわち偶然に集団に広まった結果であるという考えには当時の多くの生物学者は馴染まなかった。木村は中立説を支持する多くのデータを集め、批判に答えていった。その集大成として1983年に「分子進化の中立説」という本を出版して中立説−適応説論争に終止符を打った(図3)。
 現在では中立説は認められていて、自然選択説と折り合いがついている:1)有害な変異は自然選択の力で集団から除去される。2)DNAに蓄積した大部分の変異は中立な変異で、それは偶然に集団に広まった変異である。すなわち中立説が主張するメカニズムで集団に広まった結果である。残りの僅かな有利な変異が、目で見てそれと分かる形態レベルの進化に寄与するのである。この僅かな有利な変異に自然選択が働くのである。
図3:
The neutral theory of molecular evolution  Motoo Kimura / Cambridge University Press 1983
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分子時計
 偉大な科学者は研究分野を変えてもしばしば重要な研究をするようである。ライナス・ポーリングは化学結合論でノーベル化学賞を受賞し、DNAラセン構造でワトソン・クリックと競争したことで有名である。さらにポーリングはノーベル平和賞も受賞している。あまり知られていないが、1962年、ポーリングはフランスのエミール・ズッカーカンドルとの共同研究で分子時計を発見し、分子進化学の創始者となった。
 二人は、血液中に存在する酸素を運搬するヘモグロビンという分子のアミノ酸の配列をいろいろな生物の間で比べてみた。すると、系統的に遠い関係にある生物間では近い関係にある生物間よりアミノ酸が違っている箇所が多くあった。ヒトとウマではアミノ酸が違っている箇所が18カ所ある。ヒトとウマは化石の記録によるとおおよそ8000万年前に枝分かれしたことが分かっている。同様にさまざまな脊椎動物で比べ、縦軸に比べた生物間での置換数(すなわちアミノ酸の違っている箇所)、横軸に比べた生物の分岐年代を取ると、大変面白いことに、両者の間には直線関係があることをズッカーカンドルとポーリングは発見した(図4)。つまりDNAやタンパク質は時間に比例して塩基やアミノ酸の置換を蓄積する性質がある。
図4
 これはあたかも時計の針が時を刻むのに似ていることから、分子時計と名付けられた。これはとても便利な性質である。化石を探すのは大変困難だが、現在生きている生物のDNAを抽出し、その塩基配列を決定するのは今ではとても簡単なことである。もしこの関係を知っていれば、置換数から分岐年代が簡単に推定できることになる。
 分子時計は、言い方を変えれば、分子進化速度の一定性である。この結果は中立説で容易に理解できる。中立説によると、分子進化速度kは総突然変異率μに対する中立な突然変異の割合fに比例する。
          k = f・μ          (1)
もし突然変異の要因が放射線であるなら、年当たり一定の割合で放射線が地球に降り注ぐと考えられるので、中立説が正しければ、分子進化速度は年当たり一定となる。従って中立説に従えば、分子時計が自然に理解できる。一方、自然選択説に従うと、分子進化速度は、集団を形成する個体の数、適応度、突然変異率、など幾つかのパラメターに依存するので、絶対時間に関して進化速度を一定に保つ様なパラメターのセットは非常に限られてくる。
 分子時計は中立説の発表当時、中立説で理解可能な重要な分子進化学的性質として木村自身によってさかんに取り上げられた。しかし現在では、分子時計は常に成り立つ性質ではなく、限られた条件のもとで成り立つ特殊な性質であると理解されている。一般に系統ごとに突然変異率や機能的制約が変動することがあり得るというのが最近の認識である。分子時計が一般に成立しないことが、あたかも中立説が理論として正しくないとする批判があったが、それは正しくない。中立説は、(1)式に見るように、突然変異率と分子進化速度の比例関係を強調しているのであって、分子時計の成立が必須であると仮定も主張もしていない。(1)式に従えば、突然変異率μが系統ごとに変化すれば、進加速度kが系統ごとに変動し、一般に分子時計が成立しなくなる。しかし、中立説の構築に際し木村が分子時計から大きな影響を受けたことは確かなことであろう。
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死んだ遺伝子:中立説の強力な証言者
 きわめて精巧にできた動物の眼は、どの部分が欠けても物を見ることができない。そんな物がどうやって進化するのか。これは、神による生物の創造を信じる創造論者によるダーウィンへの攻撃の一例で、ダーウィンを大いに悩ませた問題である。完全な器官に注目すると、創造神話にも3分の利が生じるが、ダーウィンはうまい論理を展開して、創造神話に立ち向かっている。オスの乳房のような痕跡器官はいたるところに見られるが、どうして神は役立たずの痕跡器官を動物に作ったのか。進化の所産だと思えば簡単に理解できると、ダーウィンは反論した。ダーウィンは、生物の歴史性を証明する上で、痕跡器官に目をつけたわけである。百年後、今度は木村資生がダーウィニストから攻撃を受ける側にまわったわけだが、ここでも役立たずの痕跡的な遺伝子、すなわち、偽遺伝子が中立説の強力な証言者になったとは歴史の皮肉であろうか。
 遺伝子の塩基配列からタンパク質を作る際、3つ組の塩基、すなわちコドンを一つのアミノ酸に対応させるので、タンパク質の情報を担っている塩基配列のどこかに、塩基の欠失や挿入が起こると、それ以後の情報がめちゃくちゃになる。こうした変異を受けると、正常なタンパク質の情報が失われ、遺伝子は死んでしまう。塩基配列は全体としては正常な遺伝子と似てはいるが、途中からでたらめなアミノ酸の配列をコードすることになる。こうした遺伝子を偽遺伝子と呼んでおり、DNA上にたくさん存在する。新しい遺伝子は、すでにある遺伝子のコピーから作られるのだが、失敗することもある。偽遺伝子はその失敗作にあたり、完全に機能を失っている。
 機能を持たない偽遺伝子が、なぜ中立説検証の立役者になれたのか。偽遺伝子は機能を持っていないので、偽遺伝子の上に起きた突然変異は個体にとっては何の害にもならない。逆に、有益なことも何一つない。すべての変異は毒にも薬にもならない、中立な変異ばかりである。
 さて、自然選択説でこの偽遺伝子の進化を占えば、有利な変異は何一つ起きず、すべてが中立な変異ばかりなので、自然選択が働かない。すなわち、この遺伝子は進化しないと予想される。一方、中立説によると、分子進化速度は、(1)式から中立な突然変異率で決まる。偽遺伝子では普通の遺伝子に比べて有害な変異がないので(すなわち、f = 1)、最大のスピードで進化する。つまり、偽遺伝子の進化を予想させると、中立論者は最大のスピードで進化すると予想し、淘汰論者はまったく進化が起きないと予言する。どちらの説に立つかでまったく正反対の結果が予想されるのである。1980年に偽遺伝子が発見されたとき、筆者と安永照雄(現、大阪大学教授)は偽遺伝子の進化のスピードを計算し、偽遺伝子が最大のスピードで進化していることを発見した。偽遺伝子は中立進化を立証する強力な証言者だったのである。
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もっとも幸運なものが生き残る
 「サバイバル・オブ・ザ・フィッテスト」、すなわち「最適者生存」という言葉は、ダーヴィンの自然選択説の本質を短い言葉で明瞭に表現している。これに対比して、木村は中立説を表現するのに、「サバイバル・オブ・ザ・ラッキイスト」という言葉を好んで使っている。「もっとも幸運なものが生き残る」という意味である。目で見てそれと分かる表現型レベルでは、たえまなく個体に現れる突然変異のうち、環境にもっとも適した変異が選択され、究極的に種全体に広まって進化が起こる。分子レベルではこうした適応的な進化はまれで、有害な突然変異でない限り、むしろ偶然に種全体に広まるのであり、どの変異も等しくそのチャンスがあるのだと中立説は説く。前者の選抜主義に対して、後者は平等主義である。前者の「強いものが生き残る」という考えよりも、後者の「だれもが等しく生き残るチャンスがある」という方が、なんとなく現代の感覚に合うのではないだろうか。
 分子進化の中立説は、紛れもなくダーウィン以来の進化史上における金字塔であろう。1983年に出版された木村の著書「分子進化の中立説」(図3)をもって「中立vs適応」論争の終焉と考えれば、木村は、1968年以来15年の長きにわたる厳しい論争によく耐え、それに打ち勝ち、中立説という進化に関する新しい概念を全世界的に定着させた。木村の偉業は日本人には珍しい概念のシフトもたらしたものであった。「分子進化の中立説」が出版されたとき、スティーヴン・J・グールドは「種の起源」以来の本と絶賛した。この言葉は同じ分野で研究している一進化学者にとって誇らしく思えたものであった。


[宮田 隆]
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