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宮田 隆の進化の話

最新の研究やそれに関わる人々の話を交えて、生きものの進化に迫ります。

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【カメの系統的位置と爬虫類の進化】

2004年10月15日  

宮田 隆顧問
 盤石に見えた考えがほんの一角からの水漏れで一瞬にして瓦解してしまうことが生物進化の世界ではそれほどまれなことではない。その主役となった生物は、どちらかというと控えめで脚光を浴びてさっそうと表舞台に登場するような存在ではないこともしばしばだ。ここでの主役はカメで、我々がふだんカメに対して抱くイメージは独特の甲良をまとってのろのろ歩く、お世辞にもかっこよい動物ではない。この物静かで大人しいカメが「単純から複雑へ」という大進化のパターンが、ある重要な形質では成り立たないことを強く主張しだした。
 爬虫類の頭蓋骨には、分類に有用な特徴があることが古くから知られている。爬虫類のこめかみ部には、系統ごとに異なる「側頭窓」と呼ばれる孔がある(図1)。魚類や初期の両生類にはこの側頭窓がない。カメ類はこの仲間に入り、「無弓類」といわれている。哺乳類の祖先型爬虫類には単一の孔があって、かれらは「単弓類」と呼ばれる。トカゲ、ヘビ、ワニなど多くの爬虫類は2つの孔を持っていて、「双弓類」と呼ばれている。恐竜類も双弓類に入る。
図1.側頭窓の型による爬虫類の分類
爬虫類は頭骨側面の穴の有無によって分類される。この穴は側頭窓と呼ばれ、顎を動かす筋肉を収納している。カメにはこの側頭窓が見られないため、ハ虫類の中でも原始的な系統として分類されていた。
※「爬虫類の進化」疋田努 より改変※
 鳥類は爬虫類や哺乳類から独立した綱に分類されているが、いくつかの形態的特徴が、恐竜やそれに近縁のワニによく似ている。鳥のこめかみに2つの孔がある点でも恐竜やワニと同じである。これらの形態的な類似性から、鳥類はワニや恐竜などの仲間から進化したと考えられている。
 古生物学の権威、アルフレッド・ローマーは側頭窓の機能を以下のように推測している。顎を閉じるときは頬の壁の下方にある側頭筋と呼ばれる筋肉が収縮して外側に脹れ出る。そこに膨れあがった筋肉を納める穴があれば都合が良いので、この穴は適応的に進化したに違いない。
 形態的特徴の比較から作られた爬虫類の系統樹は、この便利な側頭窓の特徴が反映されたものになっている(図2の系統樹a)。側頭窓を持たないカメが爬虫類の中でもっとも古い分岐を示し、その後、側頭窓を持った、トリ類とワニ類を含むアーコザウリアのグループと、ヘビ類とトカゲ類を含むレピドザウリアのグループが出現する。この系統樹は、側頭窓でみると、「単純から複雑へ」という進化の図式を反映している。
 最近、カメの系統的位置に関して形態的に再検討がなされた。その系統樹によると、カメ類は単独で古い系統を示すのではなく、レピドザウリアのグループに近縁な関係になっている(図2の系統樹b)。この場合でも側頭窓のないカメ類が古い爬虫類の系統とみなすことはできる。
 DNA、遺伝子、タンパク質などを総称して分子と呼んでいるが、分子が持つ進化の情報を利用して生物が過去に辿った進化の道筋、すなわち系統樹を再現する研究分野、分子系統学が、分子生物学やコンピュータ技術の発達と相まって、この10年ほどで急速に発達している。特に、系統樹推定法が改良され、確度の高い分子系統樹推定が可能になっている。
図2.カメの系統的位置
 ドイツのアクセル・メイヤーとスペインのラファエル・ザルドイヤおよび東京大学海洋研究所の西田睦教授と名古屋大学の熊沢慶伯助教授はミトコンドリアDNAを使って爬虫類の系統樹の推定を試みた。真核生物の細胞には核があり、そこにDNAが格納されているが、もう一つ別の小さなDNAが細胞質に存在するミトコンドリアと呼ばれる細胞内小器官に収まっている。このDNAは大量に、かつ容易に取り出すことが出来るため、分子系統樹の推定にしばしば利用されている。メイヤー&ザルドイヤグループと西田&熊沢グループによって推定された爬虫類の系統樹は、カメの系統的位置に関して、これまでの形態的特徴から推定されていたものとは全く異なる結果になった。すなわち、カメは爬虫類のなかで決して古い系統ではなく、トリーワニ類に近縁な系統であることを示していた(図2の系統樹c)。
 メイヤー&ザルドイヤグループおよび西田&熊沢グループとは独立に、ペンシルバニア州立大学のブレア・ヘッジェスとローラ・ポリングのグループは核DNAにコードされている複数の遺伝子を使って解析し、カメが古くないという結果は同じだが、もっと極端にカメはワニに近縁であるという結果を得た(図2の系統樹d)。つまりミトコンドリアDNAを使うか、核DNAを使うかで結果が違ってしまったのである。しかしカメの位置に関してどちらも伝統的解釈とまったく違った結果になっている。
 どちらの分子系統樹が正しいのか?メイヤー&ザルドイヤグループと西田&熊沢グループは小さいとはいえ、完全長のミトコンドリアDNAを使っているが、ヘッジェス&ポリンググループが使った核遺伝子の数は必ずしも十分ではない。そこで筆者のグループは十分長い核遺伝子を使って解析をし直してみた。その結果、極めて明瞭な答えが得られた。すなわち、正しい系統樹はミトコンドリアDNAによる系統樹(図2の系統樹c)と一致し、他の系統樹(図2の系統樹a、b、d)は、十分な信頼性のもとですべて排除された。
 こうしてカメはトリーワニ類の姉妹群としての新しい系統的位置を得た。このことは同時にカメは側頭窓を進化の過程で失ったのであって、はじめから無かったのではないということを意味する。同時に、これまで側頭窓を系統分類に有用な形態的特徴と考えてきたのだが、考え直す必要がでてきたということになろう。さらに「単純から複雑へ」という進化の図式がいつも正しいわけではないことを教えている。地味なカメがこれほど重大ないくつかの点を指摘しているのは生物学の面白さといったところか。


[宮田 隆]

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