目次へ 季刊誌「生命誌」通 巻8号 
ニワトリの遺伝子をもったハエのかたち:梅園和彦
Experiment
ニワトリの遺伝子をもったハエのかたち
分子レベルの研究が進み、ハエもネズミも人間も、みなよく似た遺伝子をもつことがわかってきた。
しかし、やはりハエはハエ。人は人。形づくりの研究が明かしてくれる遺伝子の普遍性と生き物の多様性—。
 ハエの卵はやがてハエになり、ネズミはネズミの子を生む。親の「かたち」は確かに遺伝するが、精子と卵子が受精するときに形はなく、やがて胚発生を通じて子に再現される。このとき、形づくりを調節する特別な遺伝子があるということが、過去10年ほどの間にわかってきた。これらの遺伝子は他の遺伝子のはたらきを調節するたんぱく質をつくるのだが、驚いたことにハエとネズミのような脊椎動物(背骨のある動物)の間ですら、遺伝子の構造は互いによく似ているのである。
 私たちはニワトリの胚を使って、ショウジョウバエの形づくりに関係する調節遺伝子テイルレス(tailless)によく似た遺伝子を見つけ、Tlxと名づけた。テイルレス(TI)に似た何か(x)の意味である。すべての動物が元をただせば同じ祖先に由来することを考えれば、似ているのもなるほどと思われるが、同じような遺伝子が、どうやってハエとニワトリをつくり分けるのだろうか?2つの遺伝子の違いを見てみよう。
 ショウジョウバエにはテイルレス遺伝子がはたらかない突然変異体が存在する。そのハエの胚を見てみると、胸や腹はできるが、両端の尾部と頭部ができない状態で発生はストップする。この遺伝子の産物も他の遺伝子のはたらきを調節するたんぱく質で、末端部に限ってはたらいている(図1)。通常の発生では、この遺伝子は胚の頭、胸、腹、尾の区分けが確立すると尾部でははたらかなくなり、いずれ神経になる頭部の細胞ではたらき出す(図2)。つまり、この遺伝子は、まず胚の両端を確立する遺伝子としてはたらき、次に神経発生を調節する遺伝子として機能することがわかる。代謝酵素の遺伝子などとは違って、ひとつの遺伝子が機能的にはまったく異なる2つのはたらきをしているのである。
(1) (2)
テイルレス遺伝子は、ショウジョウバエの初期胚では将来の頭部と尾部の両末端(1)ではたらき、発生が進むと脳の神経になる細胞で発現する(2)。 青い部分にテイルレス遺伝子のメッセンジャーRNAが存在しており、遺伝子が発現していることがわかる(写真=J.Lengyel博士の好意による)

 これに対して、ニワトリの遺伝子Tlxは、発生の初期から後期までずっと頭部の脳組織で発現している(図38)。その後、同じような遺伝子がネズミにもあることがわかり、発現様式は同じだった。どうやら、脊椎動物のテイルレス型遺伝子(Tlx)は、脳神経の発生だけを担うようである。
ニワトリ胚におけるTlx遺伝子の発現の様子
ニワトリ胚におけるTlx遺伝子の発現の様子。メッセンジャーRNAの存在している領域を実験的に青(35)または茶色(68)に染めている
3 孵卵約2日の胚。脳のごく一部で発現している(矢印)。上が頭部で、下が尾部
4 孵卵約3日目になると、発現の領域が、前脳と中脳に広がり出す
5 4の胚を前から見たところ
68 孵卵4日胚。この場合は、組織切片上で発現部位を見ている。頭部の縦切り(6)と輪切り(78)の切片。3日胚に引き続き、脳の前方で発現が見られる
911 68の組織切片で、どこに組織があるかを見るためにヘマトキシリンという色素で細胞を染めてみる。どの細胞も一様に染まっているが、色の濃い部分には細胞がたくさん存在する
(写真311=Yu, McKeown, Evans and Umesono,『Nature』Vol.370,p377,1994年より)

 この違いは何を意味するのか? 2つの遺伝子はどちらもDNAに結合して他の遺伝子のはたらきを制御するたんぱく質をつくる。そのたんぱく質の構造を見ると、DNAに結合する領域など重要な領域のアミノ酸配列はよく似ている(図)。それにもかかわらず、なぜニワトリのTlxは頭や尾をつくれないのだろうか。そこで、ハエ初期胚の真ん中でテイルレスを強制的に発現させると胸や腹になる領域が頭や尾のようになることに目をつけ、代わりにトリのTlxをハエの胚で発現させてみた。なんと、同様に胸や腹になる部分のパターンが変化したのである。また、試験管の中で人工的にDNAに結合させる実験を行ったら、2種類のたんぱく質は、ほとんど同じ振る舞いを示した。ということは、ショウジョウバエとニワトリで、これらの遺伝子がつくるたんぱく質の性質には差が見られない、ということになる。
 調整たんぱく質の性質に差がないのに、生物によってなぜはたらき方が違うのだろうか?
たんぱく質の模式図
12テイルレス型の遺伝子がつくるたんぱく質の模式図。立体構造を無視して、直線状に伸ばしてみている。赤色の領域がDNAに結合する部分で、青色の部分にはホルモン様の分子が結合すると考えられている。小さな数字はアミノ酸の番号。パーセントつきの数字は、各領域でアミノ酸配列がニワトリTlxの配列とどれだけ同じかを表す

 それは、たんぱく質の特性を利用する制御カスケード(遺伝子発現の流れ)、あるいはカスケードを結びつける「プログラム」が、生き物により、また発生の時期により異なっているからである。たとえば、テイルレス遺伝子はショウジョウバエでは、頭と尾の構造をつくるのだから端っこでのみ機能している。これは正しいが、テイルレスが働く以前に、どこが末端か、ということが決まっているはずである。じつは、さらに初期の調節遺伝子によってこのような区分けがなされ、テイルレスは端のみではたらくのである。その結果 、胸や腹には影響せずに、テイルレスが端で必要な遺伝子群を誘導し、やがて頭や尾ができあがる。調節遺伝子群はこのような流れ作業を経ながらしだいに形を整えていく。ハエと脊椎動物では、この流れの中の各部分がときに似ていたり、ときには異なっていたりというわけである。このようにして、同じような遺伝子を使いながら、形づくりの過程で多様性が生みだされてくるのではないだろうか。
 もうひとつ、トリの遺伝子をハエで機能させても決してトリの形はできてこない。ハエの形づくりのプログラムがトリのたんぱく質の生化学的特性に応答して、ハエの形をつくるからである。今では人間もテイルレスやTlxとよく似た遺伝子をもっていることがわかっている。しかし、良くも悪くも、ニワトリバエ、人間バエなどはとてもつくれない。ご心配の向きにはどうか安心されたい。
(うめその・かずひこ/奈良先端科学技術大学院大学助教授)
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