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RESEARCH & PERSPECTIVE ゲノムの形と生きものの形
PERSPECTIVE

生きものを形づくるゲノム

JT生命誌研究館

表現を通して生きものを考えるセクター

1.DNAははたらく

私たちヒトを含む多細胞動物は、たった1つの受精卵から細胞分裂と分化を重ねて体を形づくり、個体として発生します。細胞の核にあるゲノムDNAは、細胞分裂のたびに丸ごと複製され細胞から細胞へと受け渡されます。ヒトの発生の過程では、皮膚細胞、神経細胞、血液細胞など約300種類もの細胞が生み出され、多様な役割を担う細胞同士がはたらき合ってヒトの個体は成り立っています。受精卵から引き継いだ同じゲノムをもつ細胞が異なる細胞へと分化するのは、それぞれの細胞の役割を表すタンパク質のはたらきであり、ゲノムの中には、いつ、どのタンパク質をつくるかを決めるしくみがあるのです。

ゲノムは物質としては細胞の中のDNAです。DNA(デオキシリボ核酸)は、糖・リン酸・塩基からなるヌクレオチドが連なった長いひも状の分子(高分子化合物)です。鎖の部分は糖・リン酸のくり返し、塩基にはA(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)の4種類があり、この並び順が情報になるのです。遺伝情報です。遺伝情報のうちタンパク質をつくるアミノ酸の並びを指定する塩基配列を遺伝子と呼びます。例えばヒトのゲノムの約31億の塩基配列を決めたところ、そのうち遺伝子の配列はわずか2%だとわかりました。遺伝子の数にするとすでにわかっていたショウジョウバエの遺伝子数のたかだか2倍で、半分以上の遺伝子が共通であることがわかりました。そこで残る98%の中にヒトらしい遺伝子のつかいかたの情報を探す研究が始まったのです。

遺伝子の発現は細胞の核内で始まります。遺伝子の始まりにあるプロモーターと呼ばれる配列から、酵素タンパク質により遺伝情報がDNAからmRNAへ転写され、さらにmRNAが核外に運ばれ、リボソームによってポリペプチド(アミノ酸の鎖)に翻訳され、これが折り畳まれて立体構造を持つタンパク質として働きます。DNA上にはプロモーターにはたらきかけて遺伝子の転写を促したり、抑制したりするエンハンサーなどの調節配列があり、転写因子であるタンパク質と相互作用することによって遺伝子の発現を調節します。

個体発生に関わる遺伝子は、発生の時期や形ができる過程で、いつ、どの転写因子に対応するかが異なる複数の調節配列をもちます。調節配列と転写因子の組み合わせによりさまざまな細胞がつくられ、限られた遺伝子から多様な形が生み出されるのです。遺伝子発現は、エンハンサーと転写因子の組み合わせを調べればわかるとして、これまでに多くの研究がなされました。その中でも、とくに発生の始まりである体の前後の頭尾軸に沿った体幹部の基本体制から、眼や脚などの局所に至るまでの形づくりに働く遺伝子発現を制御する「ツールキット遺伝子」が注目されてきました。エンハンサーに結合する転写因子のタンパク質をつくるホメオボックス遺伝子はこの代表例です。

DNAは安定で不動な分子と考えられているが、細胞の中のゲノムは細胞の状態や性質を表し、生き生きとはたらいている。

2.見えてきたゲノムの働く姿

多細胞動物の細胞は、核をもつ真核細胞であり、核の中にゲノムは数本の線状DNAに分かれて入っています。染色体です。染色体は細胞分裂の時には凝集し、2本に分かれる過程でX字型に観察されますが、普段は核内でほどけています。どの染色体にどの遺伝子があり、いくつ並んでいるかや混み合い具合は生きもので異なります。核内では、発現している遺伝子の多い染色体は比較的核の中央に、休止中の染色体は核膜の周辺にあり、それぞれの染色体が領域を保っています。染色体ごとの領域は、さらに転写活性の高い区画と不活性な区画が折り畳まれて入れ子状になっています。これは染色体の観察と転写活性部位をmRNA量から特定する実験から見えてきた像です。遺伝子はゲノム上にまばらにしかありませんが、ある細胞で必要なタンパク質をつくるときは、さかんに転写が行われる場所に集まってつくるのです。ほどけた染色体は、DNAがヒストンタンパク質に巻きついたヌクレオソームが、ループをつくって折り畳まれています。顕微鏡では規則正しく畳まれている姿が見えていましたが、生きた細胞の中では、遺伝子発現の状態を反映してエンハンサーと遺伝子の距離を調節しながら、柔軟に変化する構造であることがわかってきました。その基本となる構造がトポロジー連携ドメイン(Topological Associating Domain:TAD)です。TADは、DNAがループ状に折り畳まれた構造を指し、数珠つながりに並んでおり、転写が盛んなTADと休止中のTADは細胞の種類や置かれた環境によって変化します。おなじ状態のTADは近くに集まっており、転写が盛んな区画や休止中の区画が変化するのです。TAD単位ではたらくことでゲノム上では距離が遠い遺伝子や異なる染色体上にある遺伝子が一緒に発現することができます。では細胞はどのようにして、これを調節しているのでしょうか。最近、相分離という現象が注目されています。転写因子のタンパク質がもつ自由な構造をとる部分が集まると、まるでラーメンスープに浮いた油滴のように周囲から隔てられた場が形成され、転写活性の高い状態が保たれるというのです。核の中は、染色体ごとに領域化されながらも、その細胞特有の発現が起きる場が柔軟につくられ、そこではDNAが立体に折り畳まれて遺伝子が盛んに転写されている。これが今見えてきた新しいゲノムの姿です。体づくりに関わるホメオボックス遺伝子の発現もこのような視点で読み解けることがわかってきました。

遺伝子数が多い染色体は中央に、少ない染色体は端に寄る傾向がある。中央写真は、転写活性の高いスーパーエンハンサー(緑)を示し、核内のゲノムは盛んに転写される活性の高い区画と、転写が抑えられている区画に分かれる。(写真はDr.R Youngのご厚意による。青:DNA)。

3.多様な動物の体を形づくる共通のしくみ

私たちヒトは脊椎動物、昆虫は無脊椎動物で、化石の記録からさまざまな動物が一斉に多様化した5億7千万年前のカンブリア爆発の頃、その共通祖先である生きものから分かれてそれぞれ特徴的な体制もったと考えられています。脊椎動物は体の内側に骨をもつ内骨格、昆虫は体の外側に丈夫な殻をもつ外骨格と体の形づくりの基本は異なるものの、先端に頭をそして左右2つの眼をもち、胴体から左右対称に脚が生えるという大まかな特徴はどこか似ています。このように体の前後、腹背をもち左右対称の生きものを左右相称動物といい、この基本的な体づくりには共通の遺伝子がはたらいています。そこで注目するのがホメオボックス遺伝子(Hox遺伝子)です。

1915年、4枚の羽をもつショウジョウバエの突然変異体が見つかりました。昆虫の体は頭部・胸部・腹部から、胸部はさらに前・中・後からなり、羽は中胸に生えるので、中胸が重複した変異体、バイソラックス(bithorax:双胸)と名付けられ、エドワード・ルイスらが、この変異の原因となる遺伝子を探しました。そして、特徴的な60アミノ酸を指定するホメオボックスという配列をもつ遺伝子が並んだ遺伝子クラスターを発見しました。ホメオボックスをもつ遺伝子はDNAに結合して遺伝子の転写を制御する転写因子となり、発生における形づくりを担う遺伝子発現としてはたらきます。バイソラックスの遺伝子クラスターは本来腹の特徴をつくるはずが、変異体ではそれがはたらかず胸になったのです。

Hox遺伝子は、植物や菌類などでも発生に関わることが知られており、私たち脊椎動物も同じ由来の遺伝子をもっています。ショウジョウバエのゲノム上でHox遺伝子は3番染色体上にクラスターを形成していますが、脊椎動物では、このクラスターが4つあり、異なる4つの染色体上に位置しています。これは脊椎動物が無脊椎動物との共通祖先から分岐した後にゲノムが4倍化した歴史を物語るものです。哺乳類のHox遺伝子は染色体上に13個並び一つのクラスターを形成しています。これが個体発生で頭から尾へ体幹部の形づくりが進む際に、染色体上の配置に沿って1番から順に体の部位ごとの形成に働きます。1番から順に、胸では5番まで、腰では10番まで、尻尾では13番までがはたらきます。このようにゲノム上に位置する遺伝子の並びと遺伝子発現の順が一致する性質をコリニアリティ/共線性と呼びます。

Hox遺伝子の遺伝子の並び順と発現の位置の並びが一致するコリニアリティのしくみがゲノムの立体構造のオン/オフから見えてきた。

4.生きものの形を生み出すゲノムの構造

Hox遺伝子クラスターは、発生初期に体の前後軸に沿って胸、腰、尻尾の位置の形づくりに作用した後、哺乳類ではその後も手足や生殖器、腎臓、歯などさまざまな部位を形成する遺伝子の発現に関わることが知られています。4つのHoxクラスターは、それぞれHoxA、B、C、Dと呼ばれ、マウスの発生を調べた研究によると誕生に至るにはHoxAが必須ですが、手足の形成にはHoxAHoxDが関わり、体軸から手足作りへとどのように発現が移り変わるのかがよく調べられています。

Hoxクラスターの遺伝子発現に見られるコリニアリティは、遺伝子の調節を担うエンハンサーの選びかたで決まります。さまざまな場所で使い回される重要な遺伝子は、多くのエンハンサーをもっていることが知られています。Hoxクラスターでは、体軸の形成では、Hoxクラスターの遺伝子が並んでいる中にある配列が調節に関わり、その後、手足を作るときは、HoxAHoxDのクラスターの両側にある「遺伝子砂漠」という長大な遺伝子のない塩基配列にちらばるエンハンサーがつかわれます。「遺伝子砂漠」にあるエンハンサーはそれぞれ隣接するHox遺伝子の番号の小さい側と大きい側にはたらきかけます。離れた位置からこれを調節するのが先に述べたTADの構造です。Hox遺伝子が順々に活性化するのは、ひとつひとつが順番にオンオフするのではなく、若い側の遺伝子からオンなり、次々に追加されていくことで、その場所場所の組み合わせが順々に変わり、主役の遺伝子が変化するというしかけです。ループに折り畳まれて並んだ遺伝子が、順々に押し出され、活性化したTADに押し込まれて順番に活性化するのです。

マウス初期胚の前肢の発生のHoxDの発現をみると、まず将来手をつくる肢芽の細胞集団でHoxDの1番から13番までが、手の親指側から小指側へと順に発現します。この時、Hoxクラスターの小さい側のエンハンサーが活性化したTADとなり、DNA上の転写活性の高い位置が移動して、遺伝子の並びに沿った転写がおきます。発生が進み腕が伸長するに連れて、早い番号のHox遺伝子の発現は前腕側に移動し、手側では反対側にある大きい側のエンハンサーが10番以降のHox遺伝子の発現を活性化します。大きい側のTADが優勢になることで、手では小さい側の遺伝子は不活性なTADに押し込まれます。このようにHox遺伝子の発現が前腕側と手側で時とともに変化し、場所も動いて見えるのです。指の形成には大きな端にある13番が重要であることがわかっています。TAD内の活性から不活性への変化は、エピジェネティックとして知られるDNAやヒストンのメチル化などの作用も調べられています。ここまで見てきたように、TADと呼ばれるまとまり単位で調節されることで、Hox遺伝子クラスターはゲノム上に並んでいる順に発現します。そして遺伝子が発現する順に応じて頭から尾へ、あるいは前肢で見たように、その基部から先端へと体の形をつくっていきます。脊椎動物は、ゲノム重複でHox遺伝子クラスターが4倍に増えたことで、遺伝子の使い方の可能性が増えて機能の幅が広がりました。またショウジョウバエのHox遺伝子クラスターは全長が70万塩基ですが、哺乳類では10〜17万塩基と他と比べて短いことも特徴です。遺伝子間の余分な配列が少ないためで、これも多様な遺伝子の使い回しが生じる一つの要因だったかもしれません。

Hoxクラスターの両側の「遺伝子砂漠」にあるエンハンサーがそれぞれ遺伝子にはたらきかけ、手の形がつくられる。

5.Hox遺伝子が物語る生きものの歴史

Hoxクラスターを構成する遺伝子は、海綿を除くすべての多細胞動物に見られ、体の頭尾軸に対して左右対称な左右相称動物の体の形づくりの基本とも考えられています。脊椎動物から最初に分かれた脊索動物のナメクジウオのゲノムには完全な13個のHox遺伝子をもつクラスター1つあり、やはり体の前後軸に沿った発現を示します。無脊椎動物でも節足動物、軟体動物、腕足動物など左右相称動物のHoxクラスターに含まれる遺伝子は、数が異なってもいずれもナメクジウオのセットのいずれかと同じ由来をもつようです。そこからHoxクラスターの原型は、これらの中で重複して増えたと推定される6〜8番と9〜13番をまとめた7つの遺伝子ではないかと考えられています。面白いことにタコなどある種の生きものはHox遺伝子がクラスターをつくらずゲノム中にバラバラにもっています。タコゲノム解読では、このことからタコという生きものの特殊性が際立ちました。ホヤの仲間もクラスターをもちません。左右相称のオタマジャクシ幼生として浮遊生活の後に固着生活する成体に成長するという独特な生き方がゲノムにも表れているようです。無脊椎動物でも巻貝の殻形成など前後軸以外の使い回しの例も指摘されています。左右相称動物より起源の古い動物にはHoxクラスターはないと考えられていましたが、刺胞動物のサンゴやイソギンチャクに見つかり、頭腹尾に当たるHox遺伝子が消化管の前後を決めることがわかりました。左右相称ではない刺胞動物の口から消化管と左右相称動物の頭尾に共通性がある可能性を示すと考えられています。

生きものは歴史と偶然の結果として、多様な生き方とそれに相応しい姿形をもって生きています。それはゲノムがそれぞれの生きものとそれを形づくる細胞の中で周囲の状況と関わりながら柔軟にはたらくからと言えます。Hox遺伝子クラスターが動物の体づくりの基本を担うことは、ゲノムが祖先から受け継がれ、それをうまく使いまわして今ある生きものがいることをよく表しています。一方で、遺伝子のない「遺伝子砂漠」のような配列が、核のなかで立体的な構造をつくり、発生の過程で遺伝子のはたらきを調節する様子は、ゲノムの多様性の表れと言えるでしょう。祖先から受け継いだ遺伝子は、環境の変化に適応する過程で不要になり機能を失っていることも新しい役割を担うようになることもあり、そのような軌跡が今生きている生きものがもつゲノムの中に受け継がれています。ゲノムの働きにはまだわからないところがたくさんあります。そこも含めて私たちはゲノムのはたらきに支えられて生きています。今回、見てきた生きものの生き方を支えるゲノムがダイナミックに働く姿を通して、これからの生命誌にとっての「問い」を改めて考えたいと思います。

Hoxクラスターの遺伝子群は多細胞動物の共通祖先から受け継がれ、動物のかたちの多様性を根幹で支えていると考えられる。

参考文献

Nature, 524,220–224(2015)

Int. J. Dev. Biol. 62,673-683(2018)

Genes & Dev. 31,1406-1416(2017)

Science 361, eaar2555(2018)

eLife 3, e02557(2014)

Science 334, 222-225(2011)

Science 340, 1181-1182(2013)

Curr Biol 28, R1303-R1305(2018)

Science 365 eaaw9498(2019)

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