生命誌ジャーナル 2009年 秋号

TALK — 対話を通して —

年間テーマ「めぐる」
劇的に変化してきた地球と生命:田近英一×中村桂子

 天文好きに始まり、最も身近な惑星は地球と気づいて地球物理学科へ。大学院では惑星科学を専攻し、「地球大気の進化」がテーマとなって、生物との関連が見えてきたところで、「地球凍結」という事実にぶつかったという。そして今、凍結までも含めた地球の歴史を追う眼は生物にも宇宙にも向いており、生き生きしている。好きという気持と論理的思考と柔らかい発想が一体となって魅力的なのだ。次のお話を楽しみにしている。(中村桂子)
田近英一(たぢか・えいいち)
1963年東京生まれ。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。理学博士。2002年より東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻准教授。専門は地球惑星システム科学。地球をシステムとして捉え、地球環境の進化を追う。著書に『凍った地球―スノーボールアースと生命進化の物語』『地球環境46億年の大変動史』ほか。

1. 学問の分野を横断する
(中村)
 生命誌では、38億年という長い時間をかけて生きものがどのように多様化したのか、その歴史を見ているのですが、そのためには地球の動きを知らなければなりません。実は田近さんの『凍った地球』(註1)はとても参考になり、書評をさせていただいて、私は地球を生きものが暮らす場として見ているのですが、田近さんは地球そのものを見ることで、生きものをも見ていると同時に、宇宙ともつなげて考えていらっしゃる。そこの広がりがとても面白くて、ぜひお話を伺いたいと思いました。
(田近)
 大変光栄です。今日はよろしくお願いいたします。私は学生の頃は地球物理学を専攻して、博士号をとった後に地質学の助手になりました。大きく言えばどちらも地球科学ですが、まったく分野の違う世界です。地質学は100年以上の歴史があり、歴史的に見ると生物学に似ています。
(中村)
 どちらも博物学を出発にして、多様な試料を集めて比べますね。
(田近)
 ええ。それに対して地球物理学は物理学から派生した分野ですから、ある種の法則性を見出します。例えば進化にも法則性があるとする。地球の進化なら冷えることです。熱力学の法則に従って、最初は熱い状態だったものが徐々に冷え、いずれ月のように活動を停止して惑星としての死を迎える。しかし実際の地球の歴史では、物理学では予測できない、確率的に生じる一回限りの出来事が大きな意味を持っていたりします。
(中村)
 歴史は直線的ではありませんね。ですから現代科学では扱いにくい。それなのに地球物理学から地質学へ移られた理由は何ですか。
(田近)
 大学院では、地球大気がどう進化してきたのかをテーマに研究していました。これは地質学の側から見ても興味深いテーマです。地層の観察と分析からそこで起きたことはわかっても、メカニズムや定量的な見方は難しい側面がありますが、物理学の手法を用いればシナリオが描けるわけです。
(中村)
 本を読んだ時、学問に対してとても柔軟な考え方をしていると感じましたが、学問って硬いものですよね。最近はよく学問の横断とか融合とか言われますが、難しいですね。地球物理学や地質学の中にいる方は「この学問はこういうものだ」と思っていて大変ではありませんでしたか。
(田近)
 両者には今でもそういう思いがあります。
(中村)
 地球をめぐる学問では、分野を超えて研究なさるのは珍しいことでしたか。
註1:新潮選書『凍った地球―スノーボールアースと生命進化の物語』
田近英一著。新潮社。
(田近)
 当時としては極めて珍しかったですね。いまでもそうした例はあまりありません。でも、地球史を研究するのに実際に何が起こったかを知らずして、計算機だけで語ることに限界があるのを感じていましたし、私自身もコンピュータではわからない世界を見たかったのです。その時に地質学の方から地球物理の人間を受け入れていただいたのは幸せでした。地質学はフィールド科学が基本で、野外でいろいろなものを観察しますが、自分の眼で見ることで、現実が非常に複雑であることを実感できます。生物学もそうだと思いますが、自然は観察が基本ですよね。同じものを見ても熟練した人でないと見えないものがある。(写真1, 2)
(中村)
 顕微鏡もそうです。細胞の中の微小な構造などは、専門家でない人が見たら何があるのかさっぱりわかりません。
(田近)
 最初に学んだのが地球物理学と地質学では見るべきポイントがまったく違うということでした。それを何とか融合するのを長年の課題にしてきました。地球をシステムとして見ると、大きな変動は見えやすいんです。それで、22億年前のスノーボールアースと6500万年前の隕石衝突のような大きなイベントを地質記録と理論の両面から研究しています。
(中村)
 人間の歴史も、革命のような出来事で語りますね。歴史は連続していますが、ところどころに不連続な部分があり、そこを見ると歴史が見えやすい。生きものの場合も同じです。今の二つのでき事は、生物の絶滅につながっているもので、知りたいところです。
(田近)
 最近は古生物学が現在の生物や化石中のDNAを利用した研究をするようになり、現代を扱う生物学、特に分子生物学との距離がとても近くなってきたと感じています。生物学では分野の違いはどうですか。
(中村)
 科学のお手本は物理学で、普遍的な法則を求めるものとされていましたから、20世紀に入っても博物学の延長にいる生物学は遅れている分野だとされました。そこへDNAがすべての生きものの基本物質であることがわかり、分子生物学が始まった時は、これでようやく物理学に肩を並べられるという大革命でした。私はその頃ちょうど学生で、化学を専攻していたのでむしろ分子生物学にすんなりと入れましたが、生物学の本流の研究室にいた友人は、分子生物学が重要だなどと言うと、先生方から猛反対されると嘆いていました。外からの方がやさしいというのは学問の性質を示しているのでしょうね。
アメリカ合衆国・スノーウィパス累層群
写真1:アメリカ合衆国・スノーウィパス累層群
地層の上下関係を調べている
カナダ・ヒューロニアン累層群
写真2:カナダ・ヒューロニアン累層群
石灰質の岩石試料をエンジンカッターを使って切り出しているところ

写真1、2ともに原生代初期(約22億年前)の氷河性堆積物の調査。
(田近)
 「新しい考え方の方が合理的に説明できる」という思いと、「それまでずっとやってきた考え方を否定されてしまう」という思いがぶつかることは多いですね。地球科学の場合、1960年代に提唱されたプレートテクトニクス(註2)が一つの革命で、今まで別々に論じられていた問題が一つの枠組みで説明できるという画期的な考え方でした。今でこそ理論と呼ばれていますが、当初は日本の地質学の分野ではなかなか受け入れられず、プレートテクトニクスを支持した方は相当の信念を持って闘われたと聞いています。
(中村)
 プレートテクトニクスと言えば竹内均先生(註3)を思い出します。竹内先生からよく伺って、こちらはしろうとですから無責任に、とても面白いと思っていました。田近さんの本でプレートテクトニクスの動きが地球環境のありようを決めていると考えているとあったので、驚きました。地球科学にとらわれずに柔軟に考えたから、そこまではっきり見えてきたのではないかと思うのですが、そういう考え方の生まれた経緯を教えていただけますか。
註2:プレートテクトニクス
地球表面が十数枚の厚さ約百kmの板状の岩盤(プレートと呼ばれる)に分割され、それぞれのプレートが地球内部で生じているマントル対流に従い、年間数センチメートルの速さで水平運動をしていると考えて、地震、火山、造山運動などの諸現象を統一的に説明する理論。
※関連記事
生命誌ジャーナル44号 大量絶滅 生物進化の加速装置
註3:竹内均
【たけうち・ひとし】
(1924-2004)
地球物理学者。地球潮汐および地球の自由振動を研究。プレートテクトニクス理論で地震発生メカニズムを説明。同理論の一般への普及につとめる。東京大学名誉教授。科学雑誌『ニュートン』初代編集長。
2. 物質循環とプレートテクトニクス
(田近)
 「めぐる」に関係しますが、地球上ではさまざまな元素がさまざまな時間スケールで循環しています。火山活動によって大気中に供給された火山ガスは、水と相互作用して岩石を溶かし、海の中で溶けているもの同士が結合して沈殿する。このようなさまざまなプロセスからなる総体が「物質循環」、まさに「めぐる」ですね。私が物質循環に興味をもったのは、これが地球の環境をきめているしくみそのものだと考えたからです。
 現在の大気の組成は78%が窒素、21%が酸素、残りの1%がアルゴンで、二酸化炭素は0.03%ほどです。この中で酸素は、大気と地面が接している系だけを見ると、鉄などの還元的な鉱物と結合して数百万年で失われてしまうはずです。ところが酸素濃度はそれほど大きくは変化していません。熱力学的に不安的な状態でなぜ酸素濃度が維持されているかというと、消費される一方で供給もされているからです。これは環境を考える上で本質的なことです。酸素は生物の光合成によってつくられますが、我々をとりまく大気や海洋などの成分のほとんどを供給しているのは実は火山活動なのです。火山活動はプレートの運動によって引き起こされ、プレートの運動は地球内部のマントルの運動によるわけですから、まさに地球自身の活動ですね。火星や金星では火山活動はほとんど停止しているか、非常に間欠的にしか起こりませんが、地球の場合はまだ活発にマントル対流が起きているので火山活動も活発で、生命が活動できる環境が維持されているのです。
 なぜ地球にだけ生命が存在するのか、生命が存在できる環境が維持されているのか、海が存在するのか、また花崗岩(註4)が存在するのかという、地球にしかない特徴は実はすべてつながっているのではないかと考えられます。液体の水がない環境では生命は生存できず、花崗岩からなる大陸地殻も形成されない。液体の水が存在するためには気候が温暖でなくてはならない。これらがすべてある地球と他の惑星の決定的な違いは、地球にはプレートテクトニクスがあるということです。
註4:花崗岩
地下深部でマグマがゆっくりと冷却されてできた深成岩の一種。主成分は石英、正長石、斜長石などで、形成には水が必要。大陸地殻を構成する。海洋地殻を構成する玄武岩と異なり、地球以外の月、火星、金星などではその存在は確認されていない。
(中村)
 プレートテクトニクスは理論としては理解できても日常では実感できませんが、火山活動という形で見えているのですか。地球史としてみた時、火山活動は一定の頻度で起きているのですか、それとも変化しているのでしょうか。
(田近)
 数百万年という長さで平均するとほぼ連続的に起きています。日常ではピナツボ火山(註5)のように、数十年から数百年に一度起きる大きな火山噴火が話題になりますが、大規模火山群が存在するのは実は海の中で、中央海嶺という新しいプレートがつくられている場所です。
(中村)
 なるほど。水の中で起きているのは、人間にとっては有難いですね。ピナツボ火山の噴火の時は大変でしたものね。
(田近)
 地球の活動にもやはり波があり、プレート運動は弱くなったり激しくなったりをくり返していることがわかってきました。大陸が集まり超大陸ができると、不思議なことに地球の内部からマントルプルームという高温物質が上昇し、超大陸を分裂させます。地球の表面は有限ですから、分裂した大陸はどこかで集合して再び超大陸ができる。これはウィルソンサイクルと呼ばれ、およそ4億年の周期で起こります。この周期に合わせてプレート運動の速度も変化していると考えられています。
 プレートは最初は高温ですが、左右に拡大するにつれて冷えて重くなり沈み、それに従って海水準が上下します。世界中で同時に起きる現象ですから、世界のあらゆる場所で海水準の変動を調べれば、過去のプレート運動の激しさが復元できるのです。気候もまた物質循環と関係していて、プレートの拡大速度が早く火山活動が活発であれば、供給される二酸化炭素が増加し、気候は温暖になります。恐竜がいた約1億年前はプレートの拡大速度が非常に早く、今よりもずっと温暖なため、海水準が高く、陸地の約20〜30%相当が水没していた。一方で今から約3億年前は、他の重要な原因もあるにせよ、プレート運動は相対的に弱いこともあって、厳しい氷河時代でした。
 ところで、全球凍結は22億年前と、6億年前と7億年前に続けて2回の、少なくとも合計3回起きたと考えられています。別の見方をすると、原生代の最初と終わりに大きな氷河期があることになります。その間の15億年間は謎の時代です。氷河期になったとする確実な証拠が見つかっていないので、ずっと温暖期だったとされています。しかし、地球環境はいつも変動しているので、それだけ長期間にわたって温暖期を維持することは難しいはずです。そこを問うことが大切だと思っています。
(中村)
 なるほど。つい凍った方に眼が向きますけれど、維持の方がふしぎというお話は面白いですね。なかなかそういう見方はできませんもの。地質記録では特別なことは見つかっていないのですか。
註5:ピナツボ火山
フィリピンのルソン島に位置する活火山。1991年に約400年ぶりに起きた噴火は20世紀最大規模の噴火の一つとなる。
(田近)
 分子時計からは多細胞動物が誕生したと言われていますが、化石記録からは必ずしもそうではありません。これまで確実な氷河性堆積物は発見されていませんが、今後そういうものが発見されるかもしれず、そうなると見方が変わる可能性はあります。先ほど拝見した「生命誌のお散歩」(註6)もそうなっていましたが、以前は約2.5億〜6500万年前の中生代という時代は温暖期だと考えられていました。ところが、その後氷河性堆積物が見つかり、中生代は必ずしもずっと温暖な気候が続いていたわけではなく、寒くなったり暖かくなったりをくり返していたことがわかってきました。もしかすると、地球環境は、実はどこかに氷があるのが普通の状態で、極端に寒い時代や温暖な時代は少ないのかもません。
註6:生命誌のお散歩
17枚のガラスの積層で生命の38億年の盛衰と地球環境との関わりを表した立体オブジェ。2003年より生命誌研究館のホールに展示。
3. スノーボールアースと出会う
(中村)
 地球の環境は恒常的に安定しているのではなく、気候も数億年の周期で寒暖がくり返されるというのはわかりました。しかも、氷のある状態が普通かもしれないという見方もなるほどと思いました。それでも完全に凍った時期があったというのは、これまでの地球観からするとあまりにも劇的です。スノーボールアース仮説は、今どう考えられているのですか。
(田近)
 理論的には、全球凍結状態が地球の安定した気候状態の一つであるということは、以前から知られていたんです。凍って真っ白になった地球は太陽の光を反射するために、受けとるエネルギーは少ないですが、寒冷な気候条件では地表から出すエネルギーも少ないので、エネルギーの収支がうまく釣り合うわけです。
(中村)
 安定した状態として考え得るということですね。
 
(田近)
 そうです。では、実際の地球史ではどうかというと、そうしたことは起こらなかったと長い間考えられてきました。なぜなら38億年前に生物が誕生してから一度も系統が途絶えていないということは、生命が存在できる範囲を超えた環境の変動は起きなかったと考えられるからです。海の水がすべて凍ったら、生きものにとっては絶滅の危機ですから、そんなことは起こらなかったと考えたわけです。
 最近になって、地球はかつて全球凍結したと信じられるようになった背景には地質記録の見方の変化があります。世界中に分布する約6億年前の地層中に氷河堆積物(写真3, 4)が存在していることは昔から知られていましたが、1980年代の終わりにそれが当時の赤道域で形成されたことがわかったのです。
(中村)
 赤道に氷があるということは、地球全体に氷があるということを意味するわけですね。
(田近)
 地球上で最も暑い赤道付近が凍っているはずはないと、最初は誰も信じませんでした。ところが、その報告を疑ったカリフォルニア工科大学のジョセフ・カーシュビンク博士が、誤りであることを証明しようと検証したところ、逆にその報告を立証する結果が出てしまったのです。本人から聞いた話なのですが、研究のおもしろさを教えてくれるエピソードだと思います。
(中村)
 おもしろいですね。
(田近)
 何かの間違いだと思ってデータをもみ消していたら、その後の研究は10年か20年進展しなかったかもしれません。カーシュビンク博士はとても柔軟な人で、自分の出した結果から逃げずに、なぜ赤道域に氷河性堆積物があるかをよく考えて、1992年にスノーボールアース仮説を提出したのです。氷河性堆積物が赤道域にあるというデータを最初に出した人も含めて、他の研究者はそういうふうには発想できなかったわけで、やはり優れた研究者なのだと思います。ちょっとした違いとも言えますが、学ぶべきところがある。
(中村)
 後から考えると、誰でも考えられたような構想を最初に出すことはとても大切ですね。
(田近)
 私がスノーボールアース仮説を知ったのはそれから数年後で、やはりショックでした。それまでの私の研究は、地球史を通して地球の気候が安定していたことを何とか説明しようとするものでしたから、にわかには信じがたかったのです。ただ、全球凍結が本当に起きたとすると、なぜ起きたのか、その時生物はどうしたのかと次々に問題が出てくる。考え方を180度変えなければいけない状況でしたが、信じる方が魅力的だと思ってその方向で考え始めました。
(中村)
 そこが私が魅力を感じたところなのです。180度変えるのは、精神的にも実際の研究を進める点でも大変だったと思うのですが、それを自分の問題として考えると新しいことが出てくるだろうという発想に惹かれました。今では地球科学の分野の方はみな認めていらっしゃるのですか。
(田近)
 大まかなところはだいたい。約6億年前から7億年前に大氷河期があり、その時は赤道付近まで凍りついたことを疑う人はいません。ただ、海や大陸が完全に氷で覆われた真っ白な地球というのは理想化しすぎているとの反論もありますし、一番の問題は生物がどうやって生き延びたのかです。
(中村)
 6億年前と言えば、クラミドモナスのような藻類がいましたね。
(田近)
 スノーボールアース仮説では海も約1000mの深さまで凍ります。光が届くのはせいぜい100mくらいですから、光合成する生物は生き延びられない。ちょうどこの問題が議論されていた頃、様々な分野の日米の優秀な若手研究者が集まる日米先端科学シンポジウムという勉強会に参加したのですが、生命科学の人に話すと、みなさん「休眠状態で生きのびられるから大丈夫だろう」とおっしゃる。ところが、その期間が数百万〜数千万年となるとそれは難しいでしょう。赤道付近は凍らなかったとか、氷は光が透るほど薄かったとか、次々に亜流の仮説が出てきました。苦肉の策にも聞こえますが、生物が生き延びる環境を維持する何らかの条件を考えないと受け入れられないということです。今も完全には解決していない問題です。
(中村)
 火山の周りにいたというのはどうでしょう。
(田近)
 私もその可能性が一番高いと考えています。火山地域では地熱によって氷が融けて温泉のような場所が点在し、生物はそこで生き延びることができたという可能性です。しかし、一つ矛盾があります。物質循環は気候を含めた地球の環境を維持する基本のメカニズムですから、火山活動が弱くなれば、放出される二酸化炭素の量が減り寒冷化します。全球凍結は火山活動が非常に弱くなったからこそ起きたという可能性が考えられるので、そもそも火山地域はあまり存在しなかったかもしれません。それに、火山にも寿命がありますから、全球凍結の期間が何百万年、何千万年となってくると、火山活動が一箇所で継続することは難しいのです。
(中村)
 生物が一箇所でずっと生き延びていたとすることは難しいということですね。
(田近)
 そうなんです。生物が避難所を求めて渡りあるいたのかもしれませんが、そう都合のいいことがあるのかどうか(笑)。
(中村)
 流浪の民ですね。スノーボールアースを前提に、細部を調べてストーリーを作ろうというのが現状ですね。
(田近)
 ええ。スノーボールアースによって生物の大絶滅が起きたとは思いますが、当時の化石記録がないので、その後の顕世代に起きた5回の大量絶滅と比較してどの程度の規模だったのかはわかりません。
(中村)
 残らないけれど、殻や骨格を持たない簡単な生きものの方が生き残りやすいと言えますね。人間のように複雑になると環境の変化に対して生き残りにくいけれど、藻類など温度や乾燥のような変化に強いですし、いざ状況がよくなれば新しい展開をしていくのも上手ですね。
(田近)
 そうかもしれません。しかし、原核生物は生き延びることができたとしても不思議ではないと考えられていますが、藻類は真核生物だから難しいともいわれています。分子時計では多細胞生物は約10億年前には存在していたとされますが、そもそも多細胞生物が全球凍結を生きのびられるはずはないから、逆にそのようなイベントは起こらなかったと主張する人もいます。
(中村)
 まだまだ考えることがあるテーマですね。否定的な事例をあげていくと袋小路に入りそうですが、両立する答を探すのは挑戦として面白そうで、答が楽しみです。
(田近)
 面白いですね。二転三転するかもしれないし、仮にどんでん返しがあったとしても新しい科学の発見の可能性がありますので、ぜひ挑戦してみたい。
(中村)
 物理学でも量子力学が登場した時は、アインシュタインを含めて受け入れられない人はたくさんいたわけですね。科学って、いつもどんでん返しのくり返しと言ってもよいわけですね。事実はしっかりつかまえなければいけないけれど、必ずしもその説明が真実であるとは限らず、積み重ねてゆく過程が楽しいともいえます。
(田近)
 1回限りの地球の歴史の中で、いつ何が起きたかは、やはり理論だけではわかりません。スノーボールアースの証拠も最近の発見ですし、実際の地質記録を調べれば、次々に新しいことが発見されると思います。ストーリーは変わるかもしれませんが、全貌がわかれば真実が見えてくるわけで、それはとても楽しいことだと思います。
写真3, 4:カナダ・オンタリオ州の約22億年前の氷河性堆積物とドロップストーン
氷河に取り込まれた礫が氷山によって遠洋に運ばれ、海底に落ちたと考えられる。地層が形成された当時の環境をよみとく指標になる。
写真をクリックすると拡大図が見られます。
4. 時間と空間を重ねる
(田近)
 生物の歴史は38億年ですが、バイオミネラリゼーション(註7)によって化石が残りやすくなったのはわずか5億年前のカンブリア紀に入ってからです。それ以前の時代は生物の歴史も地球の歴史もよくわかっていません。地球の年表を見ると今から6億年前まであたりは詳しく書いてありますが、それより前になると...。
(中村)
 何も書いてない。何もなかったはずはないと思いながら。
(田近)
 だから、最初の40億年間については、よく対数目盛で表されています。
(中村)
 1階に展示している生命誌絵巻は生きものの歴史を象徴的に描いていますが、実際のスケールでは描ききれませんので対数目盛を使っています。地球の歴史を話すときも対数目盛ですね。人間が大量の二酸化炭素を排出するようになった期間は、この対数目盛に書き込めない短い時間だというところが問題ですね。地球や生命の歴史を見ていると、変化は当然だけれど、急速な変化というところが気になります。私たちの仕事で大事なことは、時間の感覚を持つことです。生命誌は38億年、田近さんは46億年を毎日行ったり来たりしているわけで、考えてみるととてつもない時間ですね。
(田近)
 時間もそうですが、空間の捉え方もこの数十年で劇的に変わりましたね。人類が地球を脱出し、それまでの国という単位に変わって地球という単位が誕生した。
(中村)
 以前にエッセイに書いたのですが、アポロ11号が月に着陸した年に、たぶん田近さんよりちょっと下の、当時3歳だった娘と満月の夜道を歩いていたら「わあ、きれいなお月様ね、まるで地球みたい」と言ったのです。ああ、違う世代の子が出てきはじめたなと思いました。今は誰もが月で撮影した地球の映像を見ることができて、「地球の出」などという言葉も生まれましたでしょう。地球という惑星。地球という空間を認識できるようになったのは、確かに大きなことですね。
(田近)
 地球の写真は1枚で直感的に伝わるものがありますね。
註7:バイオミネラリゼーション
生物が殻や骨などを構成する鉱物を作り出す作用。
(中村)
 グローバルという言葉はそういう意味で使ってほしいと思います。宇宙は137億年の歴史があるわけです。以前に対談をした小平さん(註8)に、なぜそんなに苦労をしてすばる望遠鏡をつくるのと訊ねたら「宇宙の果てが見えるから」という答でした。宇宙の果てはつまり宇宙の始まりでしょ。
(田近)
 時間を過去に遡り、始まりの空間を観るわけですね。
(中村)
 空間は時間でもある。この感覚が地球に暮らす人すべての日常感覚になればいいなと思いながら生命誌について考え、語っているのですが、なかなか難しい。
(田近)
 空間にも時間にも階層構造があります。数万年スケールで起きる現象もあれば数億年スケールで起きる現象もある。研究をする上では相対的な感覚をもつことが大事ですが、日常のスケールと離れるほど実感は難しいですね。原始人と恐竜が一緒に出てくる漫画などは良い例です。数万年前も数億年前も同じ「古い時代」だと。
(中村)
 確かに「古い」で一括りですね。自分の一生、だいたい百年を超えると日常ではなくなりますね。科学の話をする時に、事実として伝えることはできても、感覚の共有はとても難しい。
(田近)
 時間軸で捉えたら、現代は終点ではなく時間軸の中のある場所です。現在の地球の環境問題でも、二酸化炭素の排出をどれだけおさえれば、何十年かのちの自分たちの子供や孫の世代にはどうなるか、まずはそういう見方から始めればいいと思っているのですが。
(中村)
 生きものを見ていると、「続く」ことが重要というのは身に沁みます。「エコ」と騒ぎ立てるよりも、時間の感覚を持てば価値基準が変わり、何をしたらよいかが見えてくると思うのですが。少しずつ先の時間を見るという常識をつくっていくのは、「誌」あるいは「史」という言葉を使って仕事をしている者の一つの役割かもしれませんね。宇宙史、地球史、生命誌のように。
(田近)
 タイムスケールの感覚は知識や経験を通して身につくもので、私の中では、たとえば数万年と数億年の時間スケールの違いは非常にはっきりしています。
(中村)
 時間を使って考えることをされているうちに、そういう感覚がご自分のなかでできてくるのでしょう。時間の階層の話をなさいましたが、空間の階層をそれに重ねていくことも重要だと思います。細胞から個体へ、そして生態系へというのは歴史でもありますから。自然を考えることは階層を理解することなのでしょうね。
 分析的科学の一つの罪は、階層性を無視して一つの尺度ですべてを理解できる、それが学問の進歩だとしてきたことだと思うのです。でも、物理学でも素粒子がわかればすべての現象が説明できるというところから、宇宙論つまり歴史という見方が生まれてきましたね。
(田近)
 理想としては素粒子や一つの法則ですべてを説明できることでしょうが、細胞や遺伝子がわかれば生物のすべてがわかるのかどうかと同じで、それで宇宙や地球のすべてがわかるのかというと、どうでしょうね。
(中村)
 生命体を分けていていけば、水やアミノ酸などの物質からできていることは明らかです。他に特別なものはないということは承知していても、物質と生命の間には「小さなジャンプ」があると思うのです。
(田近)
 間違いなく、何かありますね。
(中村)
 科学は「これがわかれば、これがわかる」という語り口で話しますね。一般の方と話していると因果関係で説明を求められるのでつい説明してしまうけれど、因果関係は自然の一部にあてはめることはできても、自然そのものは語れませんでしょう。因果関係って、とてもわかりやすくて、小さな子供でも「こうしたらこうなるよ」と説明すればよくわかります。今までの科学は、限られた因果関係だけでは見渡せないテーマを脇において、わかるところだけを研究してきました。もちろん個々の要素を調べることは大事ですが、そろそろ子供の延長でいるのをやめて、本当の自然を見ていかないと。
(田近)
 細分化された分野の統合が必要とよく言われますが、それは全体をありのままに捉えるのとは違いますよね。
註8:小平桂一
【こだいら・けいいち】
(1937- )
天文学者。元国立天文台長、総合研究大学院大学学長をつとめる。
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(中村)
 そうなんです。新しい考え方が必要で、そこを考えないと本当の意味の科学は展開していかないところまできていると思うのです。新しい知をつくらなければいけない。田近さんの先生の松井さん(註9)は、発想が柔軟で、新しい知を求めている人だなと思います。田近さんもいい影響を受けたのかもしれない。いいか悪いかはここでおっしゃらなくてもいいですよ(笑)。
(田近)
 いえいえ(笑)。でも、教育というか、背中を見ていろいろ多くを学んできました。古典的な分析科学の仕事をされる先生についたら、たぶん今のような研究には決して発展できなかったと思います。自分に制約を設けずに、まったく新しいテーマを新しい手法でやるという姿勢は強く影響を受けていますね。
註9:松井孝典
【まつい・たかふみ】
(1946- )
地球惑星物理学者。宇宙から人間の文明まで幅広く考察する。千葉工業大学惑星探査研究センター所長、東京大学名誉教授。著書に『地球システムの崩壊』など多数。
5. 地球と生命の共進化
(中村)
 歴史を考えるとき、生きものだけを見ると、19億年前に真核生物が生まれて、11億年前に多細胞化して…と淡々と記してしまいますが、地球との関係をきちんと見ていかなければいけませんね。
(田近)
 分子時計もどこかで化石記録とチューニングしないときまりませんし、地質記録の発見によって変わることもありますね。
(中村)
 分子時計だけが単独で進んでいるわけではありませんものね。
(田近)
 ただ、地質記録には不確定性が伴います。そもそも出現した生物がすべて化石として残っているわけではなく、たまたま残りやすい条件が整ったものが残っているだけです。バイオマーカーなどは後の時代のものが混じっている可能性もあります。
 実は、光合成をして酸素を発生するタイプのシアノバクテリアがいつ出現したのかは、まったくわからなくなっています。少し前までは35億年前の化石があると報告されて、教科書にも載っていましたが、それを否定する論文が出て、スキャンダルになりましたね。
(中村)
 21億年前とされていた真核生物の最古の化石も19億年前に訂正されたりしていますね。化石記録から年代をきめるのはとても難しいなと思いました。
(田近)
 あらためてシアノバクテリアがいつ誕生したのかを考えると、一番シンプルな考え方は酸素が溜まりだす直前です。つまり、シアノバクテリアが酸素を出し、そのために酸素濃度が上昇したのではないかとする考え方です。カーシュビング博士は全球凍結と酸素濃度の増加を結びつけた面白い説を唱えています。
(中村)
 地球が凍ることと酸素の増加の結びつきはどのように。
(田近)
 氷が溶ける時に酸素が増えたのではないかと。アフリカで約23億〜22億年前に低緯度で形成された氷河性堆積物がありますが、実はそのすぐ上に地球史上初めて形成された二酸化マンガンの鉱床があるのです。二酸化マンガンの形成には酸素が必要です。全球凍結という特殊な環境下では、リンや鉄やマンガンなど生物活動に必要な、しかし通常は大量に蓄積できない元素が、海中に大量に蓄積します。それらは氷が溶けると海洋表層に湧昇し、シアノバクテリアが大規模なブルーミングを起こして大量の酸素を供給したのではないかと考えられるのです。
(中村)
 今のお話から酸素がどんどん出てくる様子を想像するとすごいですね。
(田近)
 よく光合成を盛んにすれば酸素が増えると言われますが、単純にそうではありません。光合成をした植物が死んで分解されれば、光合成でつくったのと同じ量の酸素が消費されます。通常は酸素の生産量と消費量はつりあっていますが、約22億年前には、全球凍結がポンプの役割を果たして酸素濃度が一気に増加したのではないかと考えられます。
 環境が激変した結果、酸素に富んだ環境に適応できなかった生物は絶滅したでしょう。7億年前と6億年前の全球凍結でも同様です。それがエディアカラ動物群の出現やカンブリア紀の大爆発につながったのかもしれません。全球凍結はただの地質学的なイベントではなく、地球史の中で時代を画するものとして位置づけられるかもしれません。
(中村)
 生命誌にとっても大事な切り口になるということですね。
(田近)
 地球の歴史や生物の歴史も、その中で考えると根本的なメカニズムが理解できるかもしれません。逆に何も起こらなければ面白くありませんしね。
(中村)
 それはそうです(笑)。「もし全球凍結が起きなければ生物は今でもバクテリアだけだったかもしれない」と本にも書かれていますね。確かにそうかもと思いました。ドラスティックなことがあったから、私たちヒトの誕生まで辿り着いたのかもしれないですね。
(田近)
 地球史という長い時間を通して見ると、環境の変化によって生物が絶滅することもあれば、生物の進化によって環境が大きく変化することもある。共進化という言葉がありますが、こういう研究をしていると、環境と生物にはとても密接な関係があることをますます強く感じるようになってきました。中村先生がおっしゃった「歴史を見る」ということだと思います。
(中村)
 生物学も地球に関する新しい知見を真剣に取り入れて歴史を考えないといけませんね。
(田近)
 生物の分野の方とお話すると、何十年も前の教科書に書かれていた環境変化の話を引き合いに出されて「こうだったから」と言われる場合が多いのです。最近の学説はご存じないので、なかなか話がかみ合わなくて(笑)。
(中村)
 勉強不足ですね。私も10年前のことを言いそうで、気をつけなければ。
(田近)
 最近、ワシントン大学のピーター・ウォードという古生物学者が、酸素濃度が生物の進化や絶滅と密接に関係しているという面白い説を出しています。酸素濃度が低くなると、ほとんどの生物にとっては高い山の上にいるようなもので、酸素呼吸が難しくなり、場合によっては子孫を残せなくもなる。そのような過酷な環境にうまく適応したのが恐竜だというのです。生物の絶滅や多様化と酸素濃度の変動の歴史を重ねてみると関係性が見て取れます。
(中村)
 酸素濃度の変化はかなり正確に定量されるようになってきたのですか。
(田近)
 過去5億年間については変動のパターンがわかってきました。約3億年前の石炭期には大陸上が大森林に覆われて酸素濃度は約35%にも達し、昆虫類が巨大化しましたが、ペルム紀、三畳紀になると約13%にまで減少します。数字はあくまでも推定値ですが、変動パターンについてはほぼ間違いないでしょう。生物にとっての影響は想像以上に大きかったと思います。
 面白いのは、大気中に酸素があっても海の中の酸素が少なくなる海洋無酸素イベントが頻繁に起きていることです。たとえば、海洋の循環が遅くなれば、大気中の酸素が海の表面の水に溶けても深いところには届かず、海棲生物は大打撃を受けます。史上最大の大量絶滅と言われている2億5千万年前のP/T境界でも大規模な海洋無酸素イベントが起きたと考えられていて、絶滅の一要因だとされています。
(中村)
 海と大気は別のストーリーと考えるということですか。
(田近)
 もちろん海と大気はつながっていますからそれぞれに影響しあっていますが、海の方が酸素濃度の変化に対して影響が出やすいのです。アメリカでは酸素濃度を減らすと生物の生理機能がどう変化するかという飼育実験をしています。環境ストレスを与え続ければ新しい環境に適応することもあるかもしれない。
(中村)
 なるほど、消えていくだけでなく、適応という道もあるわけですから。
(田近)
 適応した原因から当時の環境変化が見えるかもしれません。環境の変化は物質循環のゆらぎでもあります。
(中村)
 物質循環の枠組み自体がそれほど一定でなく、時々火山が噴火したり、海水準が変わったり、気温との関わり合いの中で動いているわけでしょ。環境変化は原因にも結果にもなるわけですね。
 
6. 世界観をつくる
(中村)
 中学・高等学校の理科も、生物はチョウを捕まえて、地学は石を拾って並べて名前を教えるところから、それぞれの学問の新しい成果を教えるようにはなりましたが、両者の関係まではまだまだです。これほど面白い関係があるのですから、それを考える教育をすれば、その方が面白いと思うのです。学校で教えられる理科って分析的な事実を羅列するだけですが、今日のお話をうかがっても、自然界とそれを知る科学は驚きの連続で、しかもさまざまな事柄がすべて互いに関係している。細かいことはわからなくても、自分が暮らしている地球が生きものや宇宙までつながるイメージが持てます。実はこの感覚は本来私たちには備わっているものなのではないかと思うのです。『地球環境46億年の大変動史』(註10)にはクレーターに沿ってマヤ文明の人たちの遺跡があるという話がありますね。
(田近)
 チクシュルーブ・クレーター(註11)のあるメキシコのユカタン半島は、石灰岩でできた真っ白で平らな土地で、遺跡はセノーテと呼ばれる泉の側に点在しています。泉はクレーターのへりに沿って半円形に分布しており、地下深くの川でつながっています。
(中村)
 隕石の衝突が恐竜絶滅だけでなく人間の暮らしにまでつながっているわけですね。地球の歴史をなぞるように暮らしているのが面白いですね。
(田近)
 ドイツではリース・クレーターという、自然の地形に沿って円形の城壁で囲ったネルトリンゲンという街が有名です。衝突地形と文明が関係するケースはけっこうあるのかもしれません。
註10:DOJIN選書『地球環境46億年の大変動史』
田近英一著。化学同人。
註11:チクシュルーブ・クレーター
メキシコ、ユカタン半島北部に位置する直径180kmのクレーター。恐竜などの絶滅をもたらした6500万年前の天体衝突によって形成された。
(中村)
 そこまで大きな話ではないのですが、私が住んでいる場所は、古墳時代に横穴があったところなのです。地震委員会の委員長だった浅田敏先生(註12)が「古代の人が横穴を掘った土地は地震があっても大丈夫だから、君の家は大丈夫だよ」とおっしゃってくださったのです。古代の人には地形に対する感覚が私たちよりもあるのかもしれない。
(田近)
 折り紙つきですね(笑)。
(中村)
 恐竜の絶滅のほかに宇宙と地球と生物の関係性を語るイベントはありますか。
(田近)
 たとえば、約1万3千年前、氷河期から現在の間氷期へ移行する途中、北米大陸の大型哺乳類が絶滅し、クローヴィス文化という数百年続いた石器文化が突然消えました。これはいままで謎とされてきたのですが、最近の説では、天体衝突によって北米大陸を覆っていたローレンタイド氷床という大きな氷河が溶けて急激な寒冷化が起こり、絶滅が起きた可能性が出てきました。
(中村)
 恐竜ではなく人間になると身近に感じますね。それにしても地球の歴史にはわからないことがたくさんあり、今それが次々に明らかにされているのですね。
(田近)
 天体衝突は思っている以上に頻繁に起きているのです。
(中村)
 えっ、どの程度の頻度ですか。
(田近)
 たとえば、今も広島型原子爆弾ほどの衝突は年に2、3回も起きています。規模が大きい衝突ほど頻度は低くなります。しかし、地球の7割は海ですから、仮に太平洋にそういうものが落ちても誰も見ていない。ただ、衝突によって発生した津波が太平洋側に押し寄せることは起こりうる。沖縄や離島に行くと、内陸部に津波石という大きな石があって、一夜にしてそれが動いたという類の伝説があります。もちろん地震によって発生した津波によるものという可能性もあるけれど、実は天体衝突の影響によるものもあるかもしれません。これまで成因がよく分かっていなかった地層の跡が、実は衝突によって発生した津波によるものだったとか、地球とほかの天体との関係が明らかになっていくと、人間の歴史も見方が変わっていくかもしれません。
(中村)
 宇宙については新しいことが次々わかってきていますから、その中の地球の見方が変わる時なのかもしれませんね。先日「Scientific American」にダークエネルギーは存在しないという説があってびっくりしました。ついこの間、ダークエネルギーを仮定しないと今の宇宙の膨張は説明できないと教えられてなるほどと思ったばかりなので。でも、昨日わかっていたことと、今日わかってきたことが違っていていいのが科学で、それをきちんと発言するのも科学者の役割だと思うのです。
(田近)
 その通りだと思います。それから、とくに宇宙や地球や生命の歴史に関わる研究は、ある種の世界観を形成するものだと思います。そうしたことも折に触れて話すようにしています。
(中村)
 研究は世界観の形成が重要なのに、最近はそのような考え方は流行じゃないのか、世界観を持たずに研究している人もいるような気がしますが。
(田近)
 そこはノーコメントで(笑)。日本では、いわゆる理系と文系という分け方をすると、理系で世界観を持っている人は非常に少ないといえるかもしれませんね。科学技術立国を目指すがゆえに、ある方の言い方を借りると科学者よりも「科学技術者」と呼ぶべき人が多く、そもそも理系がきわめて少ないこともあって、社会の中で科学に対する考え方が共有できていません。
(中村)
 昔は神話を共有して、みなが世界観をもっていましたね。ホーキング博士の本にあったのですが、彼が新しい宇宙観を一生懸命話したら、一番前の席の老婦人が真剣に聞いていて、講演が終わると彼女は「とても面白いお話をありがとうございました。先生のおっしゃる宇宙は、一番下に亀がいて支えているんですよね」と言ったそうです。その夫人には夫人の世界観があり、それにも関わらずホーキング博士のお話を楽しく聞いている様子が伝わってきて、割合好きなエピソードなのです。別にホーキング博士と同じ宇宙観を持たなくてもいいわけです。そうは言っても、今は神話の時代ではありません。科学は神話を否定して、みなが共有していた世界観をこわしたのですから、今度は科学の方から世界観を提示しなくてはいけません。
(田近)
 少なくともこれは共有したいというものを出さないといけませんね。
(中村)
 天動説だったところへ地動説を出すのが科学のおもしろさです。科学的な正しさだけを追うのではなく、安定感のある世界の見方を共有できるようにする役割を意識すると、研究者自身も楽しくなりますでしょう。因果関係で説明することだけが科学のようになっているのは、受けとる側の問題もありますね。今の社会は科学を役に立つものとしてしか見ないところがあります。健康に暮らすための答を教えてくれるものとして捉えている。科学は社会の中で変な存在になっています。
(田近)
 でも、少し安心できたことがありました。先日、東大の公開講演会で、ノーベル賞とフィールズ賞を受賞した研究について3人の研究者が語る企画を担当して、1200人ほどがいらっしゃいました。講演後の質疑応答の際、「これはいったい何の役に立つんですか」という、まるでサクラかと思うような質問をされた方がいたんです。
(中村)
 そういう人多いんじゃありませんか。
(田近)
 ところが、講演をした数学者の方が「何の役にも立ちません」ときっぱり答えられたら、会場いっぱい割れんばかりの大拍手でした。絵に描いたようなやりとりでしたが、会場の人たちのほとんどがそれをわかっていてくれた。
(中村)
 その質問が出なければ皆で何の役に立つのかなあと思いながら帰ったかもしれませんね。役に立つという評価以外の評価もあることは言っていかなければいけませんね。
(田近)
 世の中では応用科学がますます重視されるようになっていますが、こうした基礎科学を役に立たなくても面白いし大事だと思ってくださる方が1200人もいて、ちょっと安心しました。
註12:浅田敏
【あさだ・とし】
(1920-2003)
微小地震の観測を世界に先駆けて始める。東京大学名誉教授。1981年から91年まで日本地震予知連絡会会長を務める。
地球史と生命誌
 中村先生とは以前から一度お目にかかりたいと思っておりましたが、今回ようやく実現いたしました。豊かな知識と経験が醸し出すのであろう大変知的な雰囲気の中で対談させていただき、とても楽しい時間を過ごすことができました。
 地球と生命は密接な関係にあることは言うまでもありません。生命は、原始地球環境の中で誕生し、地球環境の変遷とともに進化してきました。地球環境の大変動は生命の大絶滅を引き起こしますが、それが生命の大進化をもたらしてきたという側面もあります。一方で、生命の進化は、逆に地球環境にも大きな影響を与えてきました。そうした地球と生命の「共進化」をさらに深く理解するために、地球史と生命誌との関係に焦点を当てた研究が今後ますます重要になるだろう、とあらためて感じました。(田近英一)
TALK

 生命誌ジャーナル 2009年 秋号

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