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SPECIAL STORY

JT生命誌研究館創立30周年の集い
科学の未来と生命誌 
生命誌版『ピーターと狼』と共に歩んだ30年

中村 桂子 JT生命誌研究館名誉館長

 

はじまりは3人との出会いから

JT生命誌研究館の30周年の催しに、こんなに大勢の方にお越しいただいて、本当にありがとうございます。30年を30分でお話ししなければなりませんので、時間がなかなか足りません。お礼は一言の中に思いを込めて、話を始めさせていただきます。

私は物事が可能になるには人との出会いが大事だと思っています。JT生命誌研究館は、これからお話する3人との出会いから始まりました。一人目は渡辺格先生で、お会いしたのは1960年代、分子生物学、DNA研究の日本のパイオニアでいらっしゃいました。大腸菌しか扱えなかった当時に渡辺先生は「ただメカニズムを知るだけじゃないよ。ここから生命とは何か、人間とは何かというところまでつながり、精神まで考える学問なんだよ」とおっしゃっていました。

70年代に入って、もう一人の恩師である江上不二夫先生は、まさにそれを具体的にする生命科学研究所をつくられました。江上先生は生命の起源が大好きで、多分、日本の中で生命の起源の実験を初めてなさった方だと思います。「遺伝学、細胞生物学、発生学、脳研究、生物地球化学、全部含めて“生命科学”を始めよう。これからの生物学は生命とは何か、人間とは何か、それをもとにして科学技術をどう進めるか、ということまで考えなくてはいけないね」とおっしゃいました。

そして3人目は下河辺淳さん。科学者ではなく、国土庁で日本の国づくりをなさった方です。日本の国づくりに携わる中で科学が大事だと考えるようになり、筑波学園都市をおつくりになりました。そのとき私に、「これをつくるに当たっては科学技術と人間ということをしっかり考えたい。“科学は大事だけど、そこにはいろんな問題があるからそれを考える”ということではなくて、“本当に、科学と人間の関係がどうあるべきか”を考えてほしいんだ」と言われました。

この3人に、「生きものとしての人間を知り、それを基本に人間の生き方、社会のあり方を考えなさい」と言われたのだと思っています。人間の生き方を考えるのは哲学がやってきたことですけれども、「生命科学で生命現象をしっかり捉えた上で、生きものとしての人間を考えるところから始めよう」ということです。その重要性はよく分かります。でも具体的な方法論を見つけなければなりません。科学を踏まえながら「生きるとは」という問いを考えるのです。何をどこからはじめたら良いかとさまざまなことを考え、しかし悩んでいましたが、タイミングとはあるもので、その頃にヒトゲノムプロジェクトが始まりました。

当時、生命科学の主流はがん研究でした。がん研究は、がんの原因となる遺伝子を見つける。膵臓がんの遺伝子、大腸がんの遺伝子、と、個々の関連遺伝子を見つけていっても、なかなかがんという病気の全体像は分からない。結局、遺伝子はネットワークで働いているから、すべての遺伝子が分からなければ駄目だとなりました。そこでゲノムという捉え方で、ヒトが持っているすべての遺伝子を解析してしまおうというプロジェクトが始まったのです。ここで私はゲノムという言葉に反応しました。DNAを遺伝子でなくゲノムとして捉えると「これまでと別の見方ができる」と思ったのです。ゲノムはDNAという分子です。ゲノムが入った細胞が、生きものの基本です。 “私のゲノム”というように個体も考えられます。ヒトゲノムとして生きものとしてのヒト、つまり人類を考えられます。ゲノムはDNAという具体的存在でありながら、生きものが持つ階層性の問題を解決する手段となるのです。ゲノムとは“お団子の串”として階層性を貫きます。生きものを考えるお団子の串。こんなものはこれまでどこにもありません。しかも、ゲノムは全体でありながらすべて解析できます。私のゲノムを解析して、そこに見つからないものはないと言えるのです。これはすごい。他にこのようなものはありません。これを持てば、生命科学の研究から、人間の本質に迫ることができる。ゲノムですべてが分かるというものではありませんが、これを切り口にすれば新しい「知」が創れると思いました。
 

そこで考えたのが「生命誌絵巻」です。生きものって本当に多様ですね。でもすべての生きものが、40億年ほど前に生まれた祖先細胞から生まれた。生きもののゲノムの中には、その生きものの歴史が丸ごと入っている。ゲノムを調べるとその生きものの基本が見えてくるし、ゲノムを比べれば生きものたちの関係が見えてくる。そして大事なことは、私たち人間がほかの生きものたちと同じように、この絵の中にいるということです。「生きもののつながりの中にいる人間」を考えていこう。哲学を否定するわけではありませんが、人文科学では、人間は生きもののいる扇の外側、上にいると考えています。更に問題なのは現代社会を支える科学技術文明は、人間は外から自然を操作するものとしています。だから“人間と自然”として対立させるのですが、人間は自然の中にいるのです。扇の外側から見ると自然に対して上から目線になりますが、同じ扇の中にいて、自然に対して、中から目線で考えるのが生きものである人間の生き方だ。この考えを具体化する場をつくりたいと思いました。新しい「知」は生命誌(Biohistory)、それを創りあげていく場は研究館(Research Hall)です。そんなとんでもない考えをJTがサポートしてくださり、1991年に準備室をつくり、1993年にJT生命誌研究館が誕生しました。

願ってもない心強い同志とのスタート



ここでは他にはない階層性を貫くお団子の串であるゲノムの存在が重要であり、生きているということを生命科学として研究していかなければなりません。ここでまた人との出会いがあります。生命誌研究館を実現させるには、館長は岡田節人先生になっていただくしかないと思いました。でも岡田節人先生は、そのとき自然科学研究機構長。この分野のトップにいらっしゃる方が、こんなとんでもないことをやってくださるかどうか。でも奇跡は起こるもので「いいよ」と即答してくださいました。そのときお付けになった条件がたった一つ。大澤省三先生と3人でやること。私にとっては願ってもないことです。そこから3人で、科学は文化であり、芸術と共に歩むことを意識しながら、人間を考える場をつくっていくことを考えました。抽象的に考えるのではなく具体的に生きものを調べ、そこから学ぶことを基本に置くという考え方はありましたが、実際に何を調べたらよいか。マウスやショウジョウバエなど実験室にいる生きものではなく、自然界にいる小さな生きもの。そこでプラナリア、ナナフシなど面白い現象のわかっている生きものをと考え、いろいろな研究室を訪れました。チョウははずせません。この時が一番楽しかったと今思い出します。


そんな折に『オサムシを分ける錠と鍵』という本が出版されました。石川良輔先生が生殖器を使ってオサムシという虫の分類をなさった集大成です。表紙に、見事なオサムシの絵がある。サイエンティフィックイラストレーションです。当時の日本ではサイエンティフィックイラストレーションへの関心がありませんでした。アメリカのスミソニアン博物館で勉強された木村政司さんの作品です。これでオサムシをとりあげることになりました。



日本のオサムシに注目して、ミトコンドリアDNAの解析から系統樹を描きました。こうして分類された、オサムシの仲間マイマイカブリのそれぞれがどこに暮らしてるかをみました。すると、日本列島の各地域ごとに、オサムシがきれいに分布しました。オサムシには翅がなく、地面を移動するだけですからこのような分布は納得できます。でも、各地域の境界のもつ意味はわかりません。すると、神戸大学にいらっしゃった地質学の乙藤洋一郎先生が「これ、日本列島形成の歴史を語ってますよ」とおっしゃったのです。オサムシはヒマラヤのあたりで生まれて、アジア大陸を歩いていた。2200万年ぐらい前に大陸の端にきたら、日本列島が大陸から離れたわけです。その上に乗っていたオサムシ。その後、日本列島は八つに分かれたり集まったりして、現在のかたちになりました。オサムシの系統樹と、日本列島の形が重なるのです。みんなで、そんなことあるの? とびっくりして。よく考えてみたらオサムシは地面の上に乗っているのですから当たり前。生物学者は虫しか見ない、地質学者は地面しか見ない。そうではなくて私たちは自然を見よう。ここで私たちは学問と学問の間に壁はない、みんなで一緒に自然を見ようということになりました。学際といって学問を融合しようという動きがありますが、そうではないのです。このような形で学問の壁がとれていくのです。生命誌はそのような知であることを具体的に示すことができました。



最近では、日本人がどこから来たのかというような歴史をDNAで調べています。人類の移動の軌跡をDNAで詳しく調べられるようになりました。私たちとしてはそういう研究の先駆けになれたかなと自負しています。研究対象となるオサムシは外に出て採取しなければなりません。そのサンプルを集めてくださったのはアマチュアの方たちです。幸いオサムシには愛好家がたくさんいました。ここで、研究者とアマチュアの壁が取れました。壁はなく、みんなで研究の進捗を共有できるように「BRHおさむしニュースレター」を作りました。仲間を更に増やそうと絵本も作りました。エンデバーで宇宙へ行く毛利衛さんが「お友だちの宝物を持っていけるので、中村さん、何か宝物ない?」と言ってくださいました。研究仲間のアマチュアの方が新種を見つけ、大澤先生に敬意を表して、名前を付けたオサムシCarabus(Shenocoptolabrus)osawaiがいましたのでそれを毛利さんに預けました。地面をはって私たちにいろいろなことを教えてくれたオサムシ君、宇宙へ行って地球をよく見ておいでと送り出しました。このオサムシは宇宙を回ってきたというNASAの証明書と一緒に、研究館にありますので、ぜひ見てください。


ある時和田誠さんが、「僕は科学にこれっぽっちだって関心を持ったことがない、今も関心なんかない。でも、中村さんの生命誌の話はすごく面白いんだよ」とおっしゃってくださいました。そこで月に1回、和田誠さんに生命誌のお話をし、『生きものが見る私たち』という楽しい本にまとめました。そこで10周年に和田さんに生命誌絵巻をお願いしました。初めの「生命誌絵巻」は生きものだけを描いているのですが、オサムシが教えてくれたので、地球の変化と生きものとの関係も入れた、「新・生命誌絵巻」です。ブルーの筋は多くの生きものが絶滅した時期を示しています。

すべての人にひらかれた科学のコンサートホールとして

生命誌研究館は、あらゆる人に開かれた場として創られてきました。もちろん今もそれが基本です。あらゆる人と共に考えることによって新しい知をつくっていく場が生命誌研究館ですので、これからもぜひみなさまにご一緒に考えていただきたいと思ってます。作家の高村薫さんが研究館を愛してくださり、「生命誌研究館を訪ねるたびに、これと似た空間は世界のどこを探してもないと感じる。生命科学が「生命誌」へと進化して身近ないのちと一気につながったように、研究館ではその最先端の研究と、私たちの驚きや感動がつながり、ともに38億年の時間に連なっている実感へと誘われる。日々、生命誌を編み続ける研究者たちと、それを訪ねて集う大人や子どもたちの穏やかに満たされた笑顔と、小さな生きものたちの輝きに出会う幸福な2時間である」と言ってくださいました。また、画家の堀文子さんも生命誌研究館を大好きで、「知識や機械に頼り、自分の目で見、手足で体験することを忘れた人間、草木や虫、獣と同じ命の中で生かされていることを忘れ、思い上がった人間に、生命誌研究館は私たちが何億年もかけて地球が作り上げた生きものの一つであることを気付かせてくれる貴重な館です。ここはおごり高ぶった人間たちが目を覚ますために一度は訪ねなければならない魔法の館です」と言ってくださいました。こういう言葉を大事にして私たちは研究館の活動を続けています。生きているとはという問いを、このように考えていくのが生命誌研究館。研究では論文を書きます。論文は楽譜と同じです。ですから、演奏しなければなりません。音楽を演奏せず、楽譜だけを置いておいたら普通の人はわかりません。研究も同じです。だから私たちは、いつも演奏しようと。科学のコンサートホールです。大学ですと、研究を「広報する」とおっしゃる。広報ではありません。私たちのわかったことを表現して、それをみなさんと共有する。音楽のホールで、広報とか教育とか言いません。音楽を共有して楽しむ。科学を演奏しますので、共有してください。みんなで一緒に考えましょう楽しみましょうと。生命誌研究館には5つの部屋があるんですが、4つが実験室で、もう1つは表現を考える研究室です。実際には季刊誌とかホームページなどを作り、お伝えしています。研究館にお越しいただいて展示をご覧になるなど、ぜひ生命誌研究館の活動に参加して、新しい知を創るために一緒に考えていただきたいのです。

生命誌のコンセプトを表現するものを、もう一つお示しします。生命誌マンダラです。中心に描いてあるのは受精卵です。私たちは受精卵から始まりさまざまな臓器が生まれ個体が生まれ、個体同士がつながり合って生態系がある。全てが受精卵から始まって、そこから生まれた生きものの世界を表現したのが「生命誌マンダラ」です。マンダラは、中心に大日如来様がいらっしゃって、大日如来様が、さまざまな仏様の姿としてさまざまな世界にあらわれる様子を描いている。受精卵がまさに大日如来様で、そこにいろいろな可能性が詰まっており、それがさまざまな形で表現されて、生きものの世界ができるという世界観の表現として「生命誌マンダラ」を描きました。「生命誌絵巻」、「新・生命誌絵巻」、「生命誌マンダラ」。この3つは生命誌研究館の入り口の壁に展示しています。私たちはそれを見ながら、非常に多様だけれども共通性がある生きものたちの、40億年という長い長い歴史を考える。ゲノムは面白いもので、全体を示しながらすべてを分析できるのです。全体を示しながら全部分析可能というものは、ほかにはありません。私たちは分析可能であり、かつ全体を考えられるゲノムを切り口にして、生きもの全体を考えています。そこには地球の歴史や成り立ちも関わってくる。「生命誌絵巻」、「新・生命誌絵巻」、「生命誌マンダラ」の3つの表現は、私たちが生命誌を考えるときの基本になっています。ここでもう一度、生命誌研究館とは何かを示す図を見てください。この中に私たちの思いと具体的な活動の全てが入っています。



今、申し上げたのは、この真ん中の活動です。さらにお話ししなければならないのが、この左側と右側。私たちは社会の中にいるわけですから、私たちが面白いねと言ってるだけではいけない。ほかとつながらなければいけません。研究者社会につながって、新しい学問、新しい考え方を一緒につくっていくことを楽しみたい。もう一つは、社会全体とつながって、人間が生きものであるということを大事にする、そういう社会にするために大事なこと、必要なことを、発信していってみんなと一緒に考える。その二つが研究館の大事な活動です。

一つの例をお話しします。宇宙論で世界的な学者でいらっしゃる佐藤勝彦さんが、初代館長の岡田先生と同じ自然科学研究機構の機構長になられたときに、アストロバイオロジーセンターをつくられました。宇宙生物学でしょうか。地球だけでなく、宇宙のほかの星にも生きものがいるかもしれない。そこにはどんな生きものがいるんだろうということを調べようという、全く新しい学問です。このセンターをつくる準備のとき、私も一緒に考えるお手伝いをしました。「僕がこのセンターを考えたのは、生命誌研究館のサロンがあったからだ」と、生命誌研究館のサロンでこういうことを考えたんだと言われました。そのようなかたちで、新しい学問につながっていく芽を生命誌研究館は生み出せるのです。楽しいことです。これからも、どんどんやっていきたいと思っています。

図の右側については、さまざまな活動がありお話ししきれません。「生きるってどういうことだろう?」と考えることを大事に思っている方、特に「生命誌絵巻が自分の気持ちと重なる」とおっしゃる方がとても大勢いてくださいます。学校関係の方、地域で活躍してる方、いろんな方が一緒に考えてくださいます。今、私が楽しく関わっているのが土木です。土木って、コンクリートやガラスではなくて土と木とあるではありませんか。村や町は生きものとして生きる基本の場ですよね、と申し上げたら、生きものとしての土木を考えましょうというお仲間ができました。今、一緒に考え、行動を後援するのを楽しんでいます。小さな力ですが、いろいろな広がりが出てきています。一例として、長い間やっているのが子どもたちの農業です。福島県喜多方市、それから北海道美唄市での活動です。この二つの市には小学校農業科があります。時間割の中に農業を入れている。だから、子どもたちがずっと農業のことを考えてくれている。その農業を、「あなたが生きものであること」を学ぶ農業ということにして、みなさんと一緒にやっています。こんな活動が、少しずつ日本中の小学校に広がっていくことを願っています。私は農業は知りませんから、採れたてのトウモロコシを生で食べるとこんなにおいしいものか!というようなことを生まれて初めて味わったりして楽しんでいます。子どもたちと生命誌絵巻で語り合います。そうすると子どもたちは、「つながりの中に自分がいる」ということに気づいて感想を書いてくれる。人とつながっているんだよね、生きものとつながっているんだよねって、自分たちから言ってくれます。

30周年に提案する二つのこと

こんな活動がさまざまなかたちであるのが生命誌研究館。全ての人に開かれているところです。今日までに、生命誌研究館でやってきたことをここでお話ししました。では、これから二つのことを生命誌研究館の提案として聞いてください。

今最も大事なのは世界観、「生命誌的世界観」です。古代から中世、私たちは生きものとして、生命論で生きてきた。これは尊敬する哲学者、大森荘蔵先生が教えてくださったことです。その時代は「略画」を描いて生きていたのだと。時間や多様性を生かして、それぞれの地域にあった生き方をするということがあったわけです。ところが、近代になり科学が生まれました。そうしますと、「密画」が描けます。密画は物理学でしたら素粒子、生命科学でもDNA、RNA、タンパク質などの分子で解明します。密画で描くことは重要ですが、そこから機械論的世界観が生まれ、効率よく、一律の進歩を求める社会につながりました。21世紀は、みんなで一緒に考えて、略画と密画を重ね描きしていきましょうという提案をしたいのです。重ね描きは大森荘蔵先生の言葉です。科学を否定するのではありません。けれども、密画だけでやっていくとどうも怪しくなっていく。生きものらしくなくなっていく。だから密画と略画を重ね描きして、時間を大事に、多様性を大事にし、進化する社会をつくれば、生きものである人間が暮らしやすくなると思うのです。このような世界観が、30年の生命誌研究の活動から生まれましたのでこれを提案していきます。

もう一つ、今の社会は「個」を大事にします。もちろん個は大事、「私」は大事です。でも、私、私と言い過ぎるために私探しをして、自分がわからなくなり、つらくなる人がいます。生命誌では常に私たちの中にいるという事実に注目します。私たちの中の私というと、家族の中、学校のお友達の中、と身近なところから始めるのが通常です。生命誌での「私たちの中の私」は、まず「私たち生きものの中の私」から始めます。生命誌絵巻を思い描いてください。生きものたちの中にいる人類は1種、ホモサピエンスだけで、アフリカで生まれ地球のあらゆる場所に広がっていきました。ロシアもアメリカも中国も日本も、みんなアフリカから出た人たちが住んでいるのです。長い歴史を共有する仲間がなぜ戦争などしなければならないのか。そういうことが見えてくると思います。その中の日本人としてどう生きるか、同じ地域で暮らす仲間とどう生きるか、家族としてどう生きるか。私たち生きものから始めると地球のことが考えられます。佐藤勝彦さんのお話のように宇宙まで広がる。「私たち生きものの中の私」を考えましょう。

略画と密画を重ね描きして、私たちが生きものであるということを基本に置く世界観を持ち、「私たち生きものの中の私」という意識で暮らすこと。そうしますと、心が広くなり気が楽になります。つらい気持ちは消え、おおらかになる。これまで多くの方がこのような気持ちになったと言ってくださいました。これをみんなで考えていくことで、生きものとして生きる暮らしやすい社会ができると思っています。研究館の活動を示した図の右側の部分をこのような形で進めていくのがこれからです。食べもの、健康、住居、教育など、考えることはたくさんあります。どれもこの考え方で進めることで地球での暮らし方が見えてくると思います。



30年を30分。かけ足でお話ししてきました「生命誌研究館」の活動は、「人間は生きもの」というあたりまえのことを科学が明らかにした事実をもとに再確認する新しい知を創ること、そこから新しい生き方を生み出すことを求めたものです。

生命誌を創り上げるにあたって私が心の中にいつも置いているのが「愛づる」という言葉です。実は生命誌は全てを動詞で考えます。「いのち」を考えるときも、生命と言ってしまうと、生命尊重というような抽象的でスローガンに過ぎない言葉で終わってしまいます。けれども、「生きている」という言葉で始めると、具体的な生きものの生きる姿を見て考えることになり、「生きものは続いていこうとしている」とか、「同じように続いていこうとしてるのだけれど、だんだん変わっていく」とか、「生きものの基本は同じだけれど一つ一つ違う」とか。本当にいのちを考えることになると思っています。

「愛づる」。愛ですね。愛だけれど、単なるLoveではない。先ほどから人間を考える哲学のお話をしましたけれども、哲学はフィロソフィー(philosophy)。知を愛することです。そのフィリア(philia)という、ものをよく見て、知的に考えた結果生まれてくる愛。きれいだね、かわいいねというだけではない愛が、「愛づる」です。この言葉は、「蟲愛づる姫君」で学びました。ご存じだと思いますが、平安時代に京都にいらしたお姫様です。虫が大好きで、見かけで汚いとかきれいとかいうのでなく、生きる姿をしっかり見たら愛づる気持ちになるとおっしゃった。13歳です。私はDNA、RNA、ゲノムとを学び「生命誌絵巻」を描き、生命誌というかたちで、愛づる学問をつくろうと思いました。このお姫様は、もちろんゲノムなどご存じありませんが、私が考えていることと同じことを考えていらっしゃいます。ここから略画と密画の重ね描きは、それほど面倒なことではないのではないかと思えます。お姫様もわかっていらしたのですから。略画と密画を重ね描きしながら、みんなで生きるということを愛づる社会にしたら、武器をもって戦うなどという気持ちにはならない。そういう社会にしたいと思います。

最後に一言、若い方へのお願いがあります。これからの生き方として本質を問うことを大事にしていただきたいのです。内発的に。世の中で流行っているからとか、お金がもうかるとかいうことではなく、何が大事かと考えていただきたいのです。そして、時代認識をもつこと。私の個人的な思いとしては、権力からは自由であってほしい。今日お話ししたような、日常的なことがこれから大事です。生命誌研究館はこれからも開かれた場、みんなで考える場として生きものである人間を見つめていきます。ご一緒に考えてください。研究館の特徴は表現にあります。40億年に近い生きものの歴史を音楽という時間の芸術にのせて表現した「生命誌版ピーターと狼」をお聞きください。生命誌からの大事なメッセージです。

講演会場写真:川本聖哉







 

 

 

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