生物の多様化 (進化) の研究と、生物の形づくり (発生) の研究とはこれまであまり結びつかなかった。どちらも遺伝子そのものの変化・発現と関係していながら、発生過程の研究がなかなか遺伝子レベルで進まなかったために、つなげたくてもつながらなかったのである。

しかし、最近になって発生の研究が急速に進み、ようやく二つの分野に橋をかけようとする動きが本格的に始まっている。’94年4月、イギリス・エジンバラで行なわれた学会「発生のメカニズムの進化」は、この変化を象徴する大会となった。アメリカ、イギリス、日本など、世界10ヵ国以上から集まった学者たちの専門分野は、古生物学、分子進化学、発生生物学などと、文字どおり横断的。講演の演題も「化石からみたカンブリア紀の大爆発」「線虫における細胞系譜の進化」「脊椎動物の起源」と、じつに多彩である。

とくに注目を浴びたのが、アメリカ・ウィスコンシン大学のショーン・キャロルたちが行なったチョウ (アメリカタテハモドキ) の翅の研究だ。鱗翅目のチョウと双翅目のショウジョウバエは、2億年前に分かれたとされ、一方は鱗粉をもった大型の翅を4枚もち、もう一方は透明な翅を2枚もつ。ショウジョウバエでは、胴体や翅が作られるさい、どの遺伝子がどの順番ではたらくかはかなりわかっているが、チョウの場合には遺伝子レベルの研究はまだまだ未開拓だった。キャロルは、ショウジョウバエの翅の形成に重要な遺伝子を使い、チョウでも同じような遺伝子がはたらいているかどうかを調べた。

その結果、翅の形や大きさが相当違っていても、基本的には同じような遺伝子がどちらの昆虫でもはたらいていることがわかった。たとえば、これらの昆虫の翅はいずれも表裏一層ずつの細胞層でできているが、アプテラスという遺伝子はどちらでも翅の表側の細胞を作るのに必要らしい。

一方、チョウの翅で独特のはたらきをもつと思われる遺伝子も見つかった。ディスタルレスは、チョウでもショウジョウバエでも翅自体の形成に必要な遺伝子だが、チョウの場合は、翅にある大きな目玉状の模様 (眼状紋) の中心の細胞でもはたらいていることがわかった。眼状紋は、中心の細胞が周りの細胞に化学的なシグナルを出すことでできると言われている。キャロルたちは、ディスタルレスがそのシグナルを出すのに重要な役割をする遺伝子かもしれないと考えている。

彼らの実験からはチョウとハエの翅の形がどのような遺伝的変化のもとに変わってきたのかの詳細はまだわからない。しかし、チョウとハエの祖先が分かれた後にもともと翅全体を作るために使われていた遺伝子が翅の別の部分ではたらき出し、その結果として眼状紋が登場した、という可能性を考えることはできよう。

日本からの参加者の一人、発生生物学者の野地澄晴徳島大学教授は、ランの花にそっくりのハナカマキリを使って形づくりの遺伝子および進化の研究を始めようとしている。学会で出会った多くの研究者におもしろいテーマだと励まされ、「ここに来て自信がつきました」と語ってくれた。

(かとう・かずと/生命誌研究館)