季刊誌「生命誌」通 巻3号
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絹を吐く昆虫たち
絹を吐く昆虫たち:長島孝行/撮影 山口進
  絹を吐く昆虫たち
  絹づくり昆虫の
仲間たち
 絹を吐くのはカイコだけではない。おそらく、ほとんどの昆虫が、なんらかの形で絹を作る能力を持っているとみられる。
 絹は時に幼虫を寒さから守る布団になり、雌へのプレゼントを包む包装紙になる。
 絹は人間以上に、生物たちの大切な資源になっているのである。
絹を吐く昆虫たち
 シルク(絹)は古くから「繊維の女王」と呼ばれ、風合い、光沢、色彩などの面で他の繊維の追随を許さないものとされてきたが、価格が異常に高いこともあり、私たちの生活はもっぱら石油製品に依存するようになってしまった。
 近年、この絹タンパク質の研究が進展するにつれ、絹タンパクには生体親和性、物質透過性など意外な機能特性があることが次々と確かめられるようになってきた。この特性を利用して、たとえば手術用の縫い糸(従来キチンやコラーゲンなどの生体素材が用いられてはいたが、シルクの場合さらに抗原抗体反応が生じにくい)、コンタクトレンズ(酸素を透過する)、さらには化粧品(紫外線をカットする)などにも利用されはじめている。また、シルクを食べるとアルコールの代謝がよくなり、肝臓の機能を活発にしたり、コレステロールを下げる機能があることなども動物実験で確認されてきた。
 こんなことから、私たちはカイコのみならず地球上のいたるところに生息する野生絹糸昆虫にも目を向けている。昆虫類にはカイコ以外にも絹糸を生成するものが多い。とくにアジア諸国には、野蚕と呼ばれるサクサン、タサールサン、ムガサンなどカイコの数倍に及ぶ巨大な昆虫が生息し、そのシルクはさまざまな太さ、物性を持っている。また、マユの色も黄、緑、金色などじつにカラフルである。トゲビラという水の中に棲んでいる昆虫もシルクを分泌する。この幼虫は小石や木屑をシルクで紡いで自分の体に巻きつけて生活している。ミノムシも自分専用のシルク製の寝袋を作り、雌はその中で一生を送る。モンシロチョウも蛹になるときにシルクを出して足場を固める。また、家を作るためにシルクを出す昆虫もいる。それはシロアリモドキという昆虫で、木の表面に前脚の裏からたくさんの細い糸を出してドームを作るのである。さらに変わったところでは、オドリバエというハエで、彼らの雄は好みの雌にアプローチするときに獲物をシルクで包んでプレゼントする。また、水の中で生活しているガムシという甲虫は、自分の産んだ卵をシルクでしっかり包み、水面に浮かせることなどが知られている。
 分泌する場所もまた面白い。カイコをはじめ多くの昆虫のシルクは、唾液腺が変化した絹糸膜で作られるが、そうでないのも多い。たとえば、上記のシロアリモドキは皮膚腺が変化した腺から作られ、ガムシは卵巣の附属腺から作られる。また、アリジゴクでは、中腸の末端にあるマルピギー氏管で生成されると考えられる。そうなると、これらのシルクがはたして同じタンパク質からできているのか?アミノ酸組成はどうなっているのか?など発生学的にもきわめて興味深い問題も出てくる。
 このように、シルクは私たちの生活にきわめて重要な役割を果たしてくれる身近な天然素材であることを認識していただけたと思う。そうなってくると、このような昆虫も重要な遺伝子資源ということができる。今、私たちはフラスコの中にシルクを生成する細胞や組織だけを入れて、そこからシルクを作らせる実験も行っている。本来昆虫は、培地の中に組織が浮いているような体の構造をしているので培養はいたって簡単で、フラスコの底には短時間でたくさんのシルクがたまってくる。
 やがてこの技術が確立されていけば、桑畑もムシも必要としない、しかもきわめて多彩なシルクが作られることになり、やがてここから地球にも人間にもやさしい「新しいシルク産業」が生まれることになるかもしれない。

(追伸……『モスラVSゴジラ』の映画を観て、モスラの吐いたシルクをうらやましく思ったのは私だけではなかったと思う)
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分類学上昆虫網には30の目が知られるが、そのうち、11目の昆虫(●印)で絹生成が見られることが確認されている。
(長島孝行)
うっすらと見えるシロアリモドキの絹糸の巣
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(ながしま・たかゆき/東京農業大学農学部昆虫学研究室助手)
INDEX
  顕微鏡で見る絹の再生現場:長島孝行
絹づくり昆虫百態百様
絹づくり遺伝子に見る進化:鈴木義昭
Special Story

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