名誉館長の中村桂子が、情報と生命の関係を考えます。情報という切り口から、生きものたちの関わりを描く生命誌が始まります。
第二回 生命の閉鎖性と開放性
1. 情報の生命誌
「人間は40億年の歴史をもつ生きものとして存在するのであり、機械ではない」という生命誌の視点から、情報を考えていきます。
20世紀の半ばに生命体にDNAが発見され、そこに刻まれた情報の総体(ゲノム)を読み解く研究が始まりました。私が分子生物学を学びながら生命誌へと移行したきっかけは、生命体の特徴はゲノムのはたらきによる「自己創出」にあることに気づいたことでした。「ゲノムと自己創出」は、情報の生命誌を考える上でのキーワードです。
2. 「自己創出」と「オートポイエーシス」
情報の生命誌を考える上で、大いに参考になるのが、南米チリの生物学者H・マトゥラーナとF・ヴァレラが提唱した「オートポイエーシス」(注1)です。まさに「自己創出」ですから。彼らは、「生命体というシステムを構成する構成素は、相互作用し、それが連鎖的に進行することで全体がネットワークとして組織化されている」と言います。そしてこのネットワークが、構成素を産出すると言うのです。何だか面倒なことを言っているように見えますが、分子生物学を研究していれば、これは細胞をつくっているDNA、RNA、タンパク質など(つまり構成素)がネットワークをつくり、それがその構成素をつくることで生きている、という事実を示していると読み解けます。これぞ生命体です。
ここで、情報の生命誌を考える上でなるほどという指摘があります。「構成素とそれらのネットワークの総体を構造と呼ぶ。構成素は生成消滅するので、構造は可変である。しかし有機構成(構成素を産出するネットワークのうちでさまざまに組み合わせられたプロセス)は、生体が生きている限り一貫している」という見方です。これも一見複雑ですが、これこそDNA→RNA→タンパク質という分子生物学のセントラル・ドグマ(注2)です。40億年前に海中にいたとされる祖先細胞に始まり、現存生物に到るまで不変のこのプロセスこそ、生きることを支えているのです。40億年不変とさりげなく書きましたが、これってすごいことです。ここに生きものの生きものたるところがあり、他にこのようなものはありません。これを受けとめて活かすことが、私たち人間の本来の生き方でしょう。情報の生命誌のテーマです。
(注1)オートポイエーシス
ギリシャ語の「自己(auto)」と「制作(poiesis)」を組み合わせた造語。外部環境に依存しない自己決定的なシステムとしての「生命」の記述を目的として提唱された。
(注2)セントラル・ドグマ
遺伝情報がDNA→mRNA→タンパク質の順に伝達されるという、あらゆる細胞に共通するプロセス。1958年、DNAの発見者の一人であるフランシス・クリックによって名付けられた。DNA→mRNAへの過程を「転写」、RNA→タンパク質への過程を「翻訳」と呼ぶ。その後、逆転写酵素が発見され、DNA↔RNA→タンパク質となったが、核酸→タンパク質という基本は変わらない。
参考文献
『オートポイエーシス−生命システムとはなにか』H. マトゥラーナ、F. ヴァレラ著、河本英夫訳 ちくま書房 2025年(初版:1973年)
2-1.オートポイエーシスに学ぶ ―閉鎖性ということ
オートポイエーシス論では、このシステムの基本的性質が4つあげられます。①自律性、②自己同一性、③単位体であること、④入出力の不在、です。
最初の3つは、生命体では当たりまえとされていることですが、問題は「入出力の不在」です。「細胞は膜に囲まれた単位体であるけれど、物質とエネルギーは常に出入りしている開放系であるところに特徴がある」。生物の教科書にはこうあります。開放系であり、常に出入りがありながら、自己同一性を持っているのが生きものです。なのにオートポイエーシス論では「入出力の不在」、つまり「閉鎖系」ときたので何事ですか、となりました。実は、オートポイエーシス論に接したのは半世紀以上前で、関心をもち続けてきましたが、「閉鎖系」というところに抵抗感があり、考えずにきてしまったというのが実情です。
誤りでした。開放系でありながら自己同一性を担保するには、情報の出入りがあってはならないわけで、情報という切り口で見るなら生命体は「閉鎖系」です。祖先細胞に存在した「ゲノムDNAと膜で構成されるシステム」は、外部とは無関係に、生命体の基本構造として変わらず続いているのですから。物質やエネルギーの動きでは開放系、情報は閉鎖系という事実を基に、生命とは何かを考えていくことが、与えられた大事なテーマであり、ここから新しい道が見えることを期待します。
2-2.生命誌で考える 閉鎖と開放
生命体は常に自分をつくり続けています。どのような環境に置かれたとしても、ゲノムに書き込まれた情報に基づいて細胞の構成要素であるタンパク質をつくり、それらが触媒としてはたらいて、他の構成要素もつくっていくという状況は変わりません。そういう意味で閉じています。この時私たちは、内からの視点をもっています。私たちの腸の中や土、水、空など至る所で今も、40億年近く前には存在したであろうバクテリアがはたらいているという事実からも、人間に到るまでの情報の基本は祖先細胞にあったと考えてよいでしょう。閉鎖自律系として生命を見るという視点を持てなかったことを深く反省しています。
目次
- はじめに
- 第一回 「情報社会と生命」
- 第二回 「生命の閉鎖性と開放性」

