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RESEARCH & PERSPECTIVE ゲノムの形と生きものの形
RESEARCH 1

ヒレから指へ、上陸の進化史を探る

中村哲也

ラトガース・ニュージャージー州立大学

四足動物の指と魚のヒレとは形や骨の数・組成が大きく異なることから、これまで指は “上陸の過程”で獲得された形質だと考えられてきた。しかし近年、四足動物の指の発生を制御するHox13遺伝子が魚類のヒレの発生過程でも発現していることが判明し、また、ヒレの中に指のような構造をもつ水棲の魚の化石が発見されたことから、「魚の“指”」に注目が集まっている。魚のヒレとHox13 遺伝子に注目し、指の進化史を探った。

1.ヒレの進化のルール

動物の形の進化は面白い。進化の過程で姿かたちは多様になってきたが、その中にも普遍的なルールがある。僕ら人間も、何らかのルールに従って進化した結果こんな形になったようだ。水族館にいくと、さまざまな姿かたちの魚がいる。ヒレの形も小さいものから大きいもの、さらには飾りのようなものまで色んな形がある。例えば、ホウボウの仲間は、捕食者を驚かせて逃げるため体よりも大きなヒレをもつ。また、熱帯魚として人気のチャイナバタフライプレコのもつ極端に大きなヒレは、川の底の石に張り付いて流されないようにするためである。このような色々なヒレを眺めていると、「何だヒレの形は自由自在に進化できるのか」と思うかもしれない。しかし、硬骨魚類に属する魚の進化にはヒレの大きさと骨の形の関係にとても面白いルールがある(図1)。

硬骨魚類のヒレの構造は一般的に、種類の違う2つの軟骨性骨と皮骨という骨から構成される。根元は将来硬骨へと置き換わる軟骨性骨で構成され、外から見えるヒラヒラとしたヒレの大部分は鰭条と呼ばれ、皮骨で構成されている。また、ヒレがどれだけ大きくなっても一部の例外を除いて根元の大きな軟骨性骨の数は4個以上になることはない。ヒレが厚くなっても背腹方向に(3次元的に)軟骨性骨が積み重なることはないし、いくら先端方向に長くなっても、鰭条が長くなるだけで先端側に向かって軟骨性骨の数が増えることもない(図1)。このルールは硬骨魚類に属する魚のヒレの暗黙のルールであり、驚くことに現在2万5千種類ほどいる硬骨魚類の魚は見事にこのルールに従って進化している。ところが、約4億年近く前に硬骨魚類の中からこのルールを破る一群が現れた。

ゼブラフィッシュ:"Zebrafish (Danio rerio)" by tohru.murakami is licensed under CC BY-NC 2.0 チャイナバタフライプレコ:"File:Beaufortia kweichowensis by DaijuAzuma.jpg" by Daiju Azuma at http://opencage.info/pics/ is licensed under CC BY 2.5 ホウボウ:"Show off! Eastern spiny gurnard - Lepidotrigla pleuracanthica #marineexplorer" by Marine Explorer is licensed under CC BY-NC-SA 2.0

(図1)硬骨魚類のヒレの多様性と骨の構造

硬骨魚類のヒレのかたちやその役割はさまざまであるが、全て軟骨性骨と鰭条(皮骨)で構成されており、ヒレの根元の大きな軟骨性骨の数は一部の例外を除き4個以上になることはない()。

2.ヒレから手足に

デボン紀(約4億1600万年前―3億5900万年前)には、水中に住む脊椎動物である魚の中から陸上へと進出するものが現れた。彼らは陸上生活に適応するにつれて、体のさまざまな器官、例えば頭蓋骨、感覚器官などの形を変え、四足動物へと進化した。その中でも陸上で繁栄するために欠かせなかったものが手足である。水の浮力がはたらかない陸上では、手足は体の全体重を支え、また歩行に適した形でなければならない。陸上へと進出を始めた硬骨魚類の一群であるティクターリクやアカントステガなどの化石からは、鰭条がだんだんとなくなり、その代わりに軟骨性骨の数がヒレの先端側に増えることで、四足動物の手足がつくられてきたことが示されている(図2)。では魚は将来、手足に進化する構造を既にもっていたのだろうか。しかし、ヒトとティクターリク、硬骨魚類の手とヒレの骨格を単純に比較すると、魚のヒレにはティクターリクのような手指に似た器官は見当たらない。これより指は進化的に新しく獲得された器官であり、魚は手指に相同する構造をもっていないというのが従来の説であった。

(図2)上陸と手指の獲得

陸上へと進出した硬骨魚類の一群であるティクターリクやアカントステガなどの化石の比較研究から、指は進化的に新しく獲得された物であり、魚は指に相同する構造を持っていないというのが従来の説であった。

しかし近年、エルピストステゲという新しい動物の全身骨格の化石が発見された(図3)。尾びれの形からみてこの動物は水中で生活していたと考えられるが、驚くことにエルピストステゲは手指に似た構造をそのヒレの中にすでにもっていたのだ。どうやら、脊椎動物がまだ水の中にいる時から手指の進化は始まっていたらしい。

(図3)ヒレから手への進化

エルピストステゲ の化石は、ヒレの中に指に似た構造をすでに持っていることを示していた。骨の相同部位の色は、Cloutier et al., Nature, 2020に基づく。

3.手指の起源 - 魚は“指”をもっているのか?

では、遺伝子の発現からこの問題を考えてみるとどうだろう。ここで重要となるのが、発生の過程で体づくりを制御するホメオボックス転写因子-Hox遺伝子群である。Hox遺伝子群のなかでも特にHoxa13Hoxd13という二つの遺伝子が四足動物の手指になる領域で発現する。これらHoxa13Hoxd13遺伝子を欠損したマウスにおいては手指が消失することから、Hox13遺伝子の機能は手指を形成するのに必要であることがよく知られている(図4A)。そして興味深いことに、魚のヒレでも、将来軟骨性骨になる部分の先端でHox13遺伝子が発現している(図4B)。さらに、近年、マウスのHox13の遺伝子発現を手指で制御するエンハンサー配列が、魚のゲノムの中にもあることが見つかった。これらを含む複数の状況証拠が “魚が手指に進化する領域を持っていたのではないか”の大論争を引き起こしていたが本当のところは不明であった。この論争に決着をつけるには何か決定的な証拠を見つける必要がある。

(図4)Hox13遺伝子の遺伝子制御領域、発現パターン

A: Hox13は四足動物の手指の形成に必要である
B: 魚のヒレ原基においてHox13遺伝子が発現している

4.手指の起源を突き止めよう

ヒレと手指の起源を魚で同定するにあたり、できる限り単純明解な実験が必要である。Hox13遺伝子を発現する細胞群がヒレの中のどの組織になり、またHox13遺伝子がはたらかないとどの組織が影響を受けるのか。これをマウスと比較することで、魚の“指”領域がどこなのかを調べることができると考えた。当時研究員であった私は研究室のボスとこの実験の準備をしながら、「四足動物の指が軟骨性骨で構成されているのだから、おそらく魚のヒレの根元にある軟骨性骨の先端に位置する小さな骨が手指の相同部位だろう」と予想を立てた。

そこでHoxa13を発現する細胞群が蛍光標識されるトランスジェニックフィッシュを作成し、細胞の移動を追跡した。蛍光標識された細胞群は、最初はヒレの根元の軟骨性骨の先端で、ヒレの発生が進むにつれて鰭条で観察されるようになった(図5)。一体、私たちが見ている現象は何を意味しているのだろう?ヒレの根元の軟骨性骨は四足動物の手指と相同な器官ではないのだろうか。この実験結果をどのように解釈したらよいのか、頭の中は“?”でいっぱいになった。

(図5)Hox13発現細胞群の追跡実験の結果

軟骨性骨の先端でとどまると予想していたHox13発現細胞群は、鰭条を形成していた。四足動物の指と同様に鰭条の発生にもHox13が関わることが明らかとなった。

では、Hox13遺伝子をはたらかなくしたノックアウトゼブラフィッシュのヒレはどうなるのだろう。ゼブラフィッシュのゲノムには、遺伝子重複によって獲得した3つのHox13遺伝子があるので、これらを同時にノックアウトした魚を作成する必要があった。そして2ヶ月後、水槽を泳ぐゼフラフィッシュの群れの中に、なんと胸ビレが完全になくなった個体が泳いでいたのである(図6)。頭の中に満ちていたたくさんの“?”が新しいアイデアへと形をかえた瞬間であった。魚のヒレの鰭条と四足動物の手指は同じHox13を発現する細胞群からつくられており、Hox13の機能はどちらの発生にも中心的な役割を果たしていたのである。この魚に気づいたのは12月31日の夕方。興奮覚めやらぬ私はその夜、家族団欒中であろうボスと同僚宛におかまいなしに写真付きのメールを送った。写真を見て同様に大興奮した彼らと、Happy New Yearも忘れて新たな研究の展開と夢を語り明かしたのは今でも最良の思い出である。

その後、じっくりと時間をかけてHox13遺伝子ノックアウトの魚のヒレをCTスキャンで詳細に解析するとさらに面白いことがわかってきた。ヒレの鰭条が失われるとともに、軟骨性骨がヒレ側に増えていたのである(図6)。最初に述べたとおり、これは硬骨魚類に属する魚では基本的には見られない現象であり、ヒレから手指を進化させたグループだけで起きたことである。

(図6)Hox13遺伝子ノックアウトの結果

鰭条の欠失と引き換えに軟骨性骨の数の増加が見られた(図は重複したHoxa13遺伝子のダブルノックアウト)。鰭条になるはずの細胞が軟骨性骨になったと考えられ、これまで別の組織とされてきた2つの骨の由来が同じである可能性が示された。

現在、魚のヒレの軟骨性骨と鰭条の形成のメカニズムにはまだまだ不明な点が多い。しかし、私達の実験結果からは、Hox13遺伝子のノックアウトによって鰭条になるはずであった細胞が軟骨性骨を増やしたと考えられる。つまりこれまで別の組織とされてきた軟骨性骨と鰭条を形成する骨(皮骨)の由来は一つであり、Hox13は魚では鰭条をつくり、マウスでは指をつくるが、その移行の過程では、鰭条と軟骨性骨の細胞のどちらに分化するかのバランスを変えるできごとがあったのではないだろうか。これが手指の進化史を解く鍵なのである(図7)。

(図7)ヒレから手指への進化の仮説

Hox13が軟骨性骨と鰭条(皮骨)のへ分化を制御することが魚のヒレから手指への進化史を解く鍵であることを見出した。

5.新たな謎

昔、水中に住んでいた脊椎動物の祖先種のヒレの鰭条から、マウスの手指に至る進化はどのような過程だったのだろう?この問いに答えるには、まだいくつかの実験が必要なようである。例えば、ヒレにある細胞が、軟骨性骨と鰭条(皮骨)のどちらに分化するかをどのように制御しているのであろうか。その細胞の分化を人工的に制御できれば、軟骨性骨と鰭条のバランスを変化させることができるのだろうか。進化の過程Hox13が制御する遺伝子群が変わり、ヒレが手足になり、私たちの指の領域が獲得されたのだろうか(図7:仮説)。現代の分子生物学やゲノム科学の進歩には目ざましいものがある。さまざまな技術を用いて一つずつ疑問を解いていくことで、ヒレから手足への進化史が明らかになるのではないかと考えている。

6.コラム - 海外に出てきませんか

私は日本の大学院を卒業した後、しばらくは同じ研究室で研究を続けさせてもらっていたが、魚の進化発生のメカニズムを研究するために、アメリカをホームグラウンドとして研究することに決めた。当時のポジションを退職してアメリカでまたポスドクになるには少々勇気がいったが、その後色々なラッキーに恵まれてアメリカで独立することができた。アメリカには、魚の進化・発生研究の大きなネットワークがあり、研究を進めるには申し分のない環境である。今後はアメリカの豊かな自然から手に入るリソース(自分で釣った魚を含む)と環境を存分に生かして、魚の進化メカニズムを明らかにしていきたい。アメリカでは他の国と比べて研究競争(研究費獲得と論文発表)が非常に激しく、ラボを運営して研究者として生き残るのは中々大変である。しかし、独立して比較的若い間に優秀な研究者に囲まれて切磋琢磨するのは、かけがえのない経験である。またアメリカの大学が、手間暇をかけて多くの候補者の中から選んだ新しいPIをとことん研究に集中させ、成功させようとしてくれるところは本当に素晴らしいの一言に尽きる。日本も海外もどちらのシステムにも長所短所があり一概にどちらが良いかを決めることはできないし、国によって好まれる研究の攻め方も違う。ただ、今大学院やポスドク先を探していて、これから先何十年か研究を続けるのであれば、せめて数年間は海外での研究文化を体験して、視野とネットワークを広げた上で自分の立ち位置を決めるのは非常に重要であると思う。

中村哲也(なかむら・てつや)

2007年大阪大学生命機能研究科博士課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員(DC2, PD)、大阪大学助教の後に渡米。日本学術振興会海外特別研究員(シカゴ大学)、上原財団フェロー(シカゴ大学)、Whitman Center Fellowship (Marine Biological Laboratory)などのサポートを受け、2018年よりRutgers, The State University of New JerseyでPIとしてラボを運営(http://nakamuralab.com)。 ポスドク研究員、学生を随時募集中。海外留学で悩んでいる方もぜひご連絡ください。

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