季刊誌「生命誌」通巻12号

Talk

詩と科学の生まれるところ

大岡信 詩人
中村桂子 JT生命誌研究館副館長

炎は陽気な自殺者だ
物体をなめまわすとき
ゴォーッ ゴォーッと満足の唸りをあげる
食うに足りるものが尽きれば
即刻死を選ぶのみ
灰の上に遺言を残して
-大岡信『火の遺言』より


大岡さん宅で。友人の作品が壁や棚を飾る。(写真=田中耕二)

詩は科学


オペラ『火の遺言』
台本:大岡 信
作曲:一柳 慧
歌:豊田喜代美
(写真=三浦興一)
中村--
 よく文系,理系と言われ,詩と科学は,対極的と見られますが,たとえば大岡さんの火をテーマにした詩を拝見した時に,火の持つ意味への関心は科学と同じだと感じたのです。ただ,私たちは燃焼という味もそっけもない言葉で表現するほかないのですが,詩はみごとな言葉でふくらみがある。ある面ピタッと重なる感じと羨ましい感じの両方があります。私の勝手な読み方かもしれませんけれども。
大岡--
 とんでもない。非常にありがたいです。じつは自分ではそう思っているんですけれど,詩人で言ってくれるやつは誰もいないんです(笑)。東西南北,上下左右,絶えず自分の周辺のものと自分との関係をできるだけ正確に知っていたいと思うのが詩人だと私は思うんです。そういう意味で,科学と詩は完全に一致しているんですね。だけれども,言語として表れる形としては,ふくよかなもの,まろやかなもの,つやつやしたもの,そういうものを求めるのが,詩人的な感受性だと思います。一見,科学的なものとは違うように思われやすいんですけれども,書く過程で,対象がどのようにして構成されているか,構造はどうなっているかというところまで,当然関心がいかざるを得ないですからね。

科学から詩へ

中村--
 科学には還元的,論理的に見ます,分析しますという約束ごとがあり,その約束ごとのなかで何ができるかを競ったり協力したりするのが面白いわけです。ですから約束ごとの意味は十分認めるのですが,そのうえで,生き物に関する日常感覚は科学の言葉だけではどうしても表せないもどかしさがあります。
大岡--
 ちょっとね,足りないということがあるでしょうね。
中村--
 仕事と日常の間のギャップがあったのです。ところが,80年代半ば頃から,DNAというもっとも分析的,還元的対象とされてきたものが,ゲノムという総体で見えてきたんです。これで見れば,科学と,そのへんをウロウロしている生き物とをつなげられるぞと思って,とても興奮しました。面白かったのは,仕事仲間でもそれをすぐわかってくれる人となかなか理解してくれない人がいて。
大岡--
 僕らにも,そういう感じはすごくわかりますね。
中村--
 「あっ,これだ」と思って,突っ走ったという感じで,この雑誌もその一つですが,今10年ほどたって少し落ち着いてものを見ようと思っているところです。そんななかで,詩人がうらやましいのは,クールに対象を見て関係をつけたことを自分の中に持ち込み自分の言葉で表現なさることです。私は,科学も事実そのままの記載ではなくて一度自分を通して表現できたらいいと思うのです。
大岡--
 一見そういうふうにできていると皆さん思って見てくださるけれども,じつはそうしたいと思っているというのが正確なんです。

傾きから詩が生まれる

大岡--
 日常的な生活をしながら,あっ面白いなと思うことは,頭の中にインプットしておくわけですが,そのインプットの仕方にたぶん自分自身の一種の性格的な偏りがあって,客観的に言えば他の人たちは興味をもてないはずのものなのに,突然えらく感じちゃうことがあるでしょ。それを大事にするかしないかという問題だと思うんです。「これは俺の傾きにだいたい添っているな」と見るわけですね。
中村--
 「自分の傾き」。それです。さすが,みごとな表現。
大岡--
 絶対に真っ直ぐに立っていないんです。必ずクニャクニャしていて,全体の傾きが左向きだとか右向きだとか自分では感じていて,そこに外界の印象が吸いついてくるようになった場合には,それは大事なものだと思ってとっておくんですね。その代わり,一般的に大事なものだといわれているものを,平気で捨てている場合が非常にあるんです。
中村--
 傾きがなければ自分の仕事なんてできませんね。これは大事なこと。
大岡--
 非常に大事です。ものすごく大事です。
中村--
 真っ直ぐ立っていたら、評論家風になってしまう。
大岡--
 『櫂』という雑誌をやっている谷川俊太郎とか,何人か昔からの友だちがいて,この連中,僕には傾きが大体見えるんです。谷川の傾きと僕の傾きは全然違うんですが,この頃こいつの傾きは甚だ不思議な傾きになっていると思った時には,すごくいい詩を書くだろうと予測できる。必ずそうなりますね。

プロダクティブに連接する個

中村--
 詩は個の表現だと思うのですが,一報で積極的に連詩をなさっていますね。外国の方とも。
大岡--
 連句や連歌は昔からありますよね。日本の詩は短いから完結していない。つけ入る隙がいっぱいあって,大勢の人が意味内容を付与していく。これを詩の形でやったら面白いだろうと『櫂』のグループで始めたんです。僕も他の人を警戒するほうなんですけれど,それを我慢してやっているうちに「なるほど。こいつは,こういうところで,こうやってつけたな」ということがわかるわけです。その発生現場がものすごく面白い。
中村--
 わかります。生き物でもできあがるところが一番興味深いのです。個体発生,系統発生。
大岡--
 相手の意外な面も発見できる。外国の詩人は個人主義者で全然駄目じゃないかと最初は思っていましたが,向こうの連中のほうが日本人同士よりずっと早くつけてくる。非常に個性的で,しかも他を受け入れる余地をちゃんともっている。それは僕にとっては大変な発見でした。
中村--
 科学の世界でも同じです。一人で実験することも大事ですが,本当に面白いのはディスカッションです。私がこの分野に入った頃は,技術もお金もあまりなかったけれど,暇があったんです。
大岡--
 なるほど。それで,ディスカッションする時間があったわけですね。
中村--
 新しい分野で先生も勉強中なので,みんなでああでもないこうでもないと考えては試し,試してはまたおしゃべり。これが外国の人,上手ですね。個性的で,しかも人の話も聞いて。今は機械がどんどんデータを出しますから,暇でしかたないから話でもするかみたいな時間が消えつつあります。これは科学の将来にとってよくないと思います。連詩と同じで,こういうぶつかり合いが新しいものを生み出すのに。
大岡--
 非常にプロダクティブだと思うんです。一人ぼっちで自分の部屋で詩を書いている時には絶対にないことです。僕は現代の西欧社会に日本の古い伝統を平気で持ち込んじゃった。日本語の特性として,切れ字の効果などを利して1行で言えちゃうことがあります。向こうの言葉にはそういうものがないから,短くすることが難しい。彼らはそれを何とかしようとして新しい表現を発見するんですね。
中村--
 日本の詩は短いところに特徴があるということですが,それは私たちの考え方,表現法のすべての象徴かもしれませんね。欧米の人の書く本は厚くて読むのがたいへんなのですが,連詩の影響で薄くなってくれるとありがたい。

暗示する言葉

中村--
 この頃,言葉に関心が出てきたのです。生き物は,基本的にゲノムに1次元に並んでいる暗号を読み解き,4次元のものを作り上げていくわけです。イヌとかネコとか。そのプロセスが一番不思議で一番解きたいところです。詩も言葉の連なりが大きい世界を作っていきますね。今,ゲノム解析プロジェクトが進んでいて,文字の並びは解けることになってきたので,現実的に言葉と対比して考えられるときが来そうだと思うものですから。でも,言語学の本を読むと,ますますわからなくなってしまって。
大岡--
 言語学の本というのは,できあがった後の言葉についてしか書いていませんからね。
中村--
 そうなんです。先ほどからのお話の,生まれてくるところに本質を知る鍵があるというのは言葉についても同じなのでしょうね。
大岡--
 僕が非常に気に入っているアイデアは,インドの聖典『ヴェーダ』に言われているそうですが,言語というものには4つの種類があって,人間が普段喋っているのは一番浅いところの言葉である。あとの4分の3は隠れていると言うんです。
中村--
 詩は,その4分の3をどう表現しようかということなのですね。
大岡--
 僕はそう思っています。その場合にその4分の3がわかっているわけではないです。しかし暗示できるということが4分の1の部分の非常に大事なことですね。暗示しているというと,曖昧なものに頼っていると受け取る人がいるかもしれないけれども,暗示は全体に到達するための非常に重要な促進力なんです。
中村--
 人間のゲノムには30億ぐらいの文字が並んでいるといわれています。その中で,本当に顕示的に,具体的な形でたんぱく質をつくるのは5%ぐらい,あとの95%は隠れて支えている。解析で配列が読めた時,その解析結果の中には,無意味な文字の羅列も多いわけですが,5%の顕示的なところだけを理解すればよいかというとそうではないと思います。また,そこだけを取り出して並べたら人間をつくることのできる情報になるかというと,おそらくそうではないでしょう。4分の3まで含めて伝わった時に詩になっているように,何かわからないものがあって,人間なんだろうと思うのです。
大岡--
 詩の場合,受ける感覚としては,この言葉を読んだら閃きのように何か深いものを感じたとか,そういう感じなんですね。実際には暗示力というものをちゃんと仕掛けてあって,それによって読む人がそういうふうに感じるのです。
中村--
 そうですね。ゲノム解析は,まさに科学そのもの,分析なのですが,全体を読んだ時にはその中から,人が人であるための何かが見えてくるだろうと思っています。
詩想の生まれる空間。(写真=田中耕二)
おおおか・まこと
1931年静岡県生まれ。東京大学国文科卒。新聞社の外報部の記者を10年勤め,大学で文学の講義もした。東京芸術大学客員教授。詩の実作以外に,批評・翻訳・戯曲などの形でも表現する。『櫂』『今日』『鰐』同人。日本芸術院会員。
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