季刊誌「生命誌」通巻25号

Experiment

葉の腹と背

澤進一郎
日常、気にもとめない植物の体の軸。
じつはきちんと定められた3方向の軸があります。
シロイヌナズナの葉で、腹と背の軸について研究。
遺伝子の駆け引きがここでも見えてきます。
森林に低密度に生育するホオノキ
葉の腹側と背側
1葉の3方向
2背側の細胞
3腹側の細胞
 子供の頃、笹舟をつくったり、松の葉で引っ張り相撲をして遊んだ記憶がおありと思う。食料としてはもちろん身近な植物の葉だが、どのような遺伝子によって形づくられるのかは、まだあまりよくわかっていない。
 葉は、茎頂分裂組織のすぐ脇で、盛り上がるようにして発生してくる。その盛り上がりを葉原基と呼ぶ。葉原基は次第に縦、横、高さ(厚み)の各方向(軸)に細胞分裂し、葉の各細胞に分化していくわけだが、それぞれの軸ごとに細胞分裂、細胞分化のパターンが異なる。縦軸には、葉の付け根から先端の方向に向けて維管束が形成され、葉の内部組織にも分化の違いがはっきりと見られる。横軸に関しては、左右非対称の葉もあるが、多くの場合は左右対称だ。高さの軸(背腹軸)方向は、縦軸、横軸ほど細胞分裂は活発でないが、細胞の分化は様々だ。
 植物に腹と背があるの?と言われそうだ。動物では、腹側は地面に近い側、背側は地面から遠い側を意味する。植物の場合、一概に腹側と背側の定義はできないが、葉については動物のように地面に向いている面を腹側、地面とは反対側の日光を浴びる面を背側と呼んでいる。
 まず、葉の腹と背にはどんな違いがあるのだろう。
 葉の背側の細胞は日光を効率よく受け取って光合成をするために一列に並んだ柵状組織を形成する。一方、腹側の表面には雨の日でも呼吸がしやすいように気孔が数多くつくられ、内部には空洞が多い海綿状組織が形成される。背側と腹側では表皮細胞の大きさも違っている。この葉の背と腹の違いはどのような遺伝的メカニズムでつくられるのだろうか?  キンギョソウやシロイヌナズナ、トウモロコシで背側をつくるのに必要な遺伝子が見つかっていたが、腹側に特有の遺伝子はこれまで知られていなかった。腹側の形成に異常を示す変異体がとれなかったからである。それは、腹側ができないと、結局死んでしまうか、もしくは、腹側をつくるための遺伝子がたくさんあって、1つを壊しただけでは表現型が変わらないからだと考えられてきた。
FIL遺伝子の働いている場所
FIL遺伝子の働いている場所
4花の原基
ガク、おしべ、めしべの腹側で働いている(花びらは見えていない)。
5葉の原基
葉ができる時に腹側だけで働いている(朱色に染まっている部分)。
6一つ一つの細胞の中では核で働いていることがわかる(青色に染まっている部分)。
FIL遺伝子の働いている場所
 我々は花の形成異常を示すfilamentous flower (fil) 変異体を解析してきた。この変異体には葉の腹と背の異常は見られず、花形成に関わる遺伝子として塩基配列を解析した結果、他の遺伝子の働きを調節する転写因子らしいことがわかってきた。転写因子であれば、核内で機能するはずと考え、FIL タンパク質が細胞内のどこに存在するかを検討した。すると、やはりそれは核に局在した。続いて、FIL 遺伝子が植物体のどこで働いているかを解析した。その結果、すべての器官の腹側だけで機能していることが明らかになったのだ。FIL 遺伝子を花形成遺伝子と考えていたので、この結果には非常に驚いた。その後、シロイヌナズナにはFIL 遺伝子と類似した遺伝子が少なくとも6個存在しているとわかり、そのためにfil 突然変異体では葉に異常を示さなかったのだと現在では考えている。  さて、FIL 遺伝子は本当に腹側の形成に関与しているのだろうか。私たちは野生型のシロイヌナズナでFIL 遺伝子をどこででも働くようにするFIL 過剰発現の実験を行なった。野生型の葉の背側には、通常トライコームと呼ばれる三つ又の毛が形成されるのだが、FIL 過剰発現株ではトライコームがあまり形成されず、葉が針状になった。これは、FIL 遺伝子がどこででも働くようになったために、葉の背側まで腹側になったことを意味している。「背に腹はかえられない」と言うが、この植物体では、まさに「背は腹にかえられた」のだ。しかし、このような個体は成長せず、ほとんどが死んでしまった。ある程度葉が展開し、一見野生型と変わらない表現型を示した個体でも、電子顕微鏡で葉の背側をよく観察すると、腹側に特徴的な小さい細胞や気孔が数多く形成されていた。
 これらからFIL 遺伝子は葉の腹側を決める遺伝子として働いてると考えてよい。我々はシロイヌナズナでFIL 遺伝子を解析したが、イネでもこれと相同な遺伝子が存在し、やはりいろいろな器官の腹側で働くことがわかってきている。
 FIL 遺伝子は多くの植物種に存在し、多くの種で葉などの器官の腹側決定に関与していると考えられる。現在はFIL 遺伝子の機能を詳細に解析中である。
マイクロサテライトの塩基配列の例
FIL 遺伝子を植物体全体で働かせてみると・・・
7葉はほとんど展開しない。たまたま展開した葉はぼこぼこしている。
8電子顕微鏡で葉の表面を見ると、背側なのに腹側の細胞がところどころに見える。
9葉を生みだしている成長点。ほとんどの葉は針状のままで展開しない。
(図=森由紀子/東京都立大学、写真=澤進一郎)
(さわ・しんいちろう/京都大学理学研究科、現・東京都立大学助手)
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