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宮田 隆の進化の話

最新の研究やそれに関わる人々の話を交えて、生きものの進化に迫ります。

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【生物最古の枝分かれ:問題点と重複遺伝子による解決】

2005年9月1日

宮田 隆顧問
 地球はおよそ46億年前に誕生したといわれているが、それからおよそ8億年後には、現在の細胞の体制を持った、単細胞の生物がこの地球上に生存していたと考えられている。真核生物の出現はそれからさらに15億年ほど後のことになる。今回は、地球上の全生物の祖先から真核生物の祖先が現れた、およそ38億年前から20億年前までの太古の時代に、生物はどのように多様化し、それに伴って分子のレベルでなにが起きたのか、分子で辿ってみよう。

生物の分類
生物最初の分岐に関する論争:何が問題だったのか
問題の解決:古細菌は真核生物に近縁
生物最古の時代に頻繁に起きた遺伝子水平移動
真核生物の起源

生物の分類
 生物の歴史はかなり古く、38億年前に生存していたと思われる生物の痕跡が知られている。その間、多様な生物が進化してきた。現在生存している生物種の数は、一説によれば、一億種にものぼるという。生物多様性の理解には分類が基本になるが、研究機器の発明・開発に伴う生物の認識の変化によって、分類体系がずいぶん変化してきたのは、当然といえば当然のことだが、なかなか興味深い。
 最初は目で見てそれとわかる形質に着目して分類していた。諸学の祖、アリストテレスは、生物の世界を大きく動物と植物に分類した。これはずいぶん視覚的な分け方で、動く生物と動かない生物という分け方である。20世紀に入っても、多くの生物学者はこの分類に満足していたようである。いまだに生物学の研究領域の分け方には動物と植物という分類が根強く残っている。
 生物を系統立てて、近代的な形に分類した最初の人はカール・フォン・リンネであった。リンネは、肉眼でみえる生物の外部形態を分類の基準にして、階層構造を持つ生物の分類体系を確立した。
 20世紀に入ると、遺伝学、発生学、生化学、進化学が発展し、新しい視点から生物の分類が行われた。さらに、光学顕微鏡や電子顕微鏡などの観察手段が著しく進歩し、小さな生物や大型生物の個々の細胞内構造を詳細に研究することが可能になってきた。1937年、エドアール・シャトンは細胞内構造の特徴から、全生物は、核を持たない細胞を持つ原核生物と核を持つ真核生物とに分類でき、両者の違いは今日の地球に認められる唯一最大の進化的不連続であることを指摘した。現在では、ほとんどすべての生物学者はこの分類に同意している。
 二十世紀後半になると、細胞下の研究が進み、生物をより詳細に分類することが可能になった。その結果、生物の世界は多数の生物界からなるという風潮が現れ、そんな中から、1959年、ロバート・ホイタッカーは有名な5界説を提唱した。5界説によると、全生物は、モネラ界(バクテリア)、原生生物界(原生動物、藻類などの単細胞生物)、菌界(きのこ、かび、地衣植物など)、植物界(コケ類、シダ類、被子および裸子植物など)、および動物界(脊椎動物およびさまざまな無脊椎動物を含む多細胞動物)の5つのグループに分類される。モネラ界を除く4つの生物界はシャトンのいう真核生物に対応している。この分類法は、現在では生物学者の間では広く受け入れられている。
 1960年代の初期に分子進化学がスタートしたが、まもなく分子進化学者は、DNAやタンパク質の比較解析から、生物が過去に辿った進化の道筋を再現できることを知った。分子系統学の始まりである。1977年、カール・ウースは、タンパク質の合成の場であるリボゾームのRNA成分の一つ、16SリボゾームRNAを使って分子進化学的にバクテリアの分類を試みた。その結果、高温、高塩、強酸、といった極限環境で棲息しているバクテリアのグループが、通常の環境で棲息しているバクテリアと、系統樹の上で明らかに区別できることを発見した。棲息している環境が原始地球の環境に似ていることから、ウースらは、最古の生物の姿を止めた“生きた化石”という期待をこめて、前者のグループを古細菌(アーケア)と名づけ、後者のグループを真正細菌(バクテリア)とした。ウースらは、これら2つに真核生物を加えて、地球上の全生物は、真正細菌、古細菌、真核生物の3つの超生物界から構成されるという分類体系を提唱した。従来の分類での最上位の分類階級である界のさらに上位の分類階級という意味で、超生物界という名前がつけられた。ウースらは最大の分類単位を発見したことになる。これはきわめて大きな発見といわねばならない。
 測定手段が、肉眼から顕微鏡、電子顕微鏡、分子、と進歩するにつれ、研究対象も生物の外部形態、細胞、細胞内構造、分子へと変わり、それにつれて生物の分類体系が変わってきた。分類体系は時代を映す鏡か?
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生物最初の分岐に関する論争:何が問題だったのか
 ウースは最初、古細菌、真正細菌、真核生物の3つの超生物界がほとんど同時に枝分かれしたような系統樹を考えたが、それは使ったデータの質の悪さのため、最も古い分岐を決定するだけの分解能がなかったことに起因することに気がつき、後に撤回した。その後、名古屋大学の大沢省三研究室で、リボゾームRNAの小さな成分、5SRNAを使って3つの超生物界の系統樹を作り、古細菌は真核生物に近縁であり、真正細菌とはむしろ遠い関係にあると主張した。ジェームス・レイクはウースと同じ16SリボゾームRNAを使い、独自の方法で系統樹を推定した。その結果、古細菌の一部の系統は、大沢グループの結果と一致して真核生物に近縁となったが、ほかの系統は真正細菌に近縁となった。レイクの系統樹が正しいとすると、古細菌は系統樹の上で一つの独立したかたまりになっていないので、古細菌を一つのまとまった分類単位にするのは説得力がないことになる。古細菌超生物界の存在を主張するウースにとっては困った結果である。こうして3超生物界の系統関係に関する論争が10年以上にもわたって続いたが、結論は得られなかった。
 なぜこうした混乱が生じたのか。そこには系統樹推定の基本に関わる深刻な問題があった。その点を理解するために、分子から生物の系統樹をどう推定するかを簡単な例で説明してみよう。いま、ヒト、チンパンジー、ゴリラの間の系統関係を適当な分子を使って推定するとしよう。3つの生物から同じ分子(RNAかタンパク質)を選んで、塩基配列かアミノ酸配列の比較から相互の置換数(進化距離)を求める。生物間での進化距離が分かれば、系統樹を作ることができる。ただし、特別な付加的情報がない限り、このままでは「根」(ルート)のない系統樹、すなわち、無根系統樹しか推定できない。無根系統樹からは問題にしている生物間の関係は分かるが、どのような順番で枝分かれしてきたかの情報が得られない。これは系統樹から得られる情報のうちで最も重要な情報である。すなわち、推定した系統樹にいかにして時間軸を設定するかという問題である。
 通常行われる方法では、問題にしている生物(いまの場合、ヒト、チンパンジー、ゴリラ)のほかに、これらのどの生物よりも明らかに遠い時期に枝分かれしたことがはっきりしている生物Xをあらかじめ比較に加えておく。この生物Xのことを外群(アウトグループ)という。ここでは生物Xとして日本ザルを考えておこう。ヒト、チンパンジー、ゴリラは類人猿のグループに属し、このアフリカトリオはせいぜい1000万年以内に枝分かれしている。日本ザルは真猿類に属し、類人猿とはおよそ3000万年前に分岐したと考えられている。従って日本ザルはアフリカトリオのアウトグループになる資格がある。
図1.無根系統樹から有根系統樹を作る方法
 とりあえずこの4種で無根系統樹を作っておき(図1の左の図)、次に、日本ザルの分岐が最初になるように、矢印の位置で“枝”を折り曲げると、図1の右の図のような根のある系統樹、有根系統樹が作れることになる。後は問題にしているアフリカトリオの枝分かれの順が自動的に決まる。
 元の問題に戻ろう。それにはアフリカトリオを超生物界トリオに置き換えるだけでよい。そしてこのトリオ同士の分岐より明らかに古い時期に分岐したことがはっきりしている生物Xをアウトグループとして選べばよい。ところが、この問題に関する限りそうはいかないのである。なぜなら、現在地球上に生存している全ての生物は古細菌、真正細菌、真核生物のいずれかに属する。従って、それよりも古い時期に分岐し、かつ別のグループに属する生物Xはこの地球上のどこを探しても存在しない。これでは有根系統樹が作れないことになる。10年も続いた論争の深刻さがここにあったことが理解できよう。
 レイクの系統樹は、正しくは無根系統樹として表現されるべきだったのだ(図2の下段の無根系統樹)。レイクは、この無根系統樹の?の位置に“根があると仮定して”、図2上段右図のような有根系統樹を得た。もし、無根系統樹の?の位置に“根があると仮定すれば”、大沢グループが主張していた系統樹と同等の系統樹が得られる(図2上段左図)。両者の対立は“仮定”の違いだけであったのだ。
図2.無根系統樹と2つの有根系統樹の関係
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問題の解決:古細菌は真核生物に近縁
 生物X探しは絶望的となると、3つの超生物界の系統樹はあきらめねばならないのであろうか。そう悲観することはない。頭を切りかえて、”生物”を探すかわりに”遺伝子”を探せばよいのだ。生物の系統樹を作る際、アウトグループは”生物”というのが慣習になっているので、その固定観念から抜け出ることが意外と難しかったのである。こう言うといささかかっこ良すぎるので、問題解決に至った裏話を紹介しよう。
 分子の世界では、新しい機能を持った遺伝子の進化に先立って、ほとんどの場合遺伝子重複が起こる。遺伝子重複は多様な遺伝子を生み出す基本的なメカニズムだが、生物は非常に古い時代からこの方法を採用してきた。例えば、タンパク質は多数のアミノ酸が直鎖状につながった鎖だが、一つ一つアミノ酸をつないで鎖をのばす働きを持つ酵素、ポリペプチド伸長因子(EF-1a/Tu)が存在する。この酵素にアミノ酸配列がよく似た、明らかに遺伝子重複で作られたもう一つの酵素(EF-2/G)が存在する。2つのポリペプチド伸長因子はGTP結合領域を持ち、遺伝子重複を繰り返して多様化したGTP結合タンパク質ファミリー(遺伝子族という)のメンバーである。
 筆者は、超生物界の系統関係に関する論争が華やかだった頃はまだ直接この問題に関与していなかった。もちろん、ウースの発見や論争については論文や学会発表を通して知ってはいたが。筆者のグループは、当時GTP結合タンパク質族をはじめ、幾つかの遺伝子族がいつ頃遺伝子重複を繰り返して多様化したのか、分子系統樹を使って研究していた。この遺伝子族の系統樹で、一対の重複遺伝子EF-1a/Tuと EF-2/Gの部分を見てはっとした。どう見ても遺伝子重複の位置が3超生物界の分岐以前にあり、それぞれの遺伝子から3超生物界の系統関係、最古の枝分かれの問題が解けることを悟った。さっそく岩部直之(現、京都大学)を中心に筆者のグループは問題を下記のように整理し、解析を進めた。
 すべての生物は一対の重複遺伝子EF-1a/Tuと EF-2/Gを持っている。すべての生物がこの一対の酵素を持っているということは、この一対の遺伝子を作った遺伝子重複は3つの超生物界が枝分かれする前に起きたことになる。たしかにGTP結合タンパク質族の系統樹はそのことを再現している。このことを利用すると超生物界の有根系統樹が作れる。3つの超生物界それぞれからEF-1a/Tuと EFー2/Gを取り出し、これらのアミノ酸配列の比較から無根系統樹をまず作る。そしてEFー1α/TuとEFー2/Gが遺伝子重複によって枝分かれした時期が、3つの超生物界が枝分かれする以前になるように系統樹の根を決める。
 このアイディアで、筆者のグループははじめて3つの超生物界の系統樹を作ることに成功した。この系統樹は2つの遺伝子それぞれから推定された系統樹を同時に含んでいるので、複合系統樹と呼ばれる。この複合系統樹は、EFー1α/TuとEFー2/Gのいずれにおいても、古細菌は真核生物に近縁な関係にあり、真正細菌とは遠縁になることを示している(図3)。こうして生物の最も初期の進化で起きた分岐の順序が決定できた。これで一件落着かと思ったが、いつものことながら、研究とは最終理解までに直線的にたどり着けるものではないことをこの問題でも思い知らされることになる。
図3.重複遺伝子EF-Tu/1aとEF-G/2に基づく超生物界の複合系統樹
真核生物のミトコンドリア(mt)とクロロプラスト(chl)はいずれも真正細菌の系統に含まれていることに注意。これは両者とも真正細菌起源であることの分子からの証拠である。
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生物最古の時代に頻繁に起きた遺伝子水平移動
 筆者のグループは当初、ポリペプチド伸長因子の重複遺伝子のほかに、ATPアーゼの重複遺伝子の解析結果も同時に発表した。後にこの重複遺伝子は複雑な進化を辿ったことが分かり、正しい結果を得るにはより多くの遺伝子を含めた解析が必要ということになった。ピーター・ゴガーテンのグループも同時に重複遺伝子による解決法を思いついたが、彼らはATPアーゼの重複遺伝子を使って3つの超生物界の複合系統樹を示したのみであったため、気の毒なことに、彼らの論文が引用されることは比較的少ない。下で述べるように、ポリペプチド伸長因子の重複遺伝子による系統樹が重要であった。
 いったん問題の解決法が示されると、いろいろな研究グループがさまざまな重複遺伝子を使って古細菌ム真核生物近縁関係を確認することになった。ところがその過程で使う遺伝子によっては異なる系統関係が得られることが分かってきた。しかし、遺伝子の転写や翻訳に関わる分子は常に同じ関係、すなわち古細菌ム真核生物近縁関係を示していた。紆余曲折を経て、超生物界の系統関係はポリペプチド伸長因子をはじめとした転写・翻訳系の遺伝子が示すとおり、古細菌と真核生物が近縁であり、真正細菌は両者に遠縁であるということで落ち着いた。それ以外の多くの遺伝子は、少なくとも生物進化のごく初期の段階では、超生物界間を“水平的”に移動していたという結論になった。遺伝子は通常、親から子へと“垂直的”に伝達されるが、ここで示された結果は、驚くことに、多くの遺伝子が異なる系統間を水平的に移動していたというものであった。
 遺伝子水平移動が頻繁に起こると、生物の系統関係はもはや“樹”で表現することができなくなり、ネットワークで表さざるを得なくなる。幸いなことに、転写・翻訳系の遺伝子は常に同じ系統関係を示すことから、こうした遺伝子で形成される「ゲノム」がほかの遺伝子の水平的移動の受け皿になったと考えることが合理的であろう。従って、生物の系統関係は母体となったゲノムの系統関係ということになる。
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真核生物の起源
 超生物界の間の系統関係が決まると、以後の進化は、外群が決まるので通常の方法で理解できることになる。何はともあれ、誰しもが真っ先に知りたい問題は真核生物の起源の問題であろう。真核生物は古細菌とは独立した系統から進化したのか?あるいは古細菌の一部の系統から進化したのか(側系統という)?そうだとしたらその系統は古細菌のどの系統か?こうした興味ある問題に対して、現時点では確定的な答えは得られていないが、最新のデータからこの重要で興味深い問題について考えてみよう。
 最新のNCBI(National Center for Biotechnology Information)の分類によると、古細菌は、ユーリアーケオータ、クレンアーケオータ、ナノアーケオータ、コルアーケオータの4つに分類されている。しかしこの分類は一時的なもので、決して確定的ではない。最近、全ゲノムが決定された超高熱菌を含むナノアーケオータは独自の界を作っているという説があるが、ユーリアーケオータに含まれるという最近のデータもある。現時点では古細菌をユーリアーケオータとクレンアーケオータに分類しておくことには問題なさそうである。
 加藤和貴(現、京都大学化学研究所)らは、多数のリボソームタンパクから全生物の系統樹(ユニバーサルツリー)を推定しているが、その系統樹によると、真核生物は古細菌と独立したグループを構成していない。真核生物は古細菌のうちのクレンアーケオータに近縁であり、ユーリアーケオータは両者の外群になっている。この系統関係は、統計的に十分信頼のおける結果になっているが、解析に含まれている系統の数は必ずしも十分ではないので、まだ検討の余地を残している。この結果を信用すると、真核生物は古細菌の一部、すなわち、クレンアーケオータから派生したことになる(図4)。クレンアーケオータから枝分かれした真核生物の祖先細胞は、真正細菌、古細菌のさまざまな系統から遺伝子を水平的に取り込み、真核生物へと進化したのであろう。真核細胞内にみられるさまざまな細胞内小器官と遺伝子水平移動との関連は今後明らかにされるべき重要な問題であろう。
図4.三つの超生物界の関係と真核生物の起源
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[宮田 隆]

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