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Special Story

揺れる藻(も)の世界

藻を研究するわけ:大濱武

なぜ藻なんで研究するの?と言われそうだが、じつは、結構面白くて大事な研究材料だ。
藻を使うと、人間も含めた真核細胞という多くの生物を作り上げている細胞がどのようにしてできたかを知ることができる。
—そう思ってわれわれは研究している。

from BRH Ohama Lab

真核生物の葉緑体やミトコンドリアがバクテリア(原核生物)の共生で生まれたことは、もはや疑う余地がない。つまり、真核生物とはそもそもキメラ生物なのだ。"キメラ"とは、二つのゲノムが一つに組み合わさって、分離不可能になっている状態。もともとバクテリアだったとはいえ、葉緑体もミトコンドリアも今や単独では生きられない。

では、キメラ化の際、遺伝子レベルでは何が起っているのだろう。真核細胞の核ゲノムを調べるとバクテリア由来だと思われる遺伝子がたくさんあり、きちんと機能している。つまり、取り込まれた側の葉緑体やミトコンドリアは、もっていた遺伝子を、ほとんど取り込んだ側の核ゲノム上に移行し、さらにそこの細胞質中で遺伝子からタンパク質をつくらせ、それを自分の細胞質中に移送させるという離れ技をやっている。タンパク質合成にはDNA上のシグナルが必要だが、そもそもそれが、バクテリアと真核生物では大きく違っている。どうやってそのギャップを乗り越えてきたのだろうか。それを教えてくれるのが藻類だ。
 

(上) 大濱研究室のメンバー。左から江原恵(大阪大学博士課程後期3年)、大濱武主任研究員、稲垣祐司奨励研究員。この日、渡邊一生(同2年)は残念ながらお休み。98年4月から、平岩呂子奨励研究員が加わった。(98年3月撮影)
(下) こんな部屋で実験している。

現存の多細胞動物細胞のミトコンドリア遺伝子構成は、皆同じで、今はもう移行できないらしい。どのようにしてミトコンドリア遺伝子が核ゲノムに組み込まれたのかを知るには、現在、または、ごく最近に移行したような生き物を調べると、その手がかりや痕跡が見つかりやすいに違いない。藻類ではその核ゲノム上に、最近移行したミトコンドリア遺伝子が見つかっている。移行に成功したことを、ミトコンドリア側が検出できるシステムもあるらしいのだ。

では、葉緑体はどうだろう。葉緑体はミトコンドリア以上に痕跡が豊富だ。藻類の中には、さらに高次なキメラ生物、「真核生物が真核藻類を取り込んでできた藻類」がいて、その藻類からは核と核のキメラ化を追うことができる。たとえば、ミドリムシは緑藻を取り込んで光合成能力を獲得した。今では、ミドリムシの核ゲノムに、緑藻の核にあったと思われるrbcSの遺伝子がある。その他の葉緑体維持に必要な遺伝子(約1000個?)についても同じことが起ったようだ。さらに、核から核へ移行したのは、葉緑体維持に必要な遺伝子だけではなさそうだ。移行する遺伝子とそうでない遺伝子が、どのように決められるのかにも迫れるかもしれない。

ミトコンドリアや葉緑体から核へ、核から核へ、遺伝子はどのくらい種の壁、遺伝システムの壁を越えて自由に生物界を動けるのだろうか。すべてのゲノムが動いている藻類は“そこのところのからくり”を見せてくれるに違いない。固着したゲノムではなく動いているゲノム、新しいものを生み出すゲノムの可塑性を、藻類を通して見ていきたい。

(左) 光と温度が調節できる機械の中で、たくさんの種類の藻類を別々に培養している。
(右)「藻は元気かな?」。藻のご機嫌伺い。

細胞外被と呼ばれる殻を細胞膜の中にもつ渦鞭毛藻。もしかしたら、固い殻を合成するための遺伝子を取り込むことで、この殻をもつようになったのかもしれない……。 (写真=堀口健雄)

(おおはま・たけし/JT生命誌研究館主任研究員・大阪大学大学院理学研究科客員助教授)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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