京都ゼミナールハウス内の彫刻の森にて

3月は日本の大学や研究所の"師走"、明くれば"睦月正月"となる。酒席の多さを見よ。そこで時宜に従い、まずはめでたく正月論から。

「正月は走りにくうて」。タクシーの運転手氏はいつもぼやく。聞けば町中がノロノロ運転。どうやら新春は時の経つのが遅く、人の動きも間延びするか。

この雰囲気。昔はもっと鮮やかだった。正月行事はアレとコレだけとされ、準備万端暮れに整い、明けては型どおりの行ないあるのみ。昔の大学正月もさこそ。

ところで、正月のゆったりした時間は暇の多さによると見、逆に暇を増やすことで人生を"延ばそう"とした御仁がいた。かの貝原益軒先生。300年ほど前、老けるほどに歳月が飛ぶように速く感じられるのを、いかにかとどめんと考えた。

まず心を「のどけく閑(しずか)に」。すると日は「永く」なり忙しさも去る。そこで、食や色の道楽ならぬ省エネの楽事をなし、「一日を以(もって)十日」に、「一年を以十年と」すべしと。

似たような考えは中国の文人にもある。約900年前、蘇東坡先生いわく、無事にして静坐すれば「一日是両日」、かく生きれば、すなわち70の齢も140になると。

この倍増説を知りながら、益軒先生あえて10倍説を唱えた。先生めっぽう数字に強く、定期に自分や妻の体重を薄着で量り、自宅から他家までの歩数勘定も精細をきわむ。10倍は、だからホラではなさそうだ。

その「楽」についての考えがおもしろい。まずよく学び、鳥獣草木を生かす「太和の元気」が自分の内にもあることに目覚めよ。されば和らぎ、喜ばしく、ついに手足もおのずと舞うにいたる。この和気めぐる境におれば、老人も陽気盛んな幼児のごとく、ゆったりと流れる時間を感じる云々。

ああ生命誌研究館。行けば、この種の「楽」目覚め、長い1日とや相ならん。

(よこやま・としお/京都大学人文科学研究所助教授)