死海にて。人と自然の関係を思索する。

現在の経済学は、ニュートンの古典力学をモデルにしているので、“均質に、そして無限に流れる”「直線的な時間」を前提としている。経済学が現実の経済問題に十分答えていないと言われるようになって久しいが、その原因は、今述べた「時間」のとらえ方という根本的なところにあるのではないだろうか。

たとえば「労働時間」をとってみると、週休二日制も普及し、働く時間は昔に比べずいぶん減っている。しかし、逆に私たちの「忙しい」「仕事に追われる」という感覚はむしろ強くなっているように思われる。なぜだろうか?

ここで「(仕事の)時間密度」という概念を導入してみよう。そう、「時間密度」が圧倒的に大きくなっているのである。単純な例で、以前なら東京のサラリーマンが北海道に行く出張は一泊二日の仕事だった。ところが今は、日帰り仕事。単位時間にする仕事が倍になっているのだ。ストレスがたまるのも当然だろう。

さらに次の点が重要だ。経済は、ある段階までは、物の豊かさ、つまり豊かさの「絶対水準」が上がるという形で成長する。ところが、ある段階を過ぎると、経済成長はほとんど、「スピードが速くなる」ことしか意味しなくなるのだ。すると、経済が成長したと言われても、豊かになったという実感はなく、「忙しくなった」という感覚ばかりが増すことになる。

考えてみれば、ほとんどの経済指標は、富の生産や経済活動の「単位時間あたりの」量で計られている。これを逆に言えば、「経済成長率」が少し落ちるということは、「生きていくスピードをちょっとゆるめる」ということになる。経済学も時間について考え直さなければならないところにきているわけで、生物研究に歴史と関係という視点を取り入れ、時間の流れに重きを置く生命誌と、協同していく可能性を感じている。

(ひろい・よしのり/千葉大学法経学部助教授)