生命誌ジャーナル

2012年間テーマ 変わる

植物の知恵に学ぶ
長谷部光泰 基礎生物学研究所教授 × 中村桂子 JT生命誌研究館館長

研究室を訪れるのが楽しみなお相手です。先日は会議後立ち寄り、ハナカマキリのピンクの色素研究をしている若い研究員とムシの気持ちを想像しながらの科学談義を楽しみました。今回はコケから食虫植物まで、植物独自の生存戦略のみごとさに時のたつのを忘れました。身近なスズランが、地下茎で全部つながっているクローンとは知らなかったという無知ぶりに自ら呆れながら。楽しいとばかり書きましたが、「複合適応形質進化の遺伝的解明」研究の代表者である旬の研究者です。(中村桂子)

長谷部光泰(はせべ・みつやす)
1963年千葉県生まれ。東京大学理学部植物学教室、同大学大学院理学系研究科植物学専攻博士課程を経て、理学部附属植物園岩槻研究室助手。博士(理学)。米国Purdue大学留学、基礎生物学研究所助教授を経て、2000年より同研究所教授。分子生物学、細胞学、発生学、ゲノム生物学的アプローチから陸上植物の発生進化、生物全般の複合適応形質進化の解明に取り組んでいる。

1. 植物という生き方

中村  うちの庭によくゼニゴケとスギゴケが生えてくるのね。コケはご近所のお庭仲間には邪魔もの扱いされていますけど、私はコケが好きですし雑草が生えないのもありがたいと思っています。草取りは大変なので。
長谷部
 コケをきれいだと言う人と気持ちが悪いという人と好みが2つに分かれますね。コケの近くにほかの植物が生えなくなるのはホルモンの効果のようです。うちのラボで培養しているヒメツリガネゴケは、植物ホルモンのオーキシン(註1)を体の外に出しているんですよ。

註1:オーキシン

【auxin】
最初に発見された植物ホルモンで、植物の成長を促す因子として同定されたインドール-3-酢酸(IAA)と同じ生理活性を引き起こす物質の総称。

註2:サイトカイニン

【cytokinin】
植物組織において細胞分裂や茎葉の形成を促進する因子として単離されたカイネチンと同様の生理活性をもつ物質の総称。

中村  オーキシンは植物が伸びるのに必要な成長ホルモンでしょ。それを外に出してしまうんですか。
長谷部
 ええ。オーキシンとサイトカイニン(註2)を盛んに分泌していて、コケの周りにシロイヌナズナの種子を蒔いても芽が出ないので、種間の相互作用に関わっているのではないでしょうか。
中村  なるほど。周りを抑えて勢力拡大ですね。
長谷部  とくに被子植物への防御だと思います。
中村  数百年も手入れをなさった京都のお寺とまではいきませんがコケはきれいですから。
長谷部  道端でよく敷石の隙間などにコケを見かけますが、カラカラに干涸びても細胞がいくつか生き残っていて、水に浸けるとそこから再生するんです。
中村  生命力が強いんですね。今年の生命誌のテーマは、「変わる」です。その中でコケに始まる植物の進化の過程を総合的に見ていらっしゃる長谷部さんのお話を楽しみにして来ました。分子生物学では、ゲノムDNAや代謝などの基本的な細胞のはたらきはすべてに共通というところから始まりましたでしょ。でも日常的な眼で見ると、動物と植物ってずいぶん違う生き方をしていますよね。しかも、この頃、DNAなどの研究が進んだら、そこでも違いが見えてきたように思うのです。
長谷部  そのとおりだと思います。
中村  保育園で先生が子どもたちに、生きているという話の中で、動物と植物について話したら、ほとんどの子は動物も植物も生きているということで納得したのだけれど、一人だけ、「植物は絶対生きてない」って主張する男の子がいたんですって。「どうしてそう思うの」と聞いたら、「動かないもん」って。とってもよく考えてるなと思うのです。
長谷部  研究室公開で一般の方に植物を見せると、「ああ、植物も生きているんですね」とおっしゃる方が時々ありますね。植物が動物と分かれて、もう12億年は経つので、その時間の分だけお互い変わっているわけで、その違いをよく考えると面白いですよね。
中村  その通りで、生物学として共通性と違いの両方から見ると改めて面白さが見えてきますね。
長谷部  動物は単細胞時代の細胞壁を古くに捨てましたが、植物は細胞壁を維持し続けました。細胞レベルのその違いが根本にあると思います。例えば、今、僕の手の皮を引っ張るとこんなに伸びますが、植物にこんなまねできません。キャベツだったら折れちゃいます。成体の細胞が柔軟に動くなんて植物から見たら驚きですよ。
中村  確かに細胞の違いは大きいですね。さらに個体としても違いますね。作物は、今や大豆、綿、麦、トウモロコシなどのほとんどが組み換え体です。ある遺伝子を操作した個体の実用化は動物ではこのような展開はありませんでしょ。
長谷部  樹木ですと、何百年も生きている間に体細胞で変異が蓄積して枝ごとに遺伝子型が変わり色の異なる花をつけたりします。多年草のスズランは、一つの株が地下茎を伸ばして、何百、何千株にまで広がって百年以上生き続けます。このように植物は動物と違って個体が不明確で、しかもクローンで増えます。分化した細胞も全能性があるので葉っぱを挿せば再生して増えちゃう。
中村  動物ではノーベル賞になる体細胞の全能性も植物では当たり前ということですね。植物と動物で個体を比べると、どうしてこんなに違っているのかと改めて驚きます。12億年前に分かれた共通祖先から受け継ぐゲノムや細胞の基本は共通なのですから、その後の違いを追うのは面白いですね。
長谷部  細胞壁を持つ植物細胞は動けず、多細胞体になった後、根を張って動かないという選択をしたわけです。そのぶん落枝が芽吹いて増えるというように、クローンを増やす能力や個体の再生能力を高めなければ生き残れなかったのだろうと思いますよ。
中村  植物は動けないから、どこか受動的に見えるけれど、制約の中で続くための工夫はとても能動的ということですね。
長谷部  とくにコケは再生能力が高いですね。でも種子を作る植物では体細胞の再生能力は弱くなります。
中村  さまざまな工夫があるわけね。
長谷部
 コケは葉っぱを水に浸けておけば新芽を出します。一方イネの葉っぱは、オーキシンとサイトカイニンでカルス(註3)を作ってやれば再生させることができる。この違いですね。

註3:カルス

【callus】
分化形質を失った植物細胞からなる不定形の細胞塊。もとは癒傷組織の細胞塊を指す。

中村  それでも再生能力を失ってはいないというところに意味がありますね。
長谷部  イネは作物として株出ちしやすいように品種改良されましたが、もとは地下茎の再生能力が高いんです。イネの仲間の芝はちょん切ってもまた生えて広がりますよね。
中村  植物の生き残り戦略はなかなかのものですね。
長谷部
 植物には、その場から逃げられないからこそ獲得したいろいろな形質が見られますが、そのおおもとは動かずにどう生きていくかということですよ。
 動物にも幼生は動くけれど成体は動かないホヤのような戦略がありますけれど、植物の場合は、おおもとは細胞壁であり、そこは違いますね。

コケ植物ヒメツリガネゴケ(Physcomitrella patens)。植物進化を解き明かす切り口になるとして、1998年、現在の研究室と同時にヒメツリガネゴケの実験系を立ち上げた。国際共同研究チームによるゲノム解読(2007年)では、長谷部光泰教授らの研究グループが日本チームの中心的役割を果たした。

 

2. 植物は動いている

中村  みんな当たり前と思っている植物の光合成能も考えるべき対象ですね。
長谷部  そうですね。光合成できたからこそ動かなくてよかった。
中村  逆に、光合成できない我々動物には動き回るという道しかなかったとも言えますね。ですから植物の生き方の基本を光合成と見ることもできますでしょ。
長谷部  植物に光合成は必須ですが、二次的に光合成を捨てた植物もいるんです。例えば、秋に見られるナンバンギセル、初夏のギンリョウソウなどは光合成せずにほかの植物や菌類から栄養を貰う腐生植物です。
中村  なるほど。光合成を捨ててなお動かないという道ですね。植物に動くという選択はなかったのかしら。
長谷部  個体としては動き回りませんね。でも食虫植物やオジギソウなどは少し動きますでしょ。今ここに興味をもって研究を始めたら面白くて。
中村  体の一部を動かすという多様性ですね。
長谷部  長い眼で見れば、先程お話ししたスズランのような多年草は動いていると言えばそうも言えますけれど。スズランは茎の根元に新芽がでてきて、それが土の中で少し横へ伸びてから翌年芽吹くんです。毎年、横へ伸びて地上に出るということをくり返すから動いていく。
中村  最初の株も残っているわけですか。
長谷部  地上部の茎葉は枯れて貯蔵器官として残った地下茎だけが何年か生き続けます。土さえよければ元の場所でもまた芽吹くし、10年20年経っても広がり続けます。
中村  可憐な姿ですけど生命力旺盛ですね。植物は長い時間で見るとかなり動いているということですね。
長谷部  一年草でも、きれいな群落がある同じところにはまず翌年同じものは生えません。種子が違うところへ飛んで、そっちで花が咲く。畑でナスの連作ができないのと同じ理由で、植物が生えているところには病害虫が来るのでそれを避けているわけです。
 こうして見ると、植物は自ら動くとも言えますね。だから希少植物の保全は敷地が狭いと難しいのです。花壇で毎年きれいに咲かせるのは人間の手を入れているからで、野外でああはならないんです。
中村  同じところに生えない原因は何でしょう。
長谷部  芽吹いても若いうちに病気で枯れてしまうことが多いので、その原因になるバクテリアやカビのいないところまで逃げて、新天地で育つ戦略ですね。
 コケの胞子はジェット気流に乗って飛ぶし、水草も渡り鳥の足にくっついて世界中に広がります。話しているうちに植物の動き方は動物より激しいかもしれないと思えてきましたね。
中村  長い時間で見るなど視点を変えると動いているという答になるわけですね。「植物は生きてない」って頑張った男の子に、植物は動いているよと教えてあげられますね。
長谷部  自分で花壇を作って植えるとそれがよくわかります。毎日手入れするのも楽しいけれど、草ボーボーのまま何年も放っておいて、年々変わっていく様子を見るのも面白いですよ。雑草も同じものは生えませんから。
中村  確かに、庭の草取りをしていると毎年別の草が出てきます。
長谷部  他所から飛んで来るほか、土壌中のこぼれ種が何年か経って芽吹くことも多いです。病原菌が消えてほとぼりが冷めるまで待つという戦略ですね。
中村  機が熟すのを土の中でじっと待っているのね。ところで、樹木は一本で何百年も生きるし、多年草はクローンで同世代が何十年も続くとしたら、植物の寿命はどう考えたらよいのでしょうか。
長谷部  病気に罹らなければずっと生きられるので、基本的に寿命はありません。動物の培養細胞と同じです。
中村  進化によって多細胞生物になったところで、個体性と死が生まれたという考え方は、動物を中心に考えた場合で、植物は再生能力を持ち寿命のない個体という点で動物と違うということかしら。
長谷部  もちろん植物も有性生殖の恩恵に浴していて、遺伝子型を変えて病原菌への耐性などを獲得しています。でも他家受精が基本の動物と違い、植物は雌雄同体で自家受精するので、自分で自分の遺伝子をどんどん組み換えて次の個体を作れるわけです。
中村  有性生殖で多様性を取り込みながら無性生殖もする。そこもしたたかですね。
 

(長谷部)「オジギソウって、寝相が悪いんです。夕方、下を向いて閉じますが、夜中の12時になると閉じたまま上を向くの。なんでそんなことするのか知りたくて…。」

3. 植物の戦略は「変わる」

中村  生物学では、動物を扱う人は動物の常識で生きものを考えているし、植物の方は植物の常識で考えていて、意外に動物と植物を単純に比べるということは余り考えませんでしょ。それに人間は動物だから生物学の主流は動物中心に考えてしまいがちですよね。
長谷部  僕は学生の頃から植物学教室なので、実は植物の常識だけで考えることが多かったですが、この基礎生物学研究所に移ってから動物の先生といろいろお話するようになって驚くことばかりでしたね。
中村  どこが一番違いましたか。
長谷部  やはり細胞は動くという常識ですね。高校生の時に原腸陥入も習いましたが、それほど動くというイメージは持てなかったので改めて認識しました。一番、驚いたのは動物の先生から、「花って生きた細胞があるの?」って聞かれた時です(笑)。花びらを毛のようなイメージで捉えていたのですね。
中村
 そういう日常感覚で話し合うことは大事かもしれませんね。面白いことが見えてきそう。動物は次世代へ続く卵母細胞(註4)を予め分けて、分裂回数を減らして遺伝子が変異しないように守っていますね。ところが植物は、常に分裂が盛んな茎の先端で花を咲かせ、雄しべと雌しべを作りますでしょ。

註4:卵母細胞

【oocyte】
卵の元になる始原生殖細胞から分裂した卵原細胞が成長期に入った状態をいう。脊椎動物では卵母細胞は減数分裂の第二分裂中期で停止し、受精による刺激で初めて減数分裂を完了する。

長谷部  遺伝子に変異が生じる確率は同じはずですから、その違いは細胞レベルの寿命と関わっているかもしれませんね。
中村  それにしても、植物が最後に生殖細胞を作るという選択をしたのはどうしてなのかしら。
長谷部  大事なものをどう伝えるかの選択肢は二つ考えられると思うのです。一つは大事なものはとっておくというやり方で、動物の場合です。もう一つは、大事なものこそどんどん増やして、その中でうまくいかないものが出たらそれは捨てるというやり方。植物は成長する茎の先端にある幹細胞で茎葉を作り続けていますが、そこに起きた変異をむしろ積極的に取り込んで遺伝子型を変えながら増やすので、より環境に適合するものが現れる確率が高まってどんどん進化できると考えられます。
中村  なるほど。うまく変わることもあるわけで、植物は変わる戦略を選択しているわけですね。
長谷部
 おそらく。ゲノムを調べて驚いたのですが、植物ではコケ、シダ、裸子植物、被子植物といった大きな系統間で遺伝子がかなり変わっていて、被子植物でボディ・プラン(註5)の鍵になるような遺伝子がコケゲノムには見当たらないのです。

註5:ボディ・プラン

【body plan】
形態発生学的な生物の体づくりの基本設計。

中村  動物の発生で、頭尾や背腹の軸の決定に始まる体づくりにはたらく基本的な遺伝子は、脊椎動物でも節足動物でもわりあい共通していますよね。植物も茎や葉っぱの形づくりの基本はおおまかには共通しているわけではないのですか。
長谷部
 植物は系統間でボディ・プランを変えている可能性もあるし、発生の鍵になる遺伝子、とくに転写因子(註6)は結構変わっているものがあります。

註6:転写因子

【transcription factor】
ゲノムDNA上にある遺伝子の転写開始や転写調整にはたらくタンパク質の総称。

中村  植物はどんどん変わるという選択をしていることがそこからもわかるわけですね。
長谷部  植物の形づくりで大事なことは、光合成に有利なようになるべく茎を伸ばして平らな葉を作って広げることです。そこに自然選択がはたらいてほとんどの植物がこの形態を維持していますが、その形態をどう作るかという裏方の遺伝子はどんどん変わっても平気なのです。
 コケの出現は約4億5000万年前、シダは約3億年前、被子植物は約2億年前で、それぞれの年数に応じてゲノムも変わっています。ただ被子植物の中ではボディ・プランの遺伝子がほぼ共通なので、1億年くらいは似たようなものなのかもしれません。
中村  そうすると、被子植物もこれから変わるかもしれませんね。
長谷部
 植物は染色体を倍数化できるので重複遺伝子に変異を溜めて多様化できますからね。花を作るフロリゲン(註7)と呼ばれる花成ホルモンの遺伝子も、被子植物の系統で遺伝子重複した後に変異が入って新たに生まれた遺伝子なので、シダゲノムには見当たりません。とくに被子植物はこれからも変わっていくと思います。

註7:フロリゲン

【florigen】
花芽の形成を促進するホルモンとして、日長の変化に応じて葉で作られるHda3/FTタンパク質が茎の先端へ運ばれ開花を促進することが明らかにされた。

シダ植物小葉類イヌカタヒバ(Selaginella moellendorffii)はシダ植物の中ではゲノムが小さい。長谷部光泰教授らは、国際共同研究チームと共同で、シダ植物としては初めてイヌカタヒバゲノムを解読した(2011年)。

中村  倍数体になるというところも動物と違いますね。ゲノムにゆとりがあるので新たな試みができる。ここにも植物はどんどん変わるという戦略の姿がありますね。
 

4. 風が吹けば桶屋が儲かる

長谷部  植物のゲノムを読むとわからないことがいっぱい出てきます。例えば、被子植物の茎頂分裂組織で幹細胞を維持する WUSCHEL (ブッシェル)という転写因子の遺伝子は、コケでは細胞壁を緩めるはたらきをしているんです。
中村  同じ遺伝子が全く違うはたらきをしているということですね。
長谷部  ええ。個々の遺伝子はネットワークの一員として個体の形態形成などにはたらきますが、要はネットワークさえはたらいていればそれを構成する部品は取り替えても構わなくて、とくに転写因子は使い回しが利くようですね。
中村  一昔前は、とにかく遺伝子でことが決まると考えられましたが、今や遺伝子は、いつ、どのネットワークではたらくかで全く異なる役割を果たしていることがわかってきましたね。遺伝子の意味が変わってきて、遺伝子ネットワークという全体像を追いかける大変な作業が始まりましたね。
長谷部  ええ。結果はこれからですが、コケと被子植物のWUSCHELの進化的な根はつながっているという可能性を考えています。今は、被子植物では幹細胞の維持にはたらく転写因子とされていますが、そこに細胞壁を緩める制御も関わっているかもしれません。どんな植物でも組織中で細胞壁が緩まなければいくら細胞分裂しても成長できませんからね。
中村  具体的な関係が見えてきたら面白いですね。
長谷部  今、被子植物の茎頂にある幹細胞の周囲で起きている現象を探っています。コケのWUSCHELは、3つのうち1つは変異してはたらかないので実質的に2つで、被子植物には10以上あるんです。かなり数が違うのでネットワーク自体が大きく変わっているかもしれません。よく言うんです。遺伝子ネットワークって、「風が吹けば桶屋が儲かる」というようなしくみだよねって。
中村  複雑なネットワークという点では動物も植物も同じですね。そこで、動物の場合、細胞の初期化の鍵になる遺伝子がたったの4つだったという山中さんの発見に、みんな驚いたわけですけれど。
長谷部  実は、それが植物は1つなんですよ。僕らはコケで再生の鍵になる遺伝子を長い間探していて、ようやくSTEMIN(ステミン)という転写因子を見つけました。この遺伝子を葉っぱの細胞で発現させると幹細胞に戻って分裂し始めるんです。細胞の初期化も遺伝子ネットワークですから、その中にあるスイッチさえ入れたら後はパタパタ動いていく。ネットワークのしくみは動物も植物も共通ですね。
中村  動物はスイッチが4つで、コケだと1つ。驚くほど少ない数ですね。
長谷部  そもそも、そんな簡単に変えられるしくみなんて危なっかしいと思いませんか。少ない鍵で全体が大きく動くなんて、なんでそうなっているのか不思議です。
中村  このあたりに生きものの生き方を考える鍵があるのかもしれない。
長谷部  生きものって基本的にいい加減にできているから所々で失敗しても全体がまわればそれでいいんですよね。
中村  生物の世界の出来事は確率的で、いい加減という言葉は生きもののためにあるのではないかと思うことがありますよ。でも生物の世界とつながった医療の世界は、その都度一人の人間に向き合うので確率では済みません。だから生物学を医療につなげるのは難しいのだと思います。
長谷部  物理学者も確率で考えますね。ある一つの原理があれば必ず生命ができると思っていらっしゃる方が多い。確かに、多様な生物に見る生命現象も確率的ですが、宇宙の始まりを考える確率とは違うレベルなのかもしれません。地球外生命についてはこれからの研究が楽しみですね。
中村  マクロに見た宇宙と生物ではかなり違うし、生物の中でも人間、その中でもとくに医療は、一人一人違う存在として患者さんに対するので、何パーセントという確率では済みませんね。今、国が予算を付けて被災地の医療として患者さんのゲノム情報を集めるコホート研究が進められていますが、科学と医療を結びつける作業は難しいと思います。
長谷部  天気予報のようにはできませんね。
中村  「30%雨」と言われて、傘を持たずに出かけて雨に降られても、「濡れちゃった」で済むけれど、病気はそれでは済みませんでしょ。
 自然界は確率で動いていますが、社会生活では確率で言われては困ることがたくさんあります。生物学でのヒトの理解が進み、学問としては面白くなってきたけれど、その知識が断片的に社会に入るのは気をつけなければならないし、医療とつながるところはよく考えなくてはならないと思うのです。
長谷部  人間の活動は、いわゆる生物学的な自然選択を逸脱しています。この先どんな選択圧がかかってくるのでしょうね。
中村  生きものの時間はコケなら4億年、シダなら3億年というゆるやかな流れですが、人間社会の出来事は、今日、明日で大きく変わりますからね。とくに一瞬で世界中に情報が広がるコンピュータ・ネットワークの速さには戸惑います。
 人間も多様な生きものの一員であるヒトとして生きているわけで、このゆるやかな時間と情報社会の速い時間にどう折り合いをつけたらよいのか。効率を優先する人間社会は自らを生きにくくしているようにも思います。植物の生き方に学ぶところ大ですね。
 

5. 種分化を考える

中村  長谷部さんは「複合適応形質進化の遺伝子基盤解明」研究の代表者を務めていらっしゃいますでしょ。これから面白い分野ですよね。
 研究館では、アゲハチョウが卵を産む時に、幼虫の食草をどうやって見分けているのかという切り口から昆虫と植物の共進化を探っています。この研究でも、アゲハチョウの行動とそこでの遺伝子のはたらきが、成虫と幼虫という異なるステージで並行してどう変わるかを見ていくことになり、発生と進化がつながるところを楽しんでいます。
長谷部  僕らは、京都府立大の大島一正君たちとクルミホソガという体長2〜3ミリのガで食草がどのように変わるのかを研究しています。幼虫はクルミの葉を食べるのですが、同じ種の中にツツジ科のネジキの葉を食べる系統があり、両者の掛け合わせができるのです。ふつう種分化と食草転換は一致するので、ここを探ろうと実験室で何世代か回して、今、遺伝子地図を作っています。ようやく親の食草認識に関わる遺伝子と、幼虫が食草を食べられるかどうかに関わる遺伝子が近い遺伝子座にあるようだというところまできていて、今、その遺伝子を何とか特定しようとがんばっているところです。
中村  その遺伝子は具体的に何をしているのか知りたいですね。植物と動物は違う道を歩んだけれど、その間に相互関係があるわけで、そこを知りたいですね。自然界は多様な種のネットワークなのですから。
長谷部  種間ネットワークという研究テーマは面白いのですが、新しい概念の提出にまで結びつくよい切り口に出会えないと既知のタンパク質間相互作用の理解に落ちてしまうことになってしまいます。
中村  現象の面白さに囚われて原理の把握に辿り着けないということはよくありますからね。確かにそこを気をつけないと。
長谷部  複合的な形質の変化を解くもう一つのモデルとしてここにある食虫植物のハエトリソウ(写真右)の研究を始めたんです。変わった形をしていますが、どうやってこの形態に辿り着いたのか、その過程を遺伝子で説明したいと思っています。
 植物の葉っぱの構造は、葉柄と呼ばれる葉の付け根にあたる細い支えから葉身と呼ばれる光合成する部分が平たく広がっています。ところがハエトリソウの葉を見ても、どこが葉柄でどこからが葉身なのかよくわからないんです。
中村  確かに平べったいので全部が葉身にも見えます。形態だけではわかりませんね。
長谷部  祖先の形態を想定して相同性を考慮すれば、やはり葉の付け根は葉柄で、その先が平たく広がった葉身とするのが妥当だと思います。この平たいところは虫を捕って閉じると光合成できなくなるので、そのぶん葉柄の形を広げて光合成を続けるという戦略を執っているのではないかと思うのです。
中村  なるほど、そう考えるところから出発するわけですね。
長谷部  そうだとしても中間過程がわからないのです。中間型を推し量る手掛かりの化石も出ませんし、この近縁種は普通の葉っぱを持つ植物なんですね。
中村  これに一番近い普通の植物って何ですか。
長谷部  最も近いのは別の食虫植物で、今、見ていただいたハエトリソウの隣の鉢に生えているモウセンゴケ(写真右)です。細長い葉身の表面にネバネバした消化液を出す毛をたくさん生やしていますが、二つを比べると形態が全く違うのでよけい考えられなくなっちゃうんですよ(笑)。しかもこの二つは、ルリマツリという和名のごく普通の茎葉を持つ植物に近縁なんです。食虫植物としてできあがったしくみはかなり複雑なので、ルリマツリの祖先種から形態と生理を連動させて一遍に変われるとは思えません。その過程でいったい何をどう変えていけばここへ辿り着けるのか皆目検討がつきません。

6. 食虫植物の知恵に学ぶ

中村  ハエトリソウが虫を捕まえる時に葉っぱを閉じるしくみはわかっているんですか。
長谷部  葉の中に生えている小さなトゲに2回触れると閉じるというしかけです。植物ですから神経も筋肉もありませんが、刺激を受けると葉を閉じるんです。
中村  2回という数がわかる。
長谷部  ええ。今年はみんな調子がよく、エサを食べた後で閉じてしまった葉が多いですが、ここに開いている葉の中にトゲが見えますか。シャープペンの先でチョンチョンと突いてみてください。
中村  こうですか。
長谷部  そうですね。もう1回。
中村  閉じた。ああ。びっくりした。
長谷部  ね、2回目で閉じるんです。
中村  パタンと一気に閉じますね。でもどうして2回目なの。
長谷部  1回目で閉じると、虫がまだ奥まで入っておらず逃げられてしまいます。
 すでに閉じた葉っぱを無理矢理開くと、ほら、中にヤスデが入っています。真ん中まで入ったところで閉じるのでうまく捕まえられるんです。
中村  どうしてこんなことができるようになれたんだろう。
長谷部  1回目の刺激を記憶できるんです。
中村  具体的にはどんなことが起きているんですか。
長谷部  生理学的には、最初と2回目の刺激で活動電位が蓄積し、閾値を超えるとバッと動くというしくみのようですが、詳しいことはまだよくわかっていないんです。
中村  2回目で閉じる個体が選択された。
長谷部  自然選択で2回目に閉じる変異体が生き残ったのでしょうけど、一遺伝子で一気に表現型が変わるとは考えにくいので、やはりゲノムを読んで遺伝子から調べないと解けません。
中村  植物って形や生き方にあまり変化がないように見えますが、とても多様ですね。
長谷部  食虫植物は決して繁栄してはおらず、このハエトリソウも北米の狭いエリアに生き残っているだけですけれど、そういう形で多様化が見られます。
中村  食虫植物もいろいろな種が広く分布しているんですか。
長谷部  何回か独立に進化しているのであちこちにあります。
中村  こんなふうに2回目に閉じる仲間は他にもありますか。
長谷部
 それは2億年に1遍くらいしか起きないことのようで、これだけですね。この姉妹群にあたるムジナモという水草は、形態は違いますが同じように閉じる機構を持っています。ただ、1回の刺激で閉じます。
 ハエトリソウの出現は約2億年前ですが、ハエトリソウやムジナモなど葉っぱを閉じる仲間の共通祖先は、丸い葉っぱに毛を生やしたモウセンゴケだったと考えられています。モウセンゴケの仲間には葉っぱを閉じるのも、毛が発達したのもいます。この鉢の端に雑草のように生えてる小さい草が祖先タイプです。

共通祖先と似た形態をしていると考えることも可能なモウセンゴケ(被子植物ナデシコ目)の葉の拡大写真。葉の表面に生えた腺毛先端から粘性のある消化液を分泌する。このモウセンゴケは日本全土に分布する。

中村  こんなに小さな葉っぱが閉じるの。
長谷部  2〜3時間かけてゆっくり閉じます。その横の大きなモウセンゴケも毛が動きますよ。葉の上に虫が来ると、表面に生えた毛がだんだん虫のほうに傾いて先端から出すネバネバの消化液でくっ付けます。この消化液の起源を知りたくて、酵素を取って調べたら普通の植物が葉っぱに付いたカビやバクテリアを分解する耐病性の酵素遺伝子でした。
中村  それも、動けない植物が編み出した対抗手段で、食虫植物はそれをさらにうまく使っているということですね。
長谷部  そうやって消化した栄養は葉の表面にある腺から吸収しています。虫を食べて窒素分を補給できる食虫植物の多くは貧栄養な土壌でも育つパイオニア種で、崖崩れの後などで土壌中の窒素が少ないところに生えます。
中村  なるほど。このハエトリソウはヤスデを食べていましたけれど、ほかにはどんなものを。
長谷部  ハエも甲虫も、いろんな虫を食べます。ほかの葉っぱも開けてみましょうか。ほら、これは中に消化液がたくさん出ています。
中村  これはダンゴ虫。
長谷部  虫を捕まえた直後は葉っぱ全体が薄くしっかり閉じていますが、徐々に消化液が出るので、今はラビオリのように真ん中を膨らませてこの中で虫を食べています。ハエトリソウがまず葉っぱを閉じて捕虫し、次に葉っぱを少し緩めて消化液を溜め、さらに栄養を吸収するという一連の複雑な作業をどうやってできるようになったのか。
中村  この葉っぱには知恵がつまっているのね。
 

7. 花で磨いた技を生かす?

中村  光合成をやめてしまった食虫植物はないのかしら。
長谷部  食虫植物はみんな光合成をしています。このウツボカズラ(写真右)は葉っぱの先端にツルが伸びて、さらに袋を付けていますが、光合成能力は高いんですよ。
中村  その袋は葉っぱの一部なのですか。
長谷部  ええ。葉身が変化したものだと考えられますが、どこがどう変わったのかよくわかりません。袋に蓋まで付いていますし、中には消化液を溜め込んでいます。
 植物はみな茎葉があるので似たように見えますけれど、細かく見ていくとずいぶん違います。倍数体で変わりやすいということもありますし。
中村  植物の基本構造と言えば、根、茎、葉、花と思っていると、こんなふうに葉っぱの先に袋をつくり、その袋は動物で言えば消化器官のようなものと言うのですから面白い。
長谷部  ほとんどの種は基本パターンを維持しているので、食虫植物ほど変わる例は希です。被子植物の系統は約30万種、目としては約65目。その中でごく数パーセントに過ぎませんから。
 ウツボカズラはナデシコ目ですが、カタバミ目にフクロユキノシタ(写真右)という同じ袋を持つタイプの小さな食虫植物があって、収斂進化で袋の外見やしくみはよく似ていますが、いずれも進化過程が全く理解できません。袋の縁と内側はツルツルで虫が登れませんが、外側には登りやすいようにと梯子のようなヒレまで付いています。さらに袋の下側には消化腺がいっぱいあります。
中村  研究館のチョウの食草園にあるジャコウアゲハの食草ウマノスズクサの花がこれに似ています。
長谷部  そう。あれは花ですがやはり袋の形を作ります。花はもともと葉っぱが変形して生まれた器官ですが、植物は花でいろんな実験をするんだと思いますね。やはり光合成で生きる植物にとって葉っぱは生命線ですから、そこでいきなり進化の実験はできないと思うのです。でも花ならいろんな形質を試すことができる。だから植物は、まず花で、こんなふうに袋を作ってみるという前適応的な実験をやって遺伝子の組み合わせを試して、うまくいったしくみを葉っぱに持ってきたんじゃないか。そう考えると、一気に葉っぱが変わった説明もつきますね。
中村  なるほど。植物は茎の先端にある幹細胞でどんどん変異を取り込んでいるので、花は進化の実験場になるのですね。
長谷部
 花は花粉を運ぶ昆虫が来てくれるようにと、昆虫との関わりの中で適応的に進化したので、いろんな植物の試行錯誤の結果として、色も、形も、匂いもかなり多様化しています。中には粘液を出す毛を持った花も、昆虫に擬態しているような花もあり、オーストラリアのトリガープラントの花は虫が来るとプッと動いたりできますしね。そうやって花で実験してうまくいった遺伝子型を葉っぱに転用すれば、葉っぱの形質を一気に大きく変えられるかもしれませんよ。

モウセンゴケ科にもっとも近縁なイソマツ科のルリマツリ(上)。ガク片に毛が生えており、その先端から粘液を出し、害虫から花を守っている(下)。粘液にはタンパク質分解酵素も含まれているが吸収能力はないと考えられている。

中村  なるほど。植物の世界ではそういう積極的な変化があちこちで独立に起きているわけですね。
長谷部  そうですね。実験段階で遺伝子ネットワークの下地を作ってゲノムに持っておけば、それをほかで使い回すことができるんじゃないですかね。よく、一般の方にお話しする時には、転写因子って、会社組織でいうところの課長さんみたいな役回りだと言うんですけど。
中村  仕事している実働部隊は同じでも、課長さんが変わると、方針が変わって、仕事の中味も大きく変わるという感じ。
長谷部  そうですよ。だから、花の課長さんに、葉っぱへ転勤してもらえれば。
中村  遺伝子ネットワークのそういうところは動物も植物も同じですね。動物にも課長さんはいる。
長谷部
 山中さんのiPS細胞は課長さん4人で、うちのコケは課長さん1人。名古屋大学の堀寛(註8)先生と東京大学の藤原晴彦(註9)さんがなさっているシロオビアゲハの擬態もH遺伝子という一遺伝子で表現型が変わるそうですし、理研CDBの倉谷滋(註10)さんのカメの甲羅の形成も少数遺伝子の変化で説明できそうです。
 ドイツのグループがハエトリソウのゲノムを読んでいるのですが、全部で30億塩基もあるのでかなり難航しています。僕らはフクロユキノシタのゲノムを読んでいますが、こちらも20億塩基もある。でもゲノムが大きいということも変われた理由の一つかもしれないので、何が書いてあるのかやっぱり読みたい。ゲノムにくり返し配列が多いことはわかっているので、遺伝子数はそれほど変わらないと思うのです。

註8:堀寛

【ほり・ひろし】
1945年生まれ。名古屋大学名誉教授。チョウの擬態の分子機構と進化過程の解明に取り組む。

註9:藤原晴彦

【ふじわら・はるひこ】
1957年生まれ。東京大学大学院新領域創成科学研究科教授。複合適応形質進化の遺伝子基盤解明の研究課題として「昆虫の擬態文様形成の分子機構と進化プロセスの解明」に取り組んでいる。

註10:倉谷滋

【くらたに・しげる】
1958年生まれ。理研・再生科学総合研究センター形態進化研究グループ・グループディレクター。著書に『動物進化形態学』など。関連記事:生命誌ジャーナル57号「形づくりが語る進化の物語」

中村  どんなに大きなゲノムでも、多細胞生物がもっている遺伝子数はだいたい2万数千個くらいで、ヒトも含めてみんなその中でやっていますね。
長谷部  植物でも大体そのぐらいですね。
中村  生きものってこんなものなのかなあという数に落ちついていますね。動物、植物に限らず、今までゲノムを調べた生きものはほとんどその範囲でしょ。つまり、生きるということを支える遺伝子の基本的な数は見えてきましたね。それが単細胞生物は数千で、多細胞生物は2万いくつ。この数には何か意味あるのでしょうね。
 今日は実際の植物の様子を見ながらお話ができてとても楽しかったです。動物と比べての植物の面白さがいろいろ見えてきました。ありがとうございました。
 

米国留学時代、花形成のABCモデルの提唱者Meyerowitz博士の研究室を訪問し、花の咲かないシダ植物で花形成遺伝子がどのようにはたらいているかを実験していた頃、実験の合間に集めた多様な松ぼっくりのほか、世界のあちこちで手に入れたさや豆、ひょうたんなど形も大きさも実に多様。中には、風にのるプロペラのような形をした羽根をもつ種子も。

自然はエライ!

科学者は自然の謎を解き明かすのが仕事ですが、結果が出ていつも思うことは、自然はすごいなあという実感です。すごく面白いことを解き明かしても、それは自然がエライだけで、科学者は舞台の幕を開ける係かなと思っています。今日の対談でも、中村先生(や同行の方々)のハエトリソウが動くのを見たときの引き込まれかた。やっぱり食虫植物はすごい。あらためて、その面白さを確認した対談でした。また、葉の上の1ミリほどの小さな感覚毛を見分けた中村先生の目の鋭さと、その毛の10倍も太さがあるシャープペンで適確に刺激する腕の確かさ、お見事でした! 次回は、もっと面白い次の幕を開いてお待ちしています。(長谷部光泰)

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