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9. 琥珀のしじまの音岡田節人の「音楽放談」

今年(1996年)の4月は、思いがけずラヴェルの音楽が身近にあった。大友直人指揮による4月の京都市交響楽団定期演奏会はラヴェルの作品だけからなり、日本一フランス音楽アカデミーの教官として来日中のプリュデルマッシェールは2曲のピアノ協奏曲(1つは左手のためのもの)を素晴らしく演奏し堪能させた。その数日後、京都御室(おむろ)のM邸での、寒かった冬のおかげで遅く咲いた桜のお花見の会で、同席した京都在住の新鋭ピアニスト阿部裕之(京都市立芸術大学助教授)から、彼の演奏と制作による、ラヴェル作曲集のCDを戴いた。これは、ラヴェル演奏の大権威であるペルルミュテールと親交のあった阿部のいわば入魂のCDである。そして、私は阿部自らの執筆した解説書に素晴らしい一文を見出した。それは8曲からたる「高雅にして感傷的なワルツValses nobles et sentimentales」の第2曲に寄せたものである。

「2曲目は琥珀に閉じ込められた古代の昆虫です。まるで宝石のように、見る位置によってさまざまな色と光の表情をもっています。琥珀のもつ繊細さと優しさが、虫たちを守ってきたのです。何千万年ものあいだ彼らは一体どんな夢を見続けているのでしょうか」

これは、まさに生命誌そのものであり、ピアニストがラヴェルの典雅きわまりない音楽を通じて、生命誌のオマージュを語っているようにも私には思えるのである。

「生命誌とは何ですか?」という、理屈っぽく教訓あるいは啓蒙志向的な質問に、昨今いささか辟易している私には、じつにさわやかな話であり、生命誌は一方では学に通じるのはもちろんとして、他方では詩に通じる喜びを見出したのであった。

高雅にして感傷的、という形容詞を冠したこのワルツ集は、ラヴェルがシューベルトの「高雅なワルツ」「感傷的なワルツ」に楽想を得て作曲し、1911年に初演されている。

シューベルトの曲は、これほどに純真で素朴な音楽の美が他にあろうかとさえ思わしめる名曲だ。シューベルトのウィーンの田舎風の舞曲は、ラヴェルによって見事にパリのサロン風に変容している。この曲は「なんの実益もない新しい試み」と評され、これをラヴェルは得意がっていたという。ラヴェルのこうしたダンディズムは生命誌の一面である楽しみに通ずるものでもあろう。

この曲は、ラヴェル自身によって管弦楽曲に編曲されているが、琥珀のたたずまいはピアノ曲のほうがより豊かに味わえるようだ。

[参考]
「阿部裕之プレイズ ラヴェル」
KYOTO RECORD、R-400667

オケ版は、「クリュイタンスの遺産vol.4、ラベル管弦楽曲集第2集」(クリュイタンス指揮、フランス国立放送局管弦楽団EMl 18MN-1004)がモノ録音だが美しい。