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2026.09 発行

 

PERSPECTIVE

目の前の進化-自然選択-を観測する

深野祐也
千葉大学

1.生きものの営みに影響する力

現在地球上に生きているすべての生きものは、自然選択の影響を受け形作られてきたと言えます。自然選択(Natural selectionまたはselection)は、環境と生きものの関わりにより、個体の生存や繁殖の程度に差が生じる現象です。結果的に自然選択は、生きものをより環境に適したかたちへ進化させる原動力になります。

自然選択につながる環境の要因は、物理(非生物)的なものと生物的なものに大別できます。物理的要因として代表的なものは気温や光、風、湿度といった地球の活動に基づくもののほか、人間が生み出した農薬やアスファルトなどもこれに含まれるでしょう。大きな地割れもスコップで掘り返した小さな穴も、津波も歩道の水たまりも、その場に息づく生きものにとって無視できない環境変化になり得るとすれば、そのバリエーションは数えきれません。たとえば、地球規模の気候変動は広い範囲で新たな気温や降水条件に合う個体を有利にする一方、鉱山跡地の重金属を含む土壌では、ごく狭い範囲でも金属への耐性をもつ植物が選ばれることがあります。

生物的要因は、生きもの同士の関わり合いから生じる影響です。捕食や被食、寄生といった個体の生命の存続に関わる関係、他の生きものと資源を奪い合う競争関係、双方に利のある関係の3つのタイプに分けて考えることができます。

捕食と被食は、いわば「食う‐食われる」の関係です。クマとサケのような動物同士の関係も、モンシロチョウの幼虫とキャベツのように動物が植物を食べる関係も、ここに含まれます。食べる側には獲物を効率よく捕らえる能力が、食べられる側には逃げたり身を守ったりする術が磨かれるように、それぞれ選択がかかります。寄生もまた、一方が利益を得てもう一方が害を被る関係であり、体の表面に取りつくノミやダニのような外部寄生から、体内に侵入して増える病原体による感染症まで、その形はさまざまです。

競争は、同じ資源を複数の生きものが奪い合う関係です。同じ種の植物同士が光や水、栄養を求めて、より高く伸びたり根を広く張ったりして争うこともあれば、カラスとトビが獲物をめぐって争うように、異なる種が同じ資源を取り合うこともあります。限られた資源をめぐる争いのなかでは、より効率よく資源を得られる個体や、他をしのいで先に確保できる個体が生き残りやすく、そうした性質が集団に広がっていくのです。

相利共生は、関わり合う双方が利益を得る関係です。花とハチのような送粉者は、植物が蜜を差し出す代わりに花粉を運んでもらいます。果実とそれを食べる鳥などの動物も、動物が栄養を得るのと引き換えに、植物側は種子を遠くへ運んでもらうのです。こうした関係では、互いに都合の良い性質をもつ個体どうしが有利になり、両者はしばしば足並みをそろえるように進化していきます。


 

(図 1) 生物的要因と物理的要因

2.弱い選択・強い選択

 

生物的要因と物理的要因。これらが生きものに及ぼす一つひとつの影響の積み重ねが、やがて集団(同じ種の複数個体の集まり)の性質を変化させていきます。集団の中には突然変異や他集団との交雑によって、さまざまな特徴を持つ個体が生まれますが、ある環境において生存や繁殖に有利な特徴を持つ個体が子孫を残すと、その特徴が遺伝するものであれば、同じような特徴をもつ個体が集団中に増えていきます。環境が変わると、また別の特徴をもった個体が有利になり、集団の性質が変化していく。自然選択には、環境に適応した性質をもつ集団を作り出すという特徴があるのです。

今生きている全ての生きものには、程度の差はあれ常に自然選択がかかっています。自然選択はその方向性や強さの程度により、異なる名前が付けられています。安定した(大きな変化が起こっていない)環境の場合、集団の中で最適な特徴を持った個体の生存率や繁殖成績が最も高くなり集団の性質が均質化する方向に自然選択が働きます。このように、集団の性質が適応的な平均に向かって働く自然選択を「安定化選択」といいます。大きな環境変化がない場所で暮らす生きものであっても、常に安定化選択がはたらいていると見なすことができます。

反対に、生きる上で無視できない大きな環境変化が起こると、これまで最適であったはずの特徴が一転して不利になり、安定していた時には最適でなかった個体の方が生存や繁殖に有利になることがあります。この状態では、新しい環境下で最適な性質を持つ個体が増えるような自然選択が働き、これを「方向性選択」といいます。特に環境変化が大きい場合にはこの方向性選択が強く働くため、生きものの急速な変化を観察しやすく、環境変化と進化を考えるための良い機会となります。

(図2) 安定化選択と方向性選択

3.都市という環境の自然選択

わたしたちの身の回りにも、都市という環境がもたらす自然選択の跡を見つけることができます。道ばたやアスファルトの隙間によく生えるカタバミOxalis corniculataという植物には、葉が緑色のものと赤色のものがあります。この赤は、秋の紅葉のように季節や環境に応じて一時的に色づくもの(可塑的な変化)ではなく、生まれつき緑になるか赤になるかが決まっている遺伝的な違いです。同じ条件で育てても赤い株は赤いまま、緑の株は緑のままであることから、それが確かめられています。赤い葉の表皮にはアントシアニンと言われる赤色色素が蓄積しています。そして興味深いことに、アスファルトに覆われた都市部では赤い葉のカタバミが多く、農地や公園といった緑地では緑の葉が多い、という偏りが見られるのです。
 

(写真) 緑葉と赤葉のカタバミ

この偏りが本当に都市の環境による自然選択の結果なのかを確かめるには、順を追った検証が必要になります。まず、「都市に赤葉が多い」という印象が思い込みでないかを、各地でカタバミの葉色を数え、定量的に確かめていきます。次に、その原因を探るために、都市を模した高温環境と通常の温度環境とで赤葉と緑葉を育て比べてみましょう。すると、高温(35℃程度)では赤葉の方がよく成長し光合成の働きも保たれる一方、通常の温度(25℃程度)では逆に緑葉のほうが有利になったのです。都市のアスファルトが生み出すヒートアイランドの高温こそが、都市で赤葉を有利にする方向性選択の正体だと考えることができます。10℃の温度変化は、カタバミにとっては大きな環境変化なのです。赤い葉では表皮に蓄積したアントシアニンが強い光を遮り、高温下で起こる光合成機能の低下(光阻害)を和らげると考えられます。実際、強い光だけでは両者に差がなく、強い光に高温が加わったときに赤葉の優位性が現れました。

さらにこの赤葉がどのように広がったのかを、ゲノムに刻まれた変異をもとに推定してみました。すると、赤葉を実現する遺伝子は各地で同じではありませんでした。つまり、赤葉はどこか1か所で生まれた変異が広く伝わったのではなく、さまざまな場所で緑から赤への進化が何度も独立に起こっていたことがわかりました。実際、赤いカタバミは近年になって現れたものではないようです。江戸時代の本草学者・貝原益軒がまとめた『大和本草』(1709年)には、すでに赤い葉のカタバミが書き留められています。都市化以前に赤葉がどのような環境で保たれていたのかはまだわかっていませんが、高温になりやすく植物同士の競争が弱い裸地や河原などで、赤葉が有利だったかもしれません。ヒートアイランドどころか、いまのような都市がまだ存在しなかった時代から赤葉が知られていたのだとすれば、この赤は都市化に応じて新たに生まれた突然変異ではなく、もともと集団のなかに潜んでいた変異(standing genetic variation)だと考えるのが自然です。都市の高温は、赤という性質を新たに作り出したのではなく、すでに手元にあった変異の割合を押し上げたと推定できます。都市化という共通の圧力に対して、それぞれの集団が元々もっていた変異のもとで、いわば各地で足並みをそろえるように応じていたのです。


そしてこの現象は、東京だけのものではありませんでした。iNaturalistという世界的な市民科学のプラットフォームに投稿された膨大なカタバミの写真を分析すると、やはり都市部ほど赤葉の割合が高いという傾向が確認できました。都市の高温という共通の困難に、世界の街角のカタバミが同じように応じていることがわかったのです。

(図3) 世界中で撮影されたカタバミの赤葉と緑葉の割合

4.同じ困難への異なる対応

同じ自然選択に対する適応進化は、いつも同じ形をとるとは限りません。よく似た困難に直面した生きものが、それぞれ異なるやり方でそれを乗り越えることのほうが、むしろ多いといえるでしょう。このことを実感するには、わたしたち人間自身の進化を見るのがよさそうです。アフリカで生まれた人類は、七万年ほどの短い時間のうちに世界中へ広がり、行く先々の不慣れな環境によって急速に作り変えられてきたからです。

その一例が、高地への適応です。チベット高原やアンデス高原のように標高4000mにもなる土地は、標高0mの土地に比べて気温が約24℃も低く、一度の呼吸で取り込める酸素の量も6割ほどに減ってしまいます。慣れていない人はいるだけで頭痛や吐き気に見舞われ、重ければ命に関わります。過酷な環境は、それだけ選択圧も強く、だからこそ、この地に定着した人々は急速に進化したともいえます。

興味深いのは、チベットとアンデスとで、その乗り越え方が違っていたことです。チベットの人々は、血管を広げる一酸化窒素を増やして血流そのものを高めるという、いわば生理的なしくみで低酸素を乗り切りました(この適応に関わる遺伝子は、かつて共に暮らした別の人類・デニソワ人に由来する可能性も指摘されています)。一方アンデスの人々は、胸郭と肺を大きくし、薄い空気からより多くの酸素を取り込むという、形態的な変化で応じたのです。同じ「酸素の薄さ」という困難に、二つの集団はまったく異なる経路で適応した例といえます。
 

(図4) チベットの人々とアンデスの人々の高地環境への適応の違い

こうして見ると、自然選択という一つの力が、じつに多彩な適応を生み出していることがわかります。困難が同じでも、生きものが手にする答えは一つとは限らないのです。一方で、適応進化が起こる時、どの形質で対応するのかは予測が難しいところです。注目する条件の他にも、複雑に関係し合う要因は無数にあると考えられるからです。

大腸菌を使って進化の予測可能性を検証した例があります。大腸菌を進化の実験で使用する利点は、株を生きたまま全て冷凍保存できるところです。通常、一度しか起きない環境変化を、全く同じ条件で繰り返し経験させることができるという、わたしたち人間では到底できない観察が可能になります。大腸菌に餌の欠乏を経験させると、同じ株であっても毎回異なる遺伝子で欠乏に適応することがわかりました。全く同じ条件であってもその対応方法は違うということです。進化の予測が難しいこと、今の生物進化も一回性であるということがわかります。

5.今この瞬間の積み重ねの先に

「進化」と聞くと、はるか昔と今の間に起こった特別な出来事のように感じるかもしれませんが、絶え間なく起こり続けていることであり、わたしたち人間も進化の渦の中にいます。変化を重ね続け、ある集団は環境変化を引き金に、異なる種へと分かれていきます。すべての生きものの共通祖先から現在までに数えきれないほどの多様な生きものが誕生し、そこにわたしたちは神秘性や豊かさを感じさえします。しかし、その背景にある自然選択というダーウィンが気づいたルールはシンプルで機械的なもの。この共通のルールが、それでもなお心を揺さぶる世界を作り出していることを、おもしろいと思いませんか。そんな人間の感情もまた、進化の産物の一つなのだとも考えられるのです。
 


出典

Erzurum, S. C., et al. (2007). Higher blood flow and circulating NO products offset high-altitude hypoxia among Tibetans. Proceedings of the National Academy of Sciences, 104(45), 17593–17598.

Fukano, Y., Yamori, W., Misu, H., Sato, M. P., Shirasawa, K., Tachiki, Y., & Uchida, K. (2023). From green to red: Urban heat stress drives leaf color evolution. Science Advances, 9(42), Article eabq3542. 

Julian, C. G., & Moore, L. G. (2019). Human genetic adaptation to high altitude: Evidence from the Andes. Genes, 10(2), Article 150.

深野祐也
(ふかの・ゆうや)

2013年 九州大学大学院システム生命科学府博士後期課程修了、博士(システム生命科学)。九州大学大学院理学研究院、東京農工大学農学研究院、東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構を経て、2022年より千葉大学大学院園芸学研究院准教授。専門は生態学。

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