季刊誌「生命誌」通 巻26号
DNAを描き出す:目次>「DNAって何?」 ─ 研究者の立場から
DNAを描き出す
「DNAって何?」 ─ 研究者の立場から:升方久夫
生命誌研究館は"科学のコンサートホール"。今回は、映像を使ってDNAの構造と働きの一部を"演奏"することにチャレンジしました。まだまだ演奏は手探りですが、舞台裏にはそんな私達を支えてくれた多くの人たちの協力がありました。 「コンピュータグラフィックス DNAって何?」ができあがった過程を皆さんも一緒にたどってみてください。
DNAの二重らせん
染色体は細胞分裂するときだけにDNAがとる状態の名前
(松木洋)
 私は、生命体の基本物質であるタンパク質やDNAの機能を理解したいと考えている。機能を知ることのなかには「形」を知ること、さらに多くの場合「動き」を知ることが重要な意味をもつ。しかし、実際の研究では形や動きの理解まで到達できない場合が多い。とくにDNAやタンパク質のように小さな分子が細胞の核という奥まった部屋の中で働いている場合にはその現場は見られない。
 たとえば、DNAが複製される時を考えてみよう。DNAの二重らせんはお互いに反対向きであり、DNA合成酵素は一方向にしか働けないので、二本のうち一方は、合成が進むべき方向とは逆向きに少しずつ鎖を合成するほかない。この時、短い鎖を作り終わったら酵素は次の始まりのところまでピョンと跳ぶのだろうか、など見てみたいと思う反応がたくさんある。
 今回の「DNAって何?」という企画は、形にできないものを形に表し、動きを追えないところを表現しようという、本来研究者が夢に見ながらも現実には到達できない領域を埋める挑戦であり、創造であったと思う。科学的にわかっていることは「点」と「点」にすぎないので、その間を埋め、さらに時間軸を加えて動かすことにより、はじめて人間の感性に理解可能なものとなると言ってよいだろう。RNAポリメラーゼが実際に近い速さでRNAを吐き出しながらDNA上を疾走していく姿は、RNA合成反応速度のすさまじさをみごとに伝えてくれたと思う。
細胞の中はこんなふう?
細胞の中はこんなふう?(川村りら)
 しかし、形や動きをつける過程は少なからず「危険」を伴う作業でもある。たとえば、mRNAは合成されている途中ではどんな立体構造をもち、どのようにして最終的な高次構造に到達するのだろうか、あるいは、いらない部分を切り取られたmRNAは直鎖状のまま核膜孔に運ばれていくのだろうかなど、形にしたことによって喚起された疑問がたくさんある。だから、明確な「形」と「動き」を示してしまったところで作り出されるイメージが、果たしてどれほど真実の姿に近いものか、誰にもわからない。
 しかし、我々研究者も常にある種のイメージを構築することによって科学的理解が可能な領域を広げる手段を思いつくのであり、この作業こそが科学の創造性にあたるのではないかと思う。自分の研究対象が画面の中で自由に動き廻る姿を見て、じつに新鮮な驚きを感じた。このような企画が、研究者と専門外の人との間に共通の場をもたらし、新しい理解の出発点となるのではないかと期待している。ちなみにわが家では、高校生から小学生までの3人の子供がこの映像を見て初めてDNAの姿を理解してくれたように思う。
(ますかた・ひさお/大阪大学理学部生物学科教授 )

INDEX
  正確に研究を表現したい ─ 意味のある絵をつなぐ:工藤光子
絵をおこす:川村りら
音を作る:岩野剛晴
絵を動かす:松木洋+松本順子
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