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SPECIAL TALK 生命誌の新しい展開を求めて

生命誌の新しい
展開を求めて

JT生命誌研究館館長永田和宏

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JT生命誌研究館名誉館長中村桂子

2020年4月1日より、JT生命誌研究館館長に永田和宏、名誉館長に中村桂子が就任しました。新たな体制のもと、生命論的世界観に基づく一人ひとりが幸せに生きる心豊かな社会の実現に向けて、さらに邁進してまいります。

1. DNAをゲノムと見る

中村

私は、今日、何も考えずに来ています。とにかく、これからのことをどうぞよろしくお願いいたします。永田先生が、生命誌を意識なさるようになったのはいつ頃からでしょう。

永田

もちろん、この研究館ができた時からです。実は京大の学生時代、岡田節人先生が学位審査の主査を務めていらして、新任、柳田充弘教授のやたら難しい質問に窮した僕に助け舟を出してくれた。一生、頭が上がりません(笑)。以来、節人先生の門下生である竹市雅俊さん、それに研究館の近藤寿人顧問と、皆、旧知の仲です。
中村先生、今日はお教え願います。まずゲノムという言葉は、今でこそ耳にするのも珍しくありませんが…。

中村

ゲノム編集という言葉まで出てきました。

永田

ここまで社会に浸透させた、その力は日本ではやはり中村桂子先生によるところが大きかったでしょう。既に1980年代にゲノムから生命現象を包括的に捉える視座に立ち、そのヴィジョンを具体化する研究機関を構想なさった。しかも市民に開かれた場としてこのように実現するとは誰も思いもよらないことでした。中村先生の研究館に掛けた思い、その達成感を是非お聞かせください。

中村

研究としては、ゲノムが読めたからすぐに新展開するというものではありません。人間がわかるわけでもありません。大事なのは遺伝子を見ているだけでは見えないものが見えてくると意識することです。私が多くを学んだ江上不二夫先生が1970年におつくりになった生命科学研究所は、その名に次のステージへ向かう江上先生の強い思いが込められていました。すべての生命体は細胞からなりその中にDNAを持っていることが分かったのだから、植物だ、動物だと分けずに生命現象全般を視野に入れて分子から脳、環境まで総合して考えよう。そんな思いが生命科学という言葉に込められていました。皆びっくりです。当時の日常感覚として、生命という言葉は宗教や哲学とは結びついても、科学としての生命って何だろう?と思いました。

永田

なるほど。更に生命科学から生命誌への移行は、なだらかな連続でなく、大きな断層がありますね。

中村

それが私の中ではつながっているのです。

永田

僕は、中村先生が生命科学から生命誌をおつくりになったところに、とても大きな意味があると思うのです。ゲノムはオーム研究の先駆けでした。その後トランスクリプトーム、プロテオーム、更にグライコームと糖まで…今やオームは研究の流行り。しかし、遺伝子を眼目とする生命科学の時代に、DNAをゲノムと捉える次元でサイエンスを動かすヴィジョンをどのように獲得されたのでしょうか。

中村

江上先生は「生命現象全般を考えると、そこに人間が入る」とおっしゃったのです。当時、人間は人類学や医学にお任せで、生物学として人間を考えるとは思いもよらないことでした。もう一つ、大事なこととして、当時は化学工業が発展する一方、水俣病のような問題も生じていました。化学出身の先生としては、局面の打開には生物研究を深める必要があると考えられたのです。その思いを込めた生命科学という命名でした。しかし、研究はどうしても個々別々の課題解決に終始し、総合的な理念を示すという舵取りが難しい。生命科学の研究を、生命全般を考えるという先生の理想の実現に結びつけたいと考え続けて、ある時、その糸口を見つけました。DNAを、遺伝子として見るのでなく、ゲノムと見るというがん研究からダルベッコが言ったことでした。ゲノムという切り口で、これまでの研究を否定せず新しい形の知を編んでいけると思いました。これが生命誌研究館の構想につながりました。

2. 生命の本質を究める

永田

オーム研究も全体を見るという意味合いは同じです。ところが生命誌という言葉には、もう一つ大きなファクターが入っていますね。僕はここに凄みを感じます。それは時間です。まず研究として探求する。そしてそれをしるす。生命誌の「誌」とは即ち時間であると。

中村

それを続けていくと歴史になる。

永田

書き続ける。個々の事象を記載していくことが生命誌の基本である。時間の概念はDNAに書きしるされた情報の総体を扱う視点に立って初めて生じるもので、他のオーム研究に時間は入りません。ゲノムは時間を含んでいる。これが大事ですね。中村先生がそれを三十年間貫き抜かれた。

中村

生きものは時間を紡ぐもの。生命科学研究所時代、次の方向を探る中で、多くの人が高齢化社会を理由に老化をテーマに挙げました。まず基礎生物学として個体発生を扱うべきだと私は言ったのです。老化は壊れていく過程です。まず発生過程でどのように体ができあがってくるのか、つまり、生きものは時間を紡いでいるものだということを見る。その後、どのように壊れていくのかを調べるのが筋と思ったのです。ゲノムで考えるとはそういうことです。

永田

これまで生物学の主流はつくるほうに据えられていましたね。DNAからmRNAへ情報が読み取られ、翻訳されたペプチド鎖が折り畳まれタンパク質になる。セントラルドグマに従って多くの科学者がつくるほうを見てきた。ところが分野が成熟すると「それだけじゃない」という見方も出る。アポトーシスやオートファジーなどの研究により壊れる過程も大事な生命現象の一つと捉えられるようになりました。

中村

発生し、そのうえで壊れる。壊れていくことは更につくることにつながる。こういうところに生きものの面白さが見えます。壊れていく過程に意味のある時間が入っていることが分かってきましたね。

永田

サイエンスの舞台にようやく死や老化が載る時代になりました。

中村

三十年前と違い、老化が生命研究の流れの中で重要な場を占めていることは確かです。これからの生命誌研究館は永田先生の語られたところを学問として考えていく場であって欲しいし、そうなりつつあると思っています。

永田

過日、老化という研究テーマをめぐるある議論で、タンパク質の恒常性を維持しようとする力 “Proteostasis”という概念が重要だと一致しました。細胞の中でタンパク質は、多様な外界からの負荷、分子の撹乱に対しその機能を保っています。老化とは、その恒常性が脆弱化する過程だと捉えることもできます。研究としては、まず、今、生きているものがどのように抵抗性、柔軟性、頑健性を保っているか、すなわち恒常性を維持しているかを見ていくことが必要です。これは今日、中村先生にお伺いしたいところで、曖昧さや柔軟さという生命の本質がそこにあると思うのです。

中村

生きものの老化と機械が壊れる過程は違います。社会全体がそこをよく見て欲しいですね。

永田

僕はこれまでタンパク質の品質管理について研究してきました。この品質管理って、ほんとうに細胞一つでどうやってこれほどのしくみをつくりあげたものか、人間の知恵を凌ぐかと思われる巧妙さを備えています。例えば、細胞はタンパク質が変性してしまうような条件下では、ただちにつくることをやめます。これは工場で不良品が出たら生産ラインを止めるようなものです。次に、壊れたものでも修理して出せるものはそうするし、駄目なものは工場の外へ運んで分解、つまり廃棄処分します。それでも駄目な場合は工場ごと、つまりアポトーシスで細胞ごと壊しちゃう。人間は細胞から学んだわけでもないのに同じようなことをしていますね。細胞も、我々も、大事なものをどういう風に品質管理していくかというしくみをそれぞれ独立に工夫して、しかし、その結果同じようなしくみで生きている。やはり生きているという状態に於いて、どのように恒常性を保つかということは相当大きいだろうと思うわけです。

中村

まさに生きものらしさを見ていくことですね。

3. ゲノムのはたらく場

永田

四半世紀の歴史を持つ生命誌研究館は、ゲノム研究のメッカであったとも言えますね。その立場から俯瞰すると、生命の本質が潜む恒常性、頑健性の沃野はどのような景色に映るのでしょうか。

中村

恒常性と言われるものは、私の感覚では、さっきおっしゃった曖昧さ、柔軟さという言葉で捉えるほうがしっくりします。例えば「生きものって何ですか?」という質問にはいろいろな答え方があります。「時間を紡ぐものです」というのも一つ、タンパク質のお話に絡めれば「矛盾の塊です」と、これも一つです。

永田

もう少し聞かせてください。矛盾というと?

中村

現代の機械論的世界の常識は、論理に基づきものごとすべてに整合性を求めます。整合性のないものはおかしなものと見做される。しかし、生きものに学ぶ生命論的世界では、遺伝子一つ見ても一対一の因果で動いてはいません。発生でも進化でも同じ遺伝子が全く異なるはたらきを見せるのは日常茶飯。機械と違っていい加減だからこそ全体としてうまくいく。これが永田先生のおっしゃる恒常性になると思うのです。最初から恒常性と言ってしまうと、それが整合性によってできあがっているかのように思われてしまうので、私は矛盾の塊であるが故の恒常性が生きものの面白さだという順で考えます。

永田

確かに、細胞がタンパク質一個一個を間違いのないようにつくっているようには見えません。ほとんどは不良品と言ってもよく、いい加減につくっちゃって90%以上も不出来で、後から壊されているタンパク質があるくらいです。

中村

いい加減だからこそ38億年も生きものは続いたのだと思います。

永田

タンパク質が一生をおくる細胞という場は、常に何が起こるか予測不能です。フレキシブルでないとそこでやっていけません。予測不能の事態に柔軟に対処する、生命の生命たる一番の所以をそこに見る気がします。

中村

研究館は小さなところですが、生きもののしくみから見出すそのような価値観をメッセージとして社会に発信しています。他に真似できない独自の大切な役目だと思っています。

永田

もう一つ、中村先生にお聞きしたかったのは、2003年のヒトゲノム解読以降、ポストゲノムと呼ばれる時代に入り、多様な側面から生命現象を総合的に捉えようとする動きが広がる中で、これからの生命誌をどんな風にお考えですか。

中村

そこはほんとうに難しいところですよね。

永田

僕が考えないといけないところなのでしょうけれど。

中村

そう。そこをお渡ししたいのです。これまでを振り返ると、解読完了までのゲノム研究はとにかく読むことに注力していた。ところが読み終わって「次、どうする?」という時、今、ポストゲノムとおっしゃいましたが、私はその言葉にずっと抵抗を感じてきました。ゲノムを読んだ同じやり方で次にタンパク質や代謝物質を読もうとオーム研究へ流れました。私はポストゲノムという言葉は間違いだと思います。ゲノムを読んだところは、終わりではなく次のステージの始まりです。

永田

解読完了と言ってもヒトゲノムだけでしたしね。

中村

大事なのはゲノムから私たちは何を知りたいのか。遺伝子やその他領域の配列を個々別々に読んだうえで、全体として一体これは何なのかを解かなければ、ゲノムを読んだことになりません。

永田

それには二つ方法があると思います。一つは、読む対象をどんどん広げていく。これは一人の人間の頭では解けませんからコンピューターの助けを借りて研究を進める。集積する膨大なゲノム情報を網羅していくと、そこに新しい世界観が現れるはずです。ある意味で、考えること、すなわち脳研究もそこに収斂するのではないかと思います。もう一つは、ゲノムがはたらく場をどのように考えるか。僕の専門である細胞生物学とは、個々の分子が細胞という場でいかにはたらくかを見るサイエンスだと思っています。生命誌研究館では細胞を重視して、既に展示や季刊誌で表現していますが、これからの生命誌にとって、ゲノムのはたらく場としての細胞をどんな風に考えていけるかは重要だと思います。

中村

ゲノムは細胞を代弁しているとも言えます。生きものの基本単位は細胞ですから、生きものを考えるには細胞を見る必要があります。ゲノムも試験管の中でなく細胞の中ではたらくことではじめて意味が出る。次のテーマになりますね。

永田

今、新学術として新しい領域が提案されようとしていますが、いわゆるセントラルドグマでゲノムからmRNA、そしてタンパク質へという理解が成り立たなくなろうとしています。ノンコーディングRNAと呼ばれた遺伝情報をもたないRNAも、従来の調節にはたらくという役割に加え、ペプチド鎖へ翻訳され、ペプチドとして、あるいはタンパク質として働くことも分かってきて、開始コドンから始まって終止コドンまでの塩基配列がタンパク質になるという、一対一の対応はつきません。膨大なプロテオームの世界が見えてきたところです。

中村

私たちが分かっていることって、ほんの一部に過ぎませんね。これからが面白いし、生きものらしいところへ行くはずです。

永田

これから生命誌研究館がやることはたくさんあります。

4. 分からないことだらけ

中村

これからの生命誌研究館に大事なことは三つあると思います。一つは今おっしゃった、ゲノム情報の集積から生命の本質が見出だせるか。これは細胞の中でゲノムがどうはたらくかを知るという二つ目につながります。その目標に向かって情報科学や数学などと実験生物学が協力し合い仕事を進めていくのが研究部門のこれからの姿だと思います。そして、三つ目は表現です。

永田

とても大事なところです。

中村

他のどこにもないところです。科学の伝達でもコミュニケーションでもなく表現を通して生きものを考えます。永田先生が歌をおつくりになるのは、ご自分の思いを表現したいという気持ちからだと思うのです。社会はなぜか科学と表現とを分けて、科学には啓蒙を期待します。でもこれは啓蒙ではありません。研究館は表現の場であるとしてきました。

永田

我々が啓蒙者になっては駄目ですね。大学の教育でも、例えば「知の最前線」と言いますが、「前線」という言葉で、ここまでは分かっていると伝えながら、ほんとうに学生に受け止めて欲しいのは、向こう側に分からないことがあるという認識です。ここまでわかっているということが大事なのではなくて、ここからはわかっていないということを知ってもらうことが大切だと思うのです。

中村

まだ分かっていないのですよ。それが一番、大事なところですね。

永田

京都産業大学で新しい学部をつくった時、どういう教授を集めるかと人選で重視したのは、その人が研究者であること。つまり教育がうまい人でなく第一線で研究している人。ここからは分かっていないことを認識できているということは大変重要です。

中村

よほど自信がない限り、分かっていないとは言えませんからね。

永田

毎日、その分野の論文を読んで、どこまで分かっているかを更新している人間にしか言えません。だから僕は大学の講義で教科書は使いません。既に分かっていることを知りたいなら自分で教科書を開いて読めばいい。大学で大切なことは、分かっていないことがいかにたくさんあるか。その世界を次の世代に渡すことです。若い人は現金なもので、こんなにも分かっていないということを面白く感じるようです。面白く感じてもらうことが大切です。

中村

専門家とそうでない人との違いは、何を知っているかでなく、何が分かっていないかを言えるかどうか。未知の世界にこそ面白さがありますね。ここにアリが一匹いたら、その中に分からないことはいっぱい入っている。だからアリの研究者は世界中にいます。そして、ひょっとしたら小さな子がアリをじっくり眺めていたら、まだ誰も知らないことに気づくかもしれません。研究館から表現したいのは分かっていないことに接する時こそ知の世界が広がる、その驚きや喜びの気持ちで、それは大学生にも、幼稚園の坊やにも、誰にとっても大切なことという姿勢で語ってきました。それを続けたいですね。

永田

本来、今、何が分かっていないかを自ら学びに行く場が大学であるはずです。ところが今の大学は分かっていることばかり詰め込もうとする、サイエンティストが育つはずがありません。生命誌研究館ではサイエンスは面白いんだと伝えたい。何が面白いのかと言えば「こんなことさえまだ分からない」ということです。中村先生は「科学と日常の重ね描き」とよく言っておられますが、僕は「サイエンスを本棚から解放しよう」と言っています。日常の場でどんな風にサイエンスを皆が感じられるか、疑問に思えるかがとても大事です。

中村

私は、まど・みちおさんが100歳の時におっしゃった「世の中に?と!があれば、もう他には何もいらない」という言葉が大好きで、今、編集を任されている『科学と人間生活』という高校の理科総合の教科書の見開きページに、この言葉を置くことにしました。

永田

それはいいですね。齢をとって一番なくなってくるのはその二つです。

中村

それを100歳で言えるまどさんは素敵ですし、私もまだ欲しいものはあるけれど、ほんとうに一番素晴らしいものは何かと考えたら確かにそれだと思います。理科の教科書にこの言葉を書くのは、教科書に書いてあることは、ものを考える基礎として知っておくべきですが、それだけでは駄目。教科書を読んで「おや?」と思ったらその先は自分で答えを探して欲しい。書いてあることとないことの間を行き来しながら自分で考える人になって欲しい。そういう思いからです。

永田

「?」がないと「!」は出てきません。ところが今は教え過ぎ、正解を与え過ぎるから、若い人が「?」を持てない時代になってしまいました。

5. 役に立つより豊かさを

永田

寺田寅彦がエッセーの中で、サイエンティストは頭が良くなければ駄目だが、頭が良いだけでも駄目だと言っています。頭の良い人は最も効率的にゴールに辿り着くけれど、横に何があるか見ていない。そうでない人はあちこちぶつかって遠回りのようでそこから得るものは多く、新しい考えが生まれると。サイエンティストはある程度、論理的な思考が必要だけれど、そればかり求める今の学校教育はまずいでしょう。

中村

今までを思い返すと、私は、ほんとうに先生に恵まれていたので、あちこちの分野のお話を伺うのが楽しくて寄り道だらけ。でも難しくなると逃げるので、「君は僕が嫌いなのね」って言われて(笑)。今でも先生方の顔をよく思い浮かべます。理論物理学の渡辺慧先生には時間の問題を、美学・哲学の今道友信先生には「エコエティカ」を、ギリシア哲学の藤澤令夫先生には「誌」という歴史の意味を教えていただきました。もっと真剣に先生方に食いついていれば、きっともっと賢くなれたのに、根がいい加減なのでもったいないことをしました。

永田

全部を受け入れたのでは面白くありませんからね。最終的に何が一番大事かと言えば、自分がどれだけの人と出会えるか。サイエンスの喜びとはディスカッションですから。

中村

サイエンスというのは自然科学に限りませんね。

永田

そう。本来サイエンスとは、知の営みということです。

中村

自然を、人間を考える、生きているってどういうことかを考える。でも生命誌を始めた三十年前と今とでは社会も変わりました。それが決してよい方向とは思えず気になっています。

永田

同調圧力。人と違うことを恐れる風潮はよくありません。友達と違うことを言う、空気を読めないと爪弾きにされる。ほんとうは人と違ってなんぼのもんだというはずなのに。

中村

一昨年の季刊「生命誌」では「容」を、その前は「和」を考えました。今、社会でとても大事なことだと思ったからです。塩野七生さんが、ローマが滅びたのはキリスト教が入った時、寛容だった社会が不寛容になったからだと。

永田

一神教はそういうところがありますね。自分と違う価値観をどれだけ認められるかが社会の豊かさになります。

中村

社会が多様な価値を受け入れて膨らんでいかないと新しいことも生まれませんから。生命誌研究館だけで社会を動かせるとは思いませんが、大事だと思うことは言い続けたいですね。

永田

同時に、生命誌研究館の存在意義として、ここが何かの役に立つところだと思って来てもらわないほうがいいと思うのです。今の社会は、役に立つか立たないかという尺度に意味を持たせ過ぎています。

中村

今おっしゃったその姿勢を貫くことが、ほんとうの意味で役に立つことになると思います。

永田

ほんとうに面白い何かが見つかりそうだとか、ある種の“Curiosity”をどんな風に表立てて来てもらえるかはとても大事なことになると思います。僕が学生時代に湯川秀樹さんの講義で聞いた言葉の中で、今でも残っているのは「君ら、今、役立つことは、三十年後は何の役にも立たへんで」って。それはほんとうにその通りで、三十年後に役に立つか立たないかは、今、誰にも判断できません。でもほんとうに皆が興味を持ってくれて、面白いと思ってもらえるものになれば、単に知識を得るというより、知の営みとしては、はるかに役に立つものになる。

中村

役に立つというより、ほんとうの豊かさが生命誌研究館にはいっぱいあるよと言いたいですね。ここへ来て科学が分かったというのでなく、なんか生きものっぽい感じが伝わって、眺めているだけで心地がいいっていう形で受け止めてくださる方も多く、私は、直接サイエンスにつながらなくても、一人一人が思い思いに生きるということにつなげて考えてくださる。そんな風に広げていくことが大切だと思っています。

6. 言葉と言葉の間に

永田

この世界は基本的にアナログですね。ここにコップがあって、見方によって丸にも四角にも見えたりするのがアナログ世界の特徴でもあります。それを言葉で表現しようと思った時、まず言葉にすることはすなわちデジタル化です。言分け、分節化ということですね。デジタルとアナログをどんな風に行き来できるかが、サイエンティストの力を試されるところであり、表現に於いても世界をどんな風に認識するかは大きな問題です。言葉はデジタルですから、言葉と言葉の間に隙間がいっぱいあり、この隙間にこそほんとうに大事なことがある。隙間を含めてどんな景色として感じられるものにできるか。DNAはこんな塩基配列ですとデジタルをデジタルに伝えるのは簡単で、サイエンティストの仕事はデジタルでかまいません。デジタルなサイエンスの成果をいかにアナログ化して皆に感じてもらえるか。これは表現部門の力の見せどころです。

中村

今のお話は、デジタルをアナログとして受け止められるようにするのが表現することの意味だということですね。

永田

研究館の研究部門には四つの研究室があり、彼らはデジタルの世界に生きている。デジタル化ができないとサイエンスは成り立ちませんが、それが生命誌として語られる時、そこに当然隙間が生じます。隙間は決して表現できないので感じ取ってもらうしかありませんが、感じとってもらえるように表現するというのが表現者の力量の試されるところでもあります。僕がやっている歌というのは、自分の言いたいことは言わず、読者と作者の間で「作者の言いたかったであろうこと」を読者がいかに回収できるかという世界です。中村先生はよく「物語る」という風におっしゃいますね。

中村

言葉は確かにデジタルでも、物語として語る時には自分の気持ちを込められます。生命誌の表現は生きもの研究の世界を物語のように語り、絵巻のように描きます。そこで、まさにアナログの世界が生まれていると考えています。これは生命誌の「誌」に込めたもう一つの意味でもあります。言葉の役割は厳密に情報を伝えるばかりではありません。絵も幅広く感じ、考えられます。例えば「生命誌マンダラ」は、細胞が持つゲノムに、時間や階層性、普遍性や個別性を見て、自分の中でつくり上げた個体発生をめぐる物語を美しい形で表現したいと思い、マンダラ図に示したものです。その気持ちは伝わったみたいで多くの方が面白いと言ってくださいます。東寺のご住職にもマンダラとして認めていただいたんですよ。

永田

ここにある植物一つを、言葉でも絵でも決して〈全体として〉表現することはできません。必ず表現者の切り取りという作業を含まざるを得ない。そのうえでいかにアナログとして感じられる表現が可能か。サイエンスを我々が日常生活で触れているものとしていかに感じられるか。大変難しいところですがこれから考えていきたいと思います。最後に、中村先生から名誉館長としての抱負をお聞きかせください。

中村

名誉はちょっとこそばゆいですが、私はやっぱり生命誌からは離れられません。今日のお話にあるように、生命誌はまだこれから育っていかなくてはならない分野で、どう育っていくのか楽しみですし、私自身も毎日のベースは東京に移りますが、ホームページやこの季刊「生命誌」の紙面を借りて、生命誌についてまだまだ一緒に考え続けたいと思っています。お邪魔にならない程度に(笑)。

永田

中村先生のこれからの活動の中心は東京ですね。

中村

たまたま家が東京にあるから。自分で言うのも何ですが二十何年間も毎週よく通ったと思います。じっくり落ち着いて考えるには研究館のある高槻はいいところです。東京はごちゃごちゃしているけれど、生命誌の発信を広げたり人々が交流するにはメリットのある場所です。両方の長所を上手に組み合わせてこれからも東京係として生命誌を続けたいと思っています。部屋に絵巻や季刊「生命誌」、紙工作などを置き、生命誌研究館の活動を紹介したいと思っています。

永田

中村先生が直々に教えてくれるとは贅沢な話です。生命誌研究館の分室が東京にできるという雰囲気ですね。是非ともよろしくお願いします。

中村

こちらこそ引き続きよろしくお願いします。

写真:大西成明

対談を終えて

  • JT生命誌研究館館長 永田和宏

    早くからゲノムという概念に注目し、わが国でももっとも早くゲノムを標榜する研究館を立ち上げ、運営してこられたのが中村桂子館長である。ゲノム研究は、生命誌研究館における発生、進化、生態系という主要分野の骨組みになっただけでなく、その後、さまざまな〈オーム〉研究の先駆けとなったことは周知のことである。中村館長は、長くその先頭に立って活動してこられたが、対談を通して、その実績に裏打ちされた自信と、なおかつ今後にかける研究進展への意欲が強く感じられ、年齢を感じさせない若々しい精神に感動を覚えた。

  • JT生命誌研究館名誉館長 中村桂子

    30年間ほとんどの時間をそれと共に過したと言ってよい「生命誌研究館」をそっとお渡しする気持ちで臨み、大事なことは共有していると感じた。ゲノムを切り口に生きものを全体として捉える知を創ろうとしたのは、知の現状、とくに科学のありように疑問を持ったからである。それは、社会のありよう、人間の生き方への疑問につながっている。話し合いで、それを解く一つの鍵が「デジタル」の「アナログ」化であり、言葉を情報でなく物語りにすることと見えてきた。歌人である永田和宏新館長が生命誌を更に豊かなものにしてくださるに違いない。

永田和宏 (ながた・かずひろ)

1947年滋賀県生まれ。京都大学理学部物理学科卒業。細胞生物学者。京都大学名誉教授。京都産業大学タンパク質動態研究所所長を経て、2020年4月よりJT生命誌研究館館長。歌人として宮中歌会始詠進歌選者、朝日歌壇選者も務める。紫綬褒章、瑞宝中綬章受章。ハンス・ノイラート科学賞受賞。歌人として『近代秀歌』『歌に私は泣くだらう 妻・河野裕子 闘病の十年』『象徴のうた』、科学者として『タンパク質の一生』『生命の内と外』など著書多数。