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Experiment

森林の多様性を解く

井鷺裕司

森林には、マツ林、ブナ林のように、特定の樹木で優占されるものがある一方で、いろいろな種類の樹木で構成されているものもあります。
さまざまな森林で、樹木はどのように更新されていくのでしょう。
樹木の親子関係を調べることで、その仕組みに迫ります。


生物多様性の重要性が指摘されているが、きわめて多くの生物のすみかとなっている森林で、生態系が維持されている仕組みを知るためには、それぞれの樹木の繁殖戦略を知らなければならない。

また、地球上すべての森林生態系が何らかの人為の影響を受け、断片化や孤立化が進んでいる今日、離ればなれになった樹木の集団間で、どのように遺伝子が交換されるのかを知ることは、森林の保全上意義がある。

ここで例にあげるホオノキは、日本でもっとも大きな花(直径15~20cm)を咲かせる樹木で、約1カ月間周囲に甘い香りを漂わせる。もっとも、個々の花の寿命は数日で、花弁が開く1日目は雌、翌日は雄として花粉を散布する。日本の森林で普通に見られるが、花を咲かせるほど大きな個体はせいぜい1haに数本だ。

森林に低密度に生育するホオノキ
(写真=田中肇)

このように低密度でも消えることなく、安定して存在するのに、どのようなメカニズムが働いているのだろう。私たちはまず、花粉や種子が運ばれる距離を調べた。新しい世代が生まれるときに、どこへどのように遺伝子が移動していくかを調べようというわけだ。

樹木の親子関係は、マイクロサテライトマーカーを用いて探る。マイクロサテライトとは、DNAの中で1~6塩基のある決まった配列が何度も繰り返されている部分で、真核生物のゲノムには無数にある。しかも繰り返し数は個体ごとにさまざまなので、個体識別や親子判定のためのマーカーとして利用できる。

茨城県の山中で、ホオノキが生育している一つの谷全体(約70ha)を調査地とし、開花・結実しているホオノキの親個体と、林床で生育している稚樹とからDNAを抽出してマイクロサテライトを比べ、親子関係を調べた。
 

 

ホオノキの花。写真上はメスの時期。下はその翌日、オスの時期。おしべが開いて花粉を出す。

ホオノキ属はポリネーター(花粉の運び屋)としてあまり優秀でないと考えられている甲虫が授粉役をするので、1haに1、2本しか開花個体がない状態では、花粉の交換はあまりないだろうと思われていた。しかし、稚樹や種子の花粉親を解析したところ、平均131m、最大540mの花粉の移動が確認できた。この花粉移動距離は、今まで様々な樹木を対象に測定された中では最大級である。

マイクロサテライトの塩基配列の例。この場合、「CT」という配列が19回繰り返されている。(遺伝子座M17D3)
マイクロサテライトでわかる親子関係。
(a)は親の樹で、2種類のマイクロサテライト(M10D3とM6D3)のパターンを示している(青と緑。赤はサイズマーカー)。
(b)自家受粉による種子のパターン。それぞれのマイクロサテライトで2本あるバンドが、aと同じ、または片方のみ同じで、別の樹の遺伝子は入ってきていないことがわかる。
(c)他家受粉による種子のパターン。aと同じバンド(1本)に加え、異なるサイズのバンドを1本もち、他の樹と交配したことがわかる。実際の研究では、何種類ものマイクロサテライトの比較結果を総合して、親子関係を判定する。

そればかりか、谷の中心部に生育する稚樹のうち、両親ともが調査地内にあるのは1/3にすぎず、他の1/3は片親が、残りの1/3は両親とも調査地外にあった。稚樹の遺伝子の半分が谷の外の個体に由来することになる。

両親とも調査地内になかった稚樹は、谷の外で受粉・結実した種子が、鳥に運ばれてきたもので、片親だけが見いだされた稚樹の種子は、谷の内外の個体間で受粉したものだろう。谷と尾根というはっきりした地形的隔壁をものともせず、予想をはるかに超える距離間で、活発に遺伝子交換を行なっていたのだ。

さらに、樹木から採集した種子には自家受粉に由来するものがたくさんあるのに、林床の稚樹には一つもみられなかった。自家受粉のものは、他個体と受粉した種子由来の個体よりも生活力が弱く、成長の過程で枯死してしまうのだろう。

樹木の花粉移動距離や自家受粉の割合は、種の特性を反映し、種ごとに特定の値をとるとされてきたが、今回、一つの個体から採集したサンプルで、花ごとに、花粉親の組成、自家受粉率、花粉移動距離などが著しく異なっているという意外なことがわかった。

調査地地図。約70haの調査地、PlotAの範囲にあるすべての繁殖個体83本を解析。91本の稚樹が生育するPlotBは、谷の中心部に位置する。稚樹の親がPlotA内に見つかったものについては、親子関係を線で結んでいる。

一本一本の樹や個々の花における開花時期のずれ、そしておそらくは遺伝的な相性などが、多様な遺伝子交換のパターンを生んでいる。今まで、野生樹木集団ではあまり注意が払われていなかったこれらの要因によって、繁殖様式は大きく影響を受けているのだ。

ホオノキのほかにも、個体数が少ないにもかかわらず、森林内で安定して存在する樹木には、トチノキ、ヤマザクラ、カツラ、ハリギリなどがあり、種群全体として森林の大きな割合を占めている。従って、森林の多様性維持の仕組みを明らかにするには、まず、それぞれの樹木の種特性を理解することが必要だ。

野生樹木を対象に、マイクロサテライトのような遺伝マーカーで繁殖の様子を明らかにした例は少ない。ホオノキでわかったような特徴が、他の樹木に共通するかどうか、開花時期などの種特性や、生育域の広さなどの環境要因がどう影響するか、といった疑問を解決するために、私たちは、いろいろな樹木を対象に繁殖様式を解折中である。
 

ホオノキ観察用のやぐらを設置しているところ(1999年春)。これに登って、花ごとに、開花時期や訪れるポリネーターを観測し、花粉や種子を採集する。 

樹木の開花、結実、発芽、成長、そして開花というプロセスをマイクロサテライトマーカーという新しい道具で追うことによって、新しい森林像を捉えたいと思っている。

(いさぎ・ゆうじ/森林総合研究所関西支所)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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