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Special Story

未知なる微生物世界

べん毛モーターの多様性:
相沢慎一

バクテリアや原生動物などの小さな生き物が、“べん毛”を使って動くことはよく知られている。ところが同じべん毛でも、バクテリア(核のない原核生物)のものと、ミドリムシやゾウリムシなどの真核生物(核のある生物)のものとはまったく別の仕組みではたらいている。

真核生物のべん毛はまさに“鞭毛”という名前にふさわしく、むち打つことによって推進力を生みだす。べん毛の中に微小管という繊維が何本もあって、それがお互いにずれることでむち打つのである。

一方、バクテリアのべん毛は、フラジェリンというまったく別の種類のたんぱく質でできた繊維で、根元にある「べん毛モーター」と呼ばれる構造体が回転し、推進力を生みだしてしる。
 

サルモネラ菌のべん毛モーターができる仕組み

べん毛モーターは、大きさがほんの数十ナノメータしかない。人間が作った世界最小のモーターと比べても、何万分の1という大きさである。ところが、その小さなモーターにも、たんぱく質でできた回転軸(ロッド)、軸受け(リング)、ユニバーサルジョイント(フック)など、人工の機械と同じような部品が存在する。
(図案=相沢慎一、図作成=GRAPHIC MAN)

私たちは、この“分子機械”とも呼べるような小さなべん毛モーターが、どのような構造をもち、どのような仕組みではたらいているかを長年にわたって調べてきた。その結果、軸となって回転するロッドとそれを支える軸受け(リング)など、人工の機械とそっくりの構造をもっていることがわかってきた。今では、個々の部品の組み立て順序まで詳しくわかっている(図)。さらに試験管の中で、一つ一つの部品を順番に入れ、自己集合によりモーターを再構成させることも試みている。

ところが最近になってあることに気がついた。今までべん毛モーターの研究には、サルモネラ菌というバクテリアがおもに使われてきた。その理由は、たまたま実験に使いやすい性質をもっていたからで、とくにこの菌がバクテリアの世界を代表しているからではない。自然界にはいろいろな種類のバクテリアがいて、その多くがべん毛を使って動いている。なのに、それを研究する人がほとんどいないのである。

私たちは今,バクテリアのべん毛モーターのはたらきを調べるには,多様なべん毛を調べることが必要だと確信して,枯草菌,根粒菌,ビブリオ菌などいろいろなバクテリアを調べている。枯草菌については,すでにすべての部品をばらばらに取り出し,詳しい構造を決めることに成功した。サルモネラ菌では4個あるリングが,枯草菌では2個しかないという,以前から言われていたことも確認することができた。

べん毛モーターというたった一つの構造にも,多様性が見えてくる。それが自然界の面白さだ。1種類のバクテリアを調べるのでさえ時間がかかるので大変だが,ここから,バクテリアの進化の謎に迫れるかもしれないと張り切っている。

さまざまなバクテリアのべん毛モーター

モーターの形態が微妙に違うのがわかる。
①海洋性ビブリオ菌②根粒菌③枯草菌(電子顕微鏡写真=相沢慎一)

(あいざわ・しんいち/帝京大学理工学部助教授)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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