目次へ 季刊誌「生命誌」通 巻12号 
ゴリラたちの"おしゃべり" ---類人猿の音声コミュニケーション:岡安直比
communication
ゴリラたちの"おしゃべり"
類人猿の音声コミュニケーション
ゴリラたちの"おしゃべり" 類人猿の音声コミュニケーション
:岡安直比
 
腹が立つとすぐに怒鳴る人が、あなたの周りにいませんか?
大きな声で脅したり、やさしい声で赤ん坊をあやしたり。
声を出すのは、人間でもゴリラでも、大切なコミュニケーションの手段です。
ゴリラと遊ぶ筆者
コンゴのブラザビル動物園で、ゴリラの孤児たちと遊ぶ筆者。後ろは娘の早苗さん。コンゴ共和国森林省は、イギリス・ハウレッツ動物園の協力のもと、密猟の犠牲となった孤児ゴリラを育て野生に帰す仕事を行なっている。
(写真=サキシアン・リヨネル)
 遊び仲間にドラミングをして、いばってみせている若者ゴリラ。近づいてきた年長のゴリラに悲鳴をあげて抗議する子ゴリラ。ここは、コンゴのブラザビル動物園。私はここで孤児になったゴリラたちを育て森に帰す仕事をしながら、彼らの音声コミュニケーションの研究をしている。
 およそ500万年前、私たちはチンパンジーとの共通の祖先から分かれてヒトの道を歩き始めた。その誕生にはさまざまな生活の変化が影響したが、なかでも言葉を発明したことは、ヒトと他の類人猿を分ける大きなポイントとなった。今でも私たちにとって、会話は人間関係の維持に欠かせない。子供のおねだりも、男女の愛の語らいも、母親たちの井戸端会議も、言葉によるコミュニケーションから始まる。
 親しい者の間では、声をかけることそのものが、言葉による会話の内容以上に重要な意味をもってくることも多い。子供をもった母親は、まだ言葉のわからない赤ちゃんに一生懸命語りかけて愛情を表現するし、喧嘩するほど仲がいいと冷やかされる夫婦喧嘩の中味は、犬も喰わなかったりする。こんな場面 で私たちは、言葉を交わすことでお互いの親密な関係をより一層深めているようだ。
 サルもコミュニケーションの手段として音声をよく使う。それは時には恐怖にひきつった悲鳴であったり、怒りにまかせた「ガガガ」という吠え声であったりするが、そんな強いメッセージ性をもつものとは別 に、ふだんの何気ない場面で「クウ」とか「グ」とか「ボボボ」と軽く声をかけ合う。それはヒトの愛情表現にも似た、仲間に対する親愛感を醸し出す。たとえば、写真の母ゴリラは、人間の母親さながらに、生まれたばかりの赤ん坊を抱いて満足げにグルグル言っている。また、深い森の中でサルたちは、コンタクト・コールと呼ばれる音声を交わして、バラバラにならないよう移動する。サルも一緒にいたい仲間により頻繁に声を出すから、コンタクト・コールによるコミュニケーションには、群れの集まり方、つまりサル同士の親しさの違いが表れてくるようだ。こんな視点から、私は屋久島(ニホンザル)からアフリカ・ザイール(ボノボ=ピグミーチンパンジー)、そしてコンゴ(ゴリラ)などで、サルの社会を音声を通 じて研究している。
 ボノボは、性的にメスが活発で排卵に関係なくオスを受け入れる、など他の類人猿には見られない特性をもつ。したがってもっとも人間に近いと考えられているが、音声コミュニケーションから社会関係を見ると、そう言いきれないところがある。たとえば、彼らのコンタクト・コールはフーティングと呼ばれ、チンパンジーにも見られるものだがその使い方は多分に違い、30〜50個体が一斉に無秩序に叫び、コミュニケーションの中心になる個体を割り出すのがとても難しい。また、チンパンジーが見せるリーダーオスに対する挨拶などの、社会的地位に呼応した発声も抽出されず、年功序列も男尊女卑もあらわにならない彼らの社会関係のあり方は、特定の個体が目立つことを極力避けようとしているようだ。
 一方、ゴリラの音声コミュニケーションでは、オトナオスがメスには見られない多彩 な音声レパートリーを使って、グループをまとめる要となっている。一夫多妻のグループをつくるゴリラでは、嫁子供の面 倒見のよさがシルバーバックのセールスポイント、細やかな気づかいを見せる。第一夫人の嫁いびりにはひと声低く「ゴ」と意見し、恐れをなした子供たちにはすかさず「グルルルル」と慰めを与える。これには、他のメスには返事もしないメスガシラも「グウ」と答えておとなしく従う。オスとメスのやりとりを見ていると、ゴリラ同士が会話しているような錯覚に襲われることすらある。
(2)母親ゴリラ (3)抗議するカポ

(4)仲間に声をかけるマワワ
母親ゴリラは、赤ん坊が動くたび満足気にグルグルと低い声をかける。 母=シュンバ(15歳)と子=クンボ(オス、生後10日)。イギリスのハウレッツ動物園で。(写 真=菅原由美子)
いたずらをしようと近寄ってきたゴリラに、大きな悲鳴をあげて抗議している3歳のカポ(オス)。コンゴのプラザビル動物園で。
仲間に声をかけるマワワ(オス、3歳半、写 真右)は、幼いながらもすでに孤児グループのリーダー格。 (写真=岡安直比)

 餌を求めて、交尾相手を求めて、動物は集まる。しかし、多くの種が安定した両性集団をつくるのは、私たち霊長類の仲間だけである。単独生活者の多い原猿類から、大型母系集団をつくるサル類(ニホンザルはその代表)、そして父系の類人猿へと進化の系統をのぼるにつれ、社会関係は複雑化していく。その頂点に立つ人間社会のルーツを探るため、霊長類の集団がさまざまな社会交渉(攻撃・宥和行動・近接関係など)を通 じて研究されてきた。しかし、毛づくろいなどのスキンシップや順位関係を通 じた研究では1対1以外の社会関係は見えにくい。これに比べ音声は、1対多、多対多の社会交渉を簡単に成立させ、しかも発声した、しないで制裁を受けないので、個々体の交渉への参加意志を探ることができる。集団構成員の間の1対1の関係を網の目でつないでも「見えてこない」多者間関係を探るのに、音声コミュニケーションは有効な手段なのである。
 類人猿の音声コミュニケーションは、過去にもほとんどデータの集積がない。私としては、いずれチンパンジーも手がけ、3種の類人猿の比較から、ヒトをも視野に含めた新しい社会関係論と社会進化論を展開してみたいと考えている。
(おかやす・なおび)
1960年東京生まれ。京都大学大学院理学研究科卒業。理学博士。屋久島、コンゴでの研究の後、93年から94年にかけてイギリス・ハウレッツ動物園でゴリラの研究を行ない、現在、同動物園のハウレッツ・コンゴ・ゴリラ野生復帰計画のスタッフ。
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