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癒しの装置一虚構の桃源郷

金子夢士


「なるようになる」が僕の好きな言葉だ。
ケ・セラ・セラではない。なる、と思ったようになる、ということだ。
人生というのは自分のイメージしたとおりになる。それが僕の哲学だ。


命令するのも、命令されるのも好きではない。大学で工業デザインを学び、それなりに就職したが肌に合わない。すぐドロップアウトし、10年ぐらい日雇い暮らしの放浪生活を続けた。三十を越えて、滋賀県・信楽(しがらき)の農家に置いてあった壷に感動し、焼き物の世界に入った。京都の窯元に弟子入りしたが、先輩の職人は言った。「二十(はたち)までにこの世界に入らなければ指が動かない。無理だ、とても飯は食えないぞ」。それがこの世界の常識だった。

でも僕には、はっきりとした一つのイメージがあった。山が連なって、青い空がある。雲が浮かび、小川が流れている。そこに薪の窯があり、茅葺きの家があり、煙突から煙がポッポと出ている。そういうところでいつか焼き物をやる、とね。

京都の焼き物の技術は確かにすごい。湯飲みを2つ作ったら、それこそ寸分違わないものができる。徳利の中身も、8酌ぴたりと同じものを作る。至難中の至難の技だけど「どや、一緒やろ」と平気でいえるのが職人なんだ。すごいけど、そんなの一緒じゃなくていいじゃないか。それが僕のやり方だった。

僕は京都を去り、奈良で自分の陶芸の場所を探した。いま住んでいるこの生駒(いこま)の場所は、僕がイメージしたのとそっくりなところだ。山があり、川があり、雲がある。規制があまりにも多くて、とても家など建たないと不動産屋に言われたが、毎日ここにきて弁当を食べているうちに、どんどんイメージがふくらんでくる。斜面の木を伐り、石畳を敷き、結局、窯場も住まいも自分で作った。「なるようになった」んだな。

最近僕のところに、五十を過ぎたサラリーマンが土をいじりにやってくる。黙々と土をこね、帰っていく。土には人の心を癒すものがある。どこかの地で、陶芸を生かした桃源郷をつくれないだろうか、と思う。リアルなものじゃなく、虚構の桃源郷を。ちょっとしたアミューズメントやエンターテイメントがあるが、ディズニーランドとは違う。なんともいえず気持ちのいい空間、いってみれば日本風の癒しの装置。いま、そのイメージ作りを楽しんでいる。これもきっと「なるようになる」さ。

生駒南中学校入口ホールに置かれた陶壁ライフ・トルネード(生命の竜巻)。

金子夢士(かねこ・むと)

陶芸家。1945年大阪生まれ。奈良県生駒市鬼取町で「鬼工房」を開く。「土師(つちし)」と称する。空間と環境をプロデュースする創造集団AWA(あわ)主宰。

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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