ヘッセの次男、ハイナーさんと。

兄の影響で5歳頃から昆虫に興味をもった私は、中学時代、疎開先の山村で、ほかの何もかも忘れるくらい蝶の採集と飼育に熱中した。

当時の国語の教科書に、蝶の採集に熱中する少年を主人公とするヘルマン・ヘッセの「少年の日の思い出」(高橋健二訳)が載っていた。私にはこの作品の内容がとても他人事とは思えず、何度も何度も、暗誦できるくらい読み返したものであった。

この主人公は、美しい蝶を見ると、「なんともいえぬ、むさぼるような」恍惚状態におそわれ、「捕らえる喜びに息もつまりそう」になり、「緊張と歓喜、微妙な喜びと、激しい欲望の入りまじった気持ち」を味わう。しかしあるとき、友人の標本を思わず盗んでしまい、それが原因で何よりも好きなこの趣味をやめてしまう。同じ趣味に熱中しすぎた私も、大学受験ならともかく、都立高校の受験に失敗して一浪するという恥ずかしい代償を支払うことになる。

しかし、この趣味にそれほど熱中できたことを後悔したことはなかった。後悔するどころか、何ものにも代えがたいすばらしい体験だったと思っている。

十数年前、40歳を過ぎてからこの趣味が復活し、私はふたたび採集と飼育に熱中するようになった。また、『蝶』を翻訳したのをきっかけに、『人は成熟するにつれて若くなる』『庭仕事の愉しみ』『わが心の故郷 アルプス南麓の村』など、一連のヘッセ詩文集を出すことができた。

昨年9月、スイスのモンタニョーラを訪れたとき、ヘッセの次男ハイナーさん(88歳)に会ってまる一日一緒に過ごすことができた。

ハイナーさんは、幼い頃お兄さんとともに、たびたびお父さんに蝶の採集に連れて行ってもらったことを、懐かしそうに語ってくれた。

それは「少年の日の思い出」の初稿「クジャクヤママユ」が書かれた頃であろうと思われる。

(おかだ・あさお/東洋大学教授)