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Science Opera

生き物が語る「生き物」の物語

生命誌版「ピーターと狼」-プロコフィエフと私:
中村桂子

今回、生命誌版『ピーターと狼』を作ることになり、そのつもりでこの曲を聴き、“生命の歴史を語る音楽”にこれほどピッタリのものはほかにはないかもしれないと感じた。

プロコフィエフの作風で誰もが気づくのは、古典を強く意識しながら、革新的であるということだろう。交響曲第一番は、まさにその典型で、名前をズバリ「古典交響曲」となっている。「この交響曲を書いた目的は、ハイドンやモーツァルトが20世紀に生きていたならば、書いたに違いない交響曲を作ることだった」。作曲者の弁である。じつは、この感覚は、「生命誌」を始めて以来、いつも私の心の中にあるものだ。「今、アリストテレスが生きていたら、DNA(ゲノム)研究の成果 をもとにしてどんな生命像を描いただろう。もしゲーテが、もしレオナルド・ダ・ヴィンチが、いやお釈迦様が・・・」。

『生命誌絵巻』と中村副館長(生命誌研究館入り口吹き抜けの階段で)。空間と時間の広がりの中で、地上の全生物がさながら大行進している(写真=外賀嘉起)

生命誌が描き出したい生命の姿の基本は、まさに“古典”の中にある。決してまったく新しいものを描き出そうとしているのではない。しかし、「ゲノム」という、今初めて私たちが意識したものを通 したときに見えてくる何かが、古くから人々が描いてきたイメージを、革新的なものとして浮かび上がらせるに違いない。そう思っているのだ。

プロコフィエフはまた、音楽には抒情とダイナミズムが不可欠だと言ったとも聞く。これもまた、「生命科学」から「生命誌」へと移ったときに考えたことだった。私がこれだけ心動かされる生き物の科学が、なぜ多くの人をワクワクさせないのだろう。そんな疑問が湧いてきたときにふと浮かんだのは、事実に頼りすぎて心に訴えようとしないからだということだった。美しく、そしてダイナミックに表現しよう。そう考えた。

そんな気持ちで『ピーターと狼』を聴くと、子供たちのためになじみやすく作られていながら、古典・革新・抒情・ダイナミズムというプロコフィエフの真髄がみごとに生きているのがわかる。いや、子供への愛情をこめて作ったからこそ、彼の本質が生きたと言ったほうがよいのかもしれない。これまた同じだ。研究館では、よく「対象はどういう人ですか。子供たちですか」と聞かれる。多くの可能性をもつ子供や若者にダイナミックに動いている現代生物学の魅力を伝えたいとは思う。でも、私たちの気持ちを高め、これこそと思う表現をすれば、子供も大人も同じように受け止めてくれるはずだと思っている。

『ピーターと狼』と私とは、偶然誕生の年(1936年)が同じだ。今年生まれる「生命誌版」の中にこめた思いが多くの人に伝わり、この版も生き続けてほしい。作曲者が初めてピアノで子供たちに聴かせたとき、アンコールが繰り返されたという“猟師の行進”では、地球上の全生物が大行進をするので。

(左)クラウディオ・アバド指揮、ヨーロッパ室内管弦楽団。板東玉三郎語り POCG-1017

(右)こんなCDが本当にできたら楽しいと思いませんか?

(なかむら・けいこ/生命誌研究館副館長)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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