米国のトランプ大統領は全米の国公立の研究機関に対して、リベラルな(地球温暖化の研究なども)研究をする研究者に解雇を迫り、重力波望遠鏡から感染症の研究まで広範な科学研究費を大幅に(~50%!)削減し、さらに、私立のハーバード大学などへの政府補助金をゼロにする、公立大学や地方大学の予算もカットするという。少なくとも民主主義国では確立したかに見えた学問の自由と科学の尊重が、権力からこれほど露骨で全面的な攻撃を受けるとは驚き呆れる。
もっとも、トランプ政権の学問(真理を追究する営み)に対する敵意は予想できたことだった。ヴァンス副大統領は “We have to honestly and aggressively attack the university in this country. The professors are the enemy”. (我々は隠すことなく果敢にこの国の大学を攻撃しなければならない。教授どもは敵である) (2021. Nov. Speech at National Conservatism) と演説している。
また、ワクチンについて中世的な非科学的偏見を持っているケネディ厚生長官は、厚生省のCDC=アメリカ疾病対策センターの17人全員を解任し、かわりにワクチン研究の実績の乏しい怪しげな“学者”8名を後任に指名した。
トランプ大統領の交渉術は誰でもわかる。ハッタリとフェイクと恫喝である。オレが大統領になったらウクライナ戦争は24時間以内に解決だ、と何の根拠もないハッタリを言い、日本は米国のコメに700%の関税をかけている、ゼレンスキー大統領は4%の支持しかない、などとでたらめを言い、「ハマスよ、地獄のような事態になるぞ」「イランよ、手を出せば地獄を見るぞ」とやくざのような脅かしを言う。一方、手ごわいと見た独裁者にはへつらったり(プーチン)、親しげにする(金正恩)。
もちろんトランプ大統領はどんなことがあっても反省などしない。彼の一番の大敵は、科学である。当たり前だが、どんなに乱暴に脅迫しても、科学の結論は権力者の思うとおりにならない。科学は彼のウソを暴いてしまうのである。
独裁的な権力者ほど彼らに具合の悪い結論を出しそうな科学を(学問を)嫌う。 日本でも、菅首相の学術会議会員の任命拒否(拒否の理由説明も拒否)、石破首相の学術会議の特殊法人化、などはその端緒的な例である。
科学は、事実と論理によって(さまざまな形で表現される広い意味の)法則を見出し、過去と現在の事象を整合的に理解し、(いろいろなスケールで)これから起きることを予測するのに役立つ。力学は天体の動きを予測するし、電磁気学は電気製品の設計と性能を予測する。社会科学はその法則にいろいろ制限とあいまいさがあるが、それでも行動や政策の指針となるし、結果の成否からフィードバックも可能である。
したがって、まぐれ当たりはともかく、科学的論理的でなければ意図したことの実現あるいは予測したことの出現はおぼつかない。だとすると、トランプ政権のMAGA(Make America Great Again)の政策は、冷静で科学的な検討に欠けるがゆえに結局、アメリカをgreatにはしないだろう。すでに、世界ではアメリカを厄介な国と思う人は激増し、greatと思う人は激減している。また、経済学には素人の私でも、高関税政策は結局アメリカ国内の生産業の生産性向上を遅延させて、物価は上昇し、全体としてアメリカの経済を弱体化させるだろうと想像できる。
付け加えれば、独裁者でも科学をうまく使う者もいる。これこそ真に恐ろしい。ドイツのナチ党のシャハト経済相兼中央銀行総裁は、ケインズ経済学を先取りしているかのように、有効需要の創出(公共事業と軍事予算の大判振る舞い)と徴兵の拡大によって失業率ゼロの完全雇用、GDPが5年で1.5倍の高成長を実現して、ナチ党の人気はますます高まった。また、有機化学者は輸入の絶えたゴムの合成に成功し、航空工学の専門家はジェット機を開発し、ロンドンを襲うV1無人機、V2ロケットを生み出している。ただし、科学の名のもとに、民族学者は純血アーリア人優等性を主張しユダヤ人のホロコーストを正当化し、優生学者は障害者の組織的な殺害あるいは断種を企画し実行したことは記憶されるべきである。