霞の茶室1990(180×180×180cm)麻、和紙、真鍮の上に漆塗り 青い儀式1996(170×400×600cm)麻 水の風景1995(120×270cm)麻、紙布 時空1989(210×200cm)×12麻 作品1996(250×210cm)麻 聖域1995(230×500×500cm)麻、紙布
(写真1=後勝彦)

藍はこだわりの多い染料だ。私は藍の発色や濃度、色あし(染め際にできるグラデーション)にこだわって作品を制作してきたが、そのこだわりのポイントは、染め残した白にある。作品の主題はこの白に集約される。作品のイメージを考えるとき、藍は空間意識としてあり、そこに、実在するものとしての白がある。きわだった白であればあるほど存在感がある。

日本の藍は透明感があって色あしが美しいので、絞り染めをしても、くくった点は美しいぼかしに囲まれた白い点に染め残る。この白い点はまるで発光体のように立体的に見え、濃く染まった地の藍色以上に強調される。最近、ある大作のために6mの布を10枚染めた。幅1.7mの布の中心に30cm幅の白い帯を染め残した。白より藍色のほうがはるかに多いのだが、藍色が引き立たせて白を魅力的に見せている。布が展示されるときこの白い帯がどのように見えるかが楽しみだ。

「霞の茶室」という作品を創ったことがある。一辺が180cmの立方体の枠を組み立てて、そこに同じ大きさに仕立てた袋状の藍染めの布をかぶせた二畳の茶室だ。中に座ったとき肩の高さになる位置に、霞のような白を染め残した。この茶室を屋外にセットして中に座ると、実際は透けた布を通して外の景色が見えるのだが、意識においては白い霞だけが存在して、外の情景は藍の中にとけ込んでしまう。ただ霞の中に座っているという実感があり、白い霞だけが現実だ。藍は空間意識としてまわりのものを包み込み、とけ込ませてしまったのだ。藍の色は山の空気だったり、空だったり、海だったり、自然の空間に通じるところがある。もしかしたら胎内空間もこんななのではないかと思うほどの安心感がある。この心地よさは自然の恵みから生まれた藍だからこそのものだと思う。

昨年創った「聖域」という作品では、5m四方の空間を取り囲む藍の布に、上からまっすぐ落ちてくる光のような白い線を構成した。展覧会の期間中、若い人がこの作品の中に座って瞑想をしていたそうである。藍の安心感の中での白の緊張感が瞑想にふさわしい空間となったのではないだろうか。

ふくもと・しほこ
京都市立美術大学西洋画科卒業。藍染めの中に自然の美と力を見出し、空間を意識した作品を精力的に制作。国内だけでなく、スイス、スウェーデン、フランス、アメリカなど世界各国の展覧会に作品を発表して注目を集めている。