進化研究を覗く

顧問の西川伸一を中心に館員が、今進化研究がどのようにおこなわれているかを紹介していきます。進化研究とは何をすることなのか? 歴史的背景も含めお話しします。

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顎から生まれる可能性

2015年1月5日

前回紹介したように、全ゲノム配列決定を戦略の中心に据えて進化に迫ろうとするときの常道は、現存種のゲノムを比べて、新しく獲得された形質と、その形質に対応するゲノム変化を見つける研究手法だ。軟骨魚から硬骨魚の進化過程では、分泌性のカルシウム結合分子が遺伝子重複により硬骨魚への進化で新たに生まれてくるというのがシナリオだった(第21話)。今日紹介する論文は、同じ手法で顎のない脊椎動物と、顎のある脊椎動物を比べた研究で、具体的には下顎のない魚(円口類)、八つ目ウナギの全ゲノム配列を決定したという研究だ。下顎のある魚類のゲノムについてはすでに発表されたゲノムを参照して比べている。

さて顎の獲得が脊椎動物にどのような影響を及ぼしたかについて面白い話がまことしやかに語られている。脊椎動物の先祖は、現在のヤツメウナギと同じで顎がなく噛むことができないため、泥の中を這いずり回って有機物を吸い上げたり、他の動物に寄生して栄養を取っていた。(図1)

図1:(上)八つ目ウナギ。口は丸く顎がない。(下)写真に見られるように、魚に寄生して生活する種もある。

このお話は先祖が顎を獲得するところから始まる。

脊髄動物の先祖はなんとか硬いものを噛みたいと思って下顎をようやく手に入れる。これに失敗したヤツメウナギの仲間は今も、泥の中を這いずり回っている。一方、顎を獲得した魚は、このおかげで餌を捕まえて噛み砕いて食べられるようになった。そのための中脳回路や顎を動かす三叉神経も発達させた。当然、食べ物のレパートリーは広がってくる。しかし、噛めるだけではいつも餌に逃げられる。もっと美味しい餌を捕まえるためには、餌に負けない素早さを身に付けたい。この願いが叶って、先祖の脳は前方へ前方へと大きくなって、美味しい食べ物を素早く捕まえることができ、また美味しい食事を楽しめるようになった。しかし、美食家になると今度は体に危険なものまで食べてしまう。例えば、細菌やウィルスが感染した食べ物だ(私たち人間もカビの生えた食物が大好きだ)。この結果時には食べ物から中毒や感染症を起こす危険が増した。そこで最後にもっと抵抗力のある体になるために、胸腺をはじめとする免疫系が発生し、少々のことでは動じない抵抗力を持つ体を手に入れた。そのおかげで地球上には脊椎動物という美食家が広く分布するようになった。めでたしめでたしというのがお話だ。

これは一見おとぎ話風だが、顎口類になると顎と同時に、前脳、免疫系が進化していることを語っている。すなわちヤツメウナギと他の魚を比べる時も、下顎、脳、そして免疫系がキーポイントになる。では、この論文ではこのキーポイントについてどこまで解明出来たのだろう。

この論文の答えを見る前に、八つ目ウナギ研究の注意点を指摘しておこう。八つ目ウナギでは受精卵から体細胞への分化が進む間に、なんと20%ものゲノムが消失してしまうことがわかっている(Current Biology, 22:1524-1529, 2012)。したがって、完全なゲノムを知りたい場合は生殖細胞のゲノムを調べることが必要になる。他にも、八つ目ウナギのゲノムには繰り返し配列が多く、ゲノム解読の完全性という面では、今回報告された塩基配列は不完全性が残る解析と考えておく必要がある。とはいえ、論文自体は7ページだが、補遺が80ページもある大作で詳細を紹介するわけにはいかないので、おとぎ話に出てくる下顎、前脳、免疫系に話を絞って何がわかったか見ていこう。

さて、全く新しい器官や組織が誕生する多くの場合で遺伝子の数が増えることが多い。これは遺伝子重複と呼ばれる現象で、前回硬骨魚の発生時、Sparc遺伝子からSparcl1、そしてSSCPが出現し、それぞれ新しい機能を担う様になったことを紹介したが、この多様性の獲得過程はこの重複の例だ。様々な遺伝子の配置の共通性を調べることで、脊椎動物は2回にわたる全ゲノムレベルの重複の後、発生してきたことがわかる。SparcからSparcl1が遺伝子重複してきたのも、ゲノムの小さな部分でだけ起こったわけではなく、実際にはこの染色体レベルで大きな領域の重複の結果だ。新しい機能を発生させるとき、それに関わる分子を1から創造するのと比べると、既存の遺伝子を重複させ、新しい機能に作り変える方がずっと簡単で効率がいい。さらにある過程に関わるある分子のセットをそっくり重複させることのできるのも、染色体レベルの重複が進化の大きな駆動力となる理由だ。この研究では、ニワトリとヤツメウナギのゲノム間で染色体上の遺伝子の配置などを比較して、2種類の脊椎動物が確かに2回の全ゲノム重複をおこした後分離してきた事を確認している。従って、この二つの種は、ゲノム重複後独自の変化を遂げたことがはっきり見て取れる。

図2:脊椎動物の進化。脊椎動物の祖先が進化するまで、全ゲノムレベルの重複が2度起こったと考えられる。

脊椎動物の祖先はナメクジ魚かホヤか、まだ議論は続いているようだが、八つ目ゲノムが明らかになることで、脊椎動物の進化過程でどのような遺伝子が獲得されてきたのかを調べることができる。驚くなかれ、私たちの全遺伝子のうちたかだか1.5%しか無脊椎動物と違っていないことが明らかにされた。最終的に236個の遺伝子がリストされている。さて、肝心の顎の進化だが、この研究はこの問題に迫ることは諦めているようだ。しかし、この分野は研究人口も多く、研究が活発な分野だ。これまでヤツメウナギと硬骨魚の間で、頭部構造の進化を遺伝子発現の違いと対応させる試みが進んでいた。中でも、発生段階で脊椎動物しか見られない後脳の分節化について、分節的発現(図3にその例を図示する)が見られるhox遺伝子、Krox遺伝子、Kreissler遺伝子の発現パターンを比べ、幾つかのシナリオが書かれていた。

図3:顎口類後脳での分節的遺伝子発現。顎口類の後脳ははっきりとした分節化が見られる。また、それぞれの分節に対応して顔面神経や三叉神経などの脳神経が派生する。一方、ヤツメウナギでは形態学的にこのような分節を見ることは難しい。しかし、Krox20遺伝子の発現を調べると、ヤツメウナギでもはっきりと分節的発現が見られる。

中でも我が国CDB倉谷らは、ヤツメウナギの後脳でKrox20遺伝子の発現が分節化しているのに、Hox遺伝子が分節化していないという観察から、円口類から顎口類への進化では、Hox遺伝子が後脳の分節化に関われるよう機能統合されることが大きなイベントであるというシナリオを提出している。(Murakami et al, Dev Biol, 280:249, 2005)。しかし最近になって、違った発生段階を選んで調べればHox2,3遺伝子も後脳で分節的発現をしていることが示された。(Parker et al, Nature, 514:490, 2014)。このため、倉谷らの説は再検討が必要だろう。いずれにせよ、下顎も含む頭部形態の進化には新しい遺伝子はほとんど必要なかったようだ。既にゲノムに存在している遺伝子、あるいはそれから重複してきた遺伝子群の使い方を少しづつ変化させて、これほど大きな違いが生まれているようだ。顎や脳の分節化の研究はゲノムだけから簡単にシナリオが書けるほど単純な過程ではなさそうだ。

では、脳の発達と、免疫系の発達についてはどうだろう。脳については期待にピタリと沿う遺伝子がありそうだ。脊椎動物で増大する遺伝子のほとんどは、期待通り神経間のシグナルに関わるペプチドや、神経をミエリン鞘で囲むために必要な遺伝子群だ。さらに、八つ目ウナギの神経はミエリン鞘で囲まれていないことが知られている。そのため神経伝達は遅く、素早さが出ない。ミエリン鞘による絶縁で神経伝達速度を上げ、増大した神経ペプチドで複雑な回路を形成して賢くなる。絵に描いたような話だ。しかし実際はそんな簡単な話でなかった。驚くことに神経のミエリン化に必要なミエリン塩基性タンパク質(MBP)遺伝子をはじめとするほとんどの遺伝子はすでに八つ目ウナギから存在していることがわかった。顎口類のミエリン鞘はシュワン細胞とよばれるオリゴデンドロサイトが特殊に分化した細胞によって形成される。ミエリン鞘が見当たらない八つ目ウナギでMBPはどの細胞で発現しているのか?そもそもシュワン細胞は存在するのか?このような具体的な課題に答えを出していくことで、おそらく素早い行動と、賢い脳を保証するミエリン鞘形成の進化を説明できる日はかなり近いような気がする。

最後に免疫系だ。実は八つ目ウナギの免疫系はよく調べられており、顎口類の免疫系とは異なった独自の系が存在することがわかっていた。円口類と顎口類の免疫系は独自の進化を遂げながらも、多くの共通点を有する様々な進化過程の中でも極めて面白いストーリーを私たちに語ってくれる。これについては次回に詳しく述べることにする。

[ 西川 伸一 ]

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