季刊誌「生命誌」通 巻14号 
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花をつけないシダ植物で花の起源を探る
花をつけないシダ植物で花の起源を探る :長谷部光泰
  花はどのようにしてできたか
  シダに注目する
  花作りに関与する遺伝子
  シダを調べる
  コケ植物まで戻らなければ
  花の起源
  花作りの遺伝子の起源
遺伝子を通して植物の形態進化を解明しようとしている植物分類学者の長谷部氏。 花をつける被子植物と花をつけないシダ植物の研究から、花の起源に迫る。 分類学の豊富な知識と、遺伝子レベルのアプローチが見事に合体して、わくわくするような生き物たちのつながりが見えてきた。
花はどのようにしてできたか
 植物の中で目立つのはやはり花だ。春になって花が咲いて初めて“あれ、こんなところに桜の木があったんだ”と思った体験をお持ちの方も多いだろう。
 花とは、被子植物の持つ生殖器官を指す言葉である。生殖器官は、本来必ずしも美しい形や色をしているものではなかった。私たちの身の回りの植物でもきれいな花をつけるのは被子植物、イチョウのような裸子植物の生殖器官は目立たない。花はどのようにして今のような姿になってきたのだろう。花の進化は詩人としても形態学者としても有名なゲーテをはじめ、多くの研究者によって論じられてきた。
 何が花の起源なのだろう。
 今世紀初めには、植物どうしを形で比べ、植物全体の大まかな系統関係ができ上がった。近年、DNAの塩基配列を比較して系統関係を調べる方法が生まれ、さまざまな生物に活用されるようになった。植物でもそれが行なわれている。光合成など植物が生きるために必須な生命活動を司る遺伝子は、どの植物にも存在するので、これを利用すれば、形では比べられない遠縁のものどうしでも比較できる。そして、DNA解析を行なうと、これまで形から得られていた結論とは異なるデータが出てくる場合がある。
 たとえば、現存の裸子植物は、イチョウ、ソテツ、針葉樹、グネツム類に分類され、互いに形、とくに生殖器官の形が大きく異なるので、違う系統だと考えられてきた。そして、グネツム類は雌の生殖器官が被子植物に似ているため、被子植物にもっとも近縁だと推定されていた。ところが私たちがこれらの裸子植物のDNAを比べてみた結果 、これらは皆同じ祖先から生じた仲間だという答えが出てきた。つまり、これらのうちのいずれか一つから被子植物の祖先が生じたのではなく、現存する裸子植物と被子植物が分かれたあとに裸子植物の生殖器官は多様化したと考えるほうが実情に合っているのだ。裸子植物のどれかに被子植物の花の祖先となる手がかりがあると考えるのではなく、もっと原始的な植物の生殖器官に花の起源を求めなければならなくなったわけである。
ソテツ 雌株(左)、雄株(右)。
イチョウ 雌花。
マツ 雌花(上方)と雄花(下方)。
グネツム 雌花。

*(左) 花は被子植物の生殖器官をさす言葉だが、ここでは便宜的に裸子植物でも“雄花、雌花”という呼び方にする。
(写真=千葉大学・福田泰二)

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シダに注目する
 そこで我々が調べたのがシダ類である。裸子植物も被子植物も種子で繁殖する(そこで合わせて種子植物という)が、シダ類のように原始的な陸上植物は、胞子で繁殖する。葉の裏についた胞子嚢(のう)の中で減数分裂がおこり、半数体の胞子(生殖細胞)が形成される。一方、被子植物では、減数分裂によって、雄しべに花粉(オスの生殖細胞)、雌しべに胚嚢細胞(メスの生殖細胞)が形成される。若い花粉と胚嚢細胞は生殖細胞として胞子と相同だと考えられている。相同であるといっても、胞子は胞子嚢の中に入っているだけであり、花粉も雄しべの葯(やく)の中で形成されるというように、どちらも簡単なものなのに比べて、雌しべの中の胚嚢細砲は、珠心(しゅしん)という胞子嚢に相同だと考えられている部分が、三重の層に覆われる複雑な構造をしている。 さらに、雄しべと雌しべの外側には、花びらとガクがあるわけで、生殖細胞、とくに胚嚢細胞は何重にも守られている。このような外層の増加は、乾燥に強い、昆虫による受粉ができる、などの点で生きる能力を増しており、今日の被子植物の繁栄をもたらした重要な要因と考えられている。
 このような変化の中で、シダ類にはない、花びらやガクなどはどのように生じたのだろうか。花の進化を知るには、これらの器官がどのように分化してきたかを解明する必要がある。それには、これらの器官の進化に、どのような遺伝子が関与してきたのかを、調べなければならない。

どの裸子植物がもっとも被子植物に近縁か?
どの裸子植物がもっとも被子植物に近縁か?
形態の比較からはグネツム類がもっとも被子植物に近いとされていたが、DNA解析では4つの仲間はすべて同じ近さであることがわかった。

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花作りに関与する遺伝子
 モデル植物であるシロイヌナズナ(DNA量が少なく、また育てやすいのがよい)で、無作為に遺伝子を壊し、花(ガク、花びら、雄しべ、雌しべ)の形成に異常をきたす突然変異体が作られた。たとえば、agamousという変異体では、雄しべと雌しべがガクと花びらに置き換わってしまっている。つまり、ガクと花びらばかりの花になり、生殖するために必要な雄しべ、雌しべがなくなってしまう。agamous変異体はある一つの遺伝子がはたらかなくなることで花の様子が変化したことがわかり、そのはたらかなくなった遺伝子はAGAMOUS遺伝子と名づけられた。
 そのようにして花の様子が変化する突然変異体がいろいろ作られ、それらの遺伝子解析が行なわれた結果 、花の形成を制御している遺伝子の多くには決まった配列があることがわかった。MADS boxとK boxと呼ばれる配列である。動物や菌類でもMADS boxを持つ遺伝子は知られているが、それらにはK boxはない。MADS boxとK boxの両方を待つ遺伝子は、種子植物にしか見つかっていなかった。では、花をつけないシダ植物ではどうだろう。MADS遺伝子(MADS boxを持つ遺伝子をこう呼ぶ)はあるのかないのか。もしあったとしたらK boxはあるのかないのか。このへんを調べれば花の形成に迫れそうだとわかってきた。
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シダを調べる
 そこで我々は、リチャードミズワラビというシダを材料に、MADS遺伝子の探索を始めた。普通 のシダ類は、多年草で、胞子を蒔いてから成熟して胞子をつけるまでに数年かかってしまう。しかし、熱帯原産のリチャードミズワラビは28℃で培養すると3カ月ほどで1世代が完了するので、シダ類のモデル植物として注目されている。探索の結果 、これまで9個のMADS遺伝子がリチャードミズワラビから単離され、すべてMADS boxとK boxを持つ種子植物型MADS遺伝子であることがわかった。 つまり、花の形成のために新しく遺伝子が作り出されたのではなく、花を咲かせない植物にすでに存在していた遺伝子が機能を変えることにより、新しい形質を示すようなったのだということがわかった。
 被子植物のMADS遺伝子は、遺伝子による系統樹を作成すると、いくつかの群に分類でき、それぞれの群ごとに機能分化している。たとえば、AP1群と呼ばれる群に属する遺伝子はガクと花びらの形成に関与し、PIAP3群と呼ばれる群に属する遺伝子は花びらと雄しべの形成に関与している。それぞれの群は互いにとてもよく似ているので、遺伝子重複によって形成されてきたものだと推定されている。従って、我々は、シダ類にあったMADS遺伝子が重複し、その重複した遺伝子が多様化することによって、種子植物の複雑な生殖器官つまり花が形成されたのではないかという仮説をたてた。その仮説に従えば、シダ類のMADS遺伝子は、種子植物のたくさんあるMADS遺伝子のうちのいくつかとよく似ているという遺伝子系統樹が得られるはずである。
 しかし、実際に系統樹を作ってみたら、結果は予想とは違っていた。リチャードミズワラビMADS遺伝子は二つの群に分かれ、一方は種子植物のAG群(AGAMOUS遺伝子と似た配列を持つ遺伝子の群)と同じ系統になり、他方はどの群とも近縁ではなかったのである。つまり、リチャードミズワラビと種子植物MADS遺伝子が“入れ子”になった系統樹が得られたのだ。この系統樹は、植物MADS遺伝子の中の各遺伝子群がシダ類と種子植物が分岐するよりも前、すなわち、シダ類と種子植物の共通 祖先の段階ですでに分かれていたことを示している。もう一つ前に戻って調べなければならなくなったわけだ。
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コケ植物まで戻らなければ
化石からのトリメロフィトンの復元図
化石からのトリメロフィトンの復元
図葉はなく、胞子嚢と茎からなる。約3億9500万年前に出現し、2000万年後には絶滅したと考えられている。(Gensal,P.G.Palaeontographica 168.1979.より)
 シダ類と種子植物の共通祖先はトリメロフィトン綱に属する絶滅植物であり、化石から、葉や根が未分化で、茎とその末端についた胞子嚢だけからなる単純な形をしていたと推定されている。
 ここで、MADS遺伝子の進化について、二つの可能性が考えられる。一つは、絶滅してしまった共通祖先植物は、種子植物とシダ類の持っているMADS遺伝子をすべて持っており、シダ類と種子植物の祖先が分岐したときに、シダ類は現在種子植物が持っているAG群のMADS遺伝子以外すべてのMADS遺伝子群を失い、種子植物はシダが持つどの群にも属さなかったMADS遺伝子群を失ったという仮説である。もう一つの仮説は、AG群を待った植物と、別のMADS遺伝子群を待った植物とが交雑することにより、シダ類と種子植物の祖先ができ上がった、というものである。
 私は前者の仮説は、ありそうもないと思っている。なぜなら、単純な体制のトリメロフィトン綱の植物が現在シダ類と種子植物が持っているすべてのMADS遺伝子の祖先遺伝子を持っていたとは考えにくいからだ。しかも、偶然、シダと種子植物の系統で、重なりあうことなく遺伝子を失う可能性も低い。だから、第二の仮説のほうが可能性が高いと考えているのだが、それを証明するには、種子植物とシダ類の分岐よりも早くに分岐した、コケ植物でのMADS遺伝子を解析してみなければならない。
 もし、コケ植物が、シダ類や種子植物のどのMADS遺伝子群とも近くないMADS遺伝子を持っていれば、後者の可能性が高くなる。しかし、万一シダ類や種子植物の持っているMADS遺伝子群の両方を持っていれば、前者の仮説が正しいことになる。コケ植物はまだ調べていないので残念ながら今のところ何も言えない。
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花の起源
 ところで、花の咲かないシダ植物、リチャードミズワラピにあるMADS遺伝子はどんなはたらきをしているのだろう。この植物のMADS遺伝子は9個あり、塩基配列の類似性によって二つのグループに分けられた。各グループから一つずつ遺伝子を選び、はたらいている時期や場所を調べたところ、ともに胞子嚢形成の初期に発現していた。
 ところで、被子植物でたくさん見つかっているAG群の遺伝子のうちの一つは、本来はたらいているはずのないガクなどではたらかせると、胚珠(はいしゅ)(胞子糞に相同な珠心とその周りを覆う2枚の層を合わせたもの)、つまり生殖細胞が包まれた袋ができてくるという研究がある。リチャードミズワラビのAG群に属する遺伝子も、その役割は、胞子嚢を葉の表皮から誘導することではないだろうか。
 現在、私たちは、“ガク・花びら・雄しべ・雌しべといった花の各器官を作るということは、葉から生殖細胞を包む袋、すなわち胞子嚢を誘導することに起源があったかもしれない”と考えている。
リチャードミズワラビのMADS遺伝子と他のMADS遺伝子の系統関係
リチャードミズワラピのMADS遺伝子はAGグループと全く新しいグループの2グループに分かれた(系統樹の横線の長さは進化距離と関係なく、同じにしてある)。
モデル植物シロイヌナズナの花。
リチャードミズワラビのMADS遺伝子の発現を見たもの。葉から胞子嚢ができかけているところで発現しているのがわかる。(写真=京都大学・後藤弘爾、長谷部光泰)
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花作りの遺伝子の起源
 前にも述べたように、MADS遺伝子はさまざまなはたらきをする遺伝子に機能分化しているが、ほとんど生殖器官の形成に関与していることは調べられている。MADS遺伝子についてよく知ることが、花の起源を追うためにはとても重要であることは明らかといってよかろう。こうして、花の起源を知ろうとして花の形成に関与する遺伝子の起源を探った結果、それは、胞子嚢の形成に関与する遺伝子であるというところまでわかってきた。これからは、MADS遺伝子の仲間のどこがどのように変わることで、地味な胞子嚢作りから華やかな花作りへと変化していったのかを解明していきたい。
 また、花作りに関係している遺伝子は、MADS遺伝子以外にも知られているので、今後、それらの遺伝子の解析も重要になってくるであろう。
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(はせべ・みつやす)
1963年千葉県生まれ。東京大学理学部植物学教室、同大学院理学系研究科植物学専攻博士課程を経て、91〜96年、理学部附属植物園助手。
その間93〜95年にパデュー大学(米国)で研究。96年11月から基礎生物学研究所助教授。

INDEX
化石にみる花の起源:西田治文
花の色の化学と進化:斎藤規夫
性染色体を持つ植物 一メランドリウム:松永幸大
Special Story

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