生命誌ジャーナル

2014年間テーマ うつる

生命誌を編む三つの対話

 自然の中から何かをいただき、そこから美しいものを生み出していきたい。これまで考え続け、今も一番大切と思っているこのことを具体化している方々との語り合いを楽しみました。これからの社会がここで語ったような方向へ動くように努めようと改めて思いました。(中村桂子)
※三つの対談は、来春公開予定の生命誌ドキュメンタリー映画からの抜粋です。

Ⅰ. 自然との親密さを取り戻すように
  伊東豊雄 × 中村桂子


建築家伊東豊雄さんの事務所を訪ねて、模型を前に、今取り組まれているプロジェクト「みんなの森 ぎふメディアコスモス」などのお話を伺った。

中村  震災の後、科学者は何もできないと悩みましたが、やはり人間は生きものであり、自然の一部ということを考えるのが私の役目かなと思っています。震災直後は、多くの方がそれを考えてくださいましたが、3年経つと忘れられてもとに戻ってしまった気がします。
伊東
 復興に関して私達もいろいろ提案しましたが、なかなか受け入れてもらえず、それならと「みんなの家」(註1)をつくりました。もう11軒が完成し、現在も3、4軒が計画中です。福島では小さい子供さんが屋内で遊べる大きな砂場をつくったりしています。

註1:「みんなの家」
東日本大震災の被災者の人々が憩い、復興について語り合う拠点となる場をつくるプロジェクト。

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仙台市宮城野区にある「みんなの家」第一号。竣工式後の芋煮会(2011年10月)。

中村  つくるところからみんなで関わり合うのが素晴らしいですね。家って本来、暮らす人の考えが生かされるもののはずですね。
伊東
 公共の仕事では、役所や地域の住民とうまく通じ合えずに、こちらの思いが届かないことも多いのですが、みんなの家に行ってみなさんと一緒につくっているスタッフは「建築がこんなに楽しいことだと思わなかった」って言うんですよ。本来はそうあるはずなのに。
中村  住まう方々がアイディアを出しながらつくっていけば、使いやすいでしょうし、愛着がわくと思うのです。
伊東  一緒にこの壁を塗ったんだとか言って、本当に愛してくれますから。
中村
 すべての建物、特に公共の建物がそのようにつくれたら、暮らしやすい社会になるでしょうね。
伊東  ただ、現実には、競争を強いるコンペティションというしくみがあるので、まずそこに参加して一方的に提案をして、後になって住民の人から「こんなもの欲しくない」と言われたりします。例えば、審査方法も、設計デザインの案でなく、どんなことを考えているかで選抜してもらい、その後、住民の人と知恵を出し合って最初から一緒に考えていけば、はるかに良い建築ができると思いますね。それには社会全体のしくみが変わらないと。
中村  科学者も、自分がご飯を食べ、子供を育てる生活者だということを忘れて専門の中だけでものを考えがちです。ですからみんなで考えて行くことはどの分野でも大切なことですね。家は日常生活の基地ですから、人間をつくる場にもなりますし。
伊東  すべてを切り分ける近代の思想がいろいろなところで弊害を生んでいますね。「みんなの家」は、これまで私が設計してきた建築とあまりにも違うのでそのギャップを批判されますが、やはり若い人達と一緒に、建築は一体誰のためにつくっているのかを考え直したいという思いですね。
中村  最近の伊東さんの建物には、生きものの感覚があります。人間以外の生きものも子育てのために木の枝や葉っぱを集めて巣をつくるし、ビーバーなんてダムまでつくります。
伊東  どういう場所に建築をつくるか、昔は場所を選ぶことが建築家の第一の仕事でしたね。ローマ時代の建築書でも、最初に周りにいる動物を見なさい、動物が元気な所は良い場所ですということが書いてあります。実はこの夏、南アフリカのダーバンで開かれた建築家の会議の帰りにサファリを初めて訪ねました。動物を見るツアーでは、現地の人がボンネットに乗って誘導してくれるのですが、彼は動物との間に信頼関係があって対話できるんですよ。私達に見えない遠くのものが見えるし、匂いもわかる、人間もこうだったんだと感心しました。真っ赤な太陽がサバンナの大草原に沈むのを見て感動した翌日、ドバイの街を訪れました。そこでは、これでもかというほどの高層建築の群れに太陽も霞の中で、なんだか人類の誕生から終末までを2日間で通過したような気持ちになりました。
中村  人間はだんだん五感を失っていますね。
伊東  経済一辺倒で動いているために、他の感覚や価値観が麻痺して、人間が壊れるんじゃないか。最近、そんな危惧を抱きます。震災の復興計画でも、人間の感覚を大事にすべきなのに、津波の規模に合わせて防潮堤の高さを嵩上げするとか、ひたすら数値で議論されます。防潮堤は簡単にひっくり返ったのに、なぜまた同じことをするのか。技術で自然を克服できるとする思想は間違いですよ。
中村  花や鳥など心を慰めてくれる自然も、人間の予測を越える出来事を起こす意地悪な自然も、同じ自然なんですね。その一つの自然の中で生きることだと思います。力で自然を支配しようとする近代文明は行き詰まっています。技術開発は必要ですし楽しいですが、人間が生きものであるということは変わりようがありません。昔の暮らしに戻るのではなく、科学が明らかにした生きものの知識を使って、自然の中でどう上手く生きるかを考える文明をつくりたい。生命誌にはそのような思いを込めています。
 震災の後に宮沢賢治を読んだら、「ほんとうの賢さ」と「ほんとうの幸せ」という言葉が何回も出てきます。これが今ほしいのです。私は小さな生きもの相手の研究の場にいますが、伊東さんの生きものの巣のような建築やまちづくりに同じ考え方を感じてとても心強く思っています。
伊東
 今、岐阜市の中心部に建設中の「みんなの森 ぎふメディアコスモス」は、「せんだいメディアテーク」(註2)と類似したプログラムで、図書館を中心に、ギャラリースペースや200人程度の小さなホール、市民がワークショップをする場を組み合わせた施設です。

註2:「せんだいメディアテーク」
2000年竣工。チューブと呼ばれる13本の不定形の鉄骨が床を支える特徴的な構造も注目を集めた仙台市の複合文化施設。

中村  パオみたいなものがたくさん見えますね。
伊東  この単位をグローブと呼んでいて、その下はマットの上で読み聞かせができたり、ラウンジのようにゆったりソファーで本を読んだり、きちんとデスクに座って勉強する場所だったり、様々な本の閲覧スペースになっています。テラスに出て、風にあたりながら本も読める。西側のプロムナードで、西日は遮られますし、南側には岐阜の人達が自慢する金華山が望めたりと、いろんな場所を用意しています。
中村  半透明のグローブは何でできているのですか。
伊東  ポリエステルと布を組み合わせていますからものすごく軽い。実はこの建築の最大のコンセプトは、長良川の地下水を利用して冷暖房に使うということです。水量が安定しているので、夏は温度を下げ、冬は逆に温めて、壁の無い屋内に暖気や冷気をゆっくり循環させられます。全体に広いのですが、まんべんなく周辺から柔らかい自然光が落ちてくるように設計しています。
中村  綺麗ですね。
伊東  屋根にも可能な限りソーラーパネルを貼って、自然エネルギーを活用して従来の施設の2分の1の消費エネルギーで賄おうと考えています。木造屋根には県産材のヒノキを使っていますが、今、屋根づくりに全国から160人の大工さんが集まってくれて壮観です。大変薄いヒノキ材で複雑なカーブをつくるために、平たい薄い板を3方向に重ねあわせながら厚いしっかりした屋根をつくっていきます。
 岐阜市の人口は40万人程ですので、ここへ来れば、必ず誰か知った人がいるというような親しみのある場づくりができます。
中村  岐阜の皆さんも良い物をつくっていただいて嬉しいでしょうね。
伊東  今、ここでどんな活動ができるかと、地元の若い人達と1週間に1回ほど話し合って、ソフト面の充実にも力を入れています。
中村  楽しい場所になりそうですね。特にあの素敵なグローブの中は居心地が良いでしょうね。
伊東
 大きなもので直径14メーターありますね。「みんなの家」が11戸集まった集落のような感じです。
 もう一つのプロジェクト(註3)ですが、こちらは9年がかりで台湾の台中市でつくっている、例の…。

註3:「台中メトロポリタンオペラハウス」
正式名称は台中国立歌劇院。「エマージンング・グリッド(生成する格子)」と呼ぶ幾何学概念によって生成された空間から成る。2005年のコンペティションから9年越しでようやく完成も間近という。

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外観(2014年8月)。

中村  7年前にもこのお話を伺ったことあります。失礼ですが、まだ建設中なんですか(笑)。
伊東  まだ(笑)。ようやく最終像が見えてきました。
中村  中が洞窟みたいで楽しそう。子供たちが探検に入っていくような感じ。
伊東  人間の身体は独立していますが、鼻や耳や、いろいろなチューブで自然とつながっていますね。そういう建築をつくりたかったのです。チューブの連続体が縦にも横にもつながり、外ともつながっているような。技術自体はプリミティブですが、その組み合わせで複雑な構造を実現します。
中村  長い期間の施工を、地元の方がよくサポートしてくださいましたね。
伊東  日本だったら、私はとっくに首になっていますよ(笑)。市からはクレームをつけられっぱなしですが、棟上げのときはみんな喜んでくれて、物をつくることに対する創造の喜びがある社会だなと思って、それは本当に嬉しいことですね。
中村  今の都会の建築は、敷地面積に対して効率良く、何しろ高く伸ばそうという感じでしょ。大人は割り切ればよいけれど、高層マンションの閉じた空間で子供が育っていったら、ちょっと生きものの感覚が持てないような気がします。
伊東  建築が高層化すればするほど均質化して、南側も北側も同じ環境で、今日の天気もわからないというような暮らしをしていたらどんどん感受性が失われて人間まで均質になってくる。それが一番恐ろしいですね。高層ビルに住む人間だって動物ですから、一歩外へ出たら、あそこは気持ちがいいなとか、そういう感覚を持っているはずです。ここは気持ちがいいから本を読もうとか、そういう自分の身体感覚で場所を選べるような建築がつくりたいです。
中村  そうですね。生きものの歴史を見ると多様化の積み重ねで、それぞれが暮らす風土に合う形になっている。先ほど建築は場所選びとおっしゃいましたが、効率優先で技術を使うのではなく、その土地の自然と向きあった上で思い切り技術を使ったらよいと思います。北海道から沖縄まで、それぞれに特徴のある良い場所がありますでしょ。
伊東  もう一度自然との親密さを取り戻すために技術を使っていく必要がある。昔の農家を見ると、本当に良い場所に建っているから災害のときに大きな被害は受けません。技術を過信して無理に平坦な土地を拓くから土砂崩れが起こる。
中村
 伊東さんは建築に、とことん技術をお使いになっているけれど、それを自然と向き合うために使ってらっしゃる。そこが魅力です。
 東北学の赤坂憲雄さんのお話(註4)ですが、震災の津波でも、数百カ所ある縄文時代の貝塚はすべて無事だったそうです。縄文時代の子も今の子も、生物学的には変わりありません。生まれたときに持っているものは同じですが、違うのは、森の中や海辺で駆けまわるか、マンションの中で暮らすか、という育ち方ですね。
伊東  3年程前から小学生を対象とした子供建築塾を開催していますが、面白いですよ。「水のような家」とか「虹のような家」とかテーマを出すと、すごく自由な発想が出てくる。私も一時期、風のような建築を考えていて、何かを置くことで風が見えてくるようなものをつくりました。
中村  私も風が大好きで、新宮晋さんともお友達です。私の家は風が通るので、天窓を空けておくと、そこへ暖かい空気が、すーっと引っ張られていくのがわかります。その日の風向きによって開ける場所を変えると、風の流れが変わるので、私は風の道に座って本を読むことにしています。
伊東  昔の人は、その日の天候や一日の時刻に合わせて家の中で過ごす場所や過ごし方を変えていましたね。今は、一年中、冷暖房完備の部屋で過ごしますが。私の飼っている柴犬も、マンションですが一番涼しい玄関のタタキの上で寝ていたり、ソファーベッドに移ったり、寒い時はベッドに潜りこんできたり、自由自在に場所を変えるんですよ。
中村  私、犬と同じなんだ。
伊東  いや、大したものだと感心するんです。そういう動物のような感受性をもう一度回復するように建築をつくらなくてはならない。
中村
 伊東さんが子供達に向けて書かれた『みちの家』(註5)という絵本を思い出しました。家の中に目に見えないいろんな通り道があるという感じ。閉じているのでなく、すーっと、外へ抜けていくことが大事なんですね。

註5:『みちの家 -くうねるところにすむところ – 子どもたちに伝えたい家の本』
伊東豊雄著。インデックスコミュニケ−ション刊(2005年)。

※関連記事:「生きものが暮らす空間が生まれる」54号トーク

Ⅱ. 風をあたかも見えるかの如くに
  新宮 晋 × 中村桂子


約30年の間に作られた新宮作品12点を集めた風のミュージアム(兵庫県三田市)を訪ねた。新作「風のロンド」の前で語り合う二人。

中村  新宮さんの作品は、目には見えない風の動きを彫刻で表現されて、しかも具体的にしくみまでわかります。
新宮  僕は既存のものを借りるのが上手なだけで、風や光があったからいただいただけです。
中村  自然からいただくということが大事ですよね。
新宮  ここへ来た人が、ワァ、気持ちいいところですねと言ってくださることがいちばん嬉しい。ここにあるのは、ただ28年間の仕事の積み重ねで、一時にやれといってもできませんが、若いときから今までのいろんな足跡があります。ある意味では同じことを続けていますが、少し形やメカニズムが違うと、こんなに表情が違う。
中村  風は同じように吹いているのに、それぞれ受け止め方が違いますでしょ。具体的に形で見えるから面白い。私たちに風の受け止め方を教えてくれるのですよ。
新宮  順路や散策の時間を想像しながら作品の配置を考えるのはすごく楽しかった。ここ「風のミュージアム」は、野外美術館ですからハードウエアとしてあるのは作品だけです。子供と家族が「何に見える」とかワイワイ話しています。
中村  解説がないから、自分で感じればよいわけですね。この「白い肖像Ⅱ」も面白いですね。
新宮  ボックスカイトのようですが、縦回転と横回転で動いている原理が明らかに見える作品です。
中村  風は見えませんが、その動きがこうして見える形になって、しかもその理屈までわかるというのが、科学をやっている人間としてはとても嬉しい。
新宮  でも、究極みんな科学ですよね。美も何もかも。
中村  そうですね。科学もある意味では美を追求しているのかも知れないし、美も科学だし。重なっていますよね。新宮さんの作品は、それがとても具体的に言えるから楽しい。しかも見ていて飽きません。
新宮  見えない風があたかも見えるかの如くに。動く彫刻というのは、主に動かす彫刻ですが、僕がつくりたい作品は、動力は外にあって中がからっぽで、だからこそ色々な外の要因を受け止められる彫刻です。からっぽであればあるほど外、つまり自然が見えてくる。アンテナがあって、視覚的な動きという形で無限に翻訳できるようなものをつくりたいとずっと思ってやってきました。
中村  自然はたくさんのものを持っているから、いくらでも引き出せますよね。
新宮  そうですね。自分を出すのではなく、だんだん自分の存在が融けるように透明になってくると、外によって生かされているということが初めてわかりました。若いときはもう少しギラギラしたところがあって、隣の彫刻が動かないと嬉しかったです。
中村  ハハハ。なるほど。でも今は、自分ではなく風や水という自然がやってくれると謙虚に思えるようになったということですね。
新宮  ええ。この作品は space graffiti といって、空に落書きするように線だけでつくりたいと、やじろべえを重ねるように組み立てました。よく、風受け面が無いのにどうして動くのか聞かれるので、冗談で「いちばん上だけサランラップ貼ってあるんですよ」と答えたら本気にする人がいました。
中村  ヒドイなあ。でもそう思いたいほどみごとに動きますもの。
新宮  どちらかと言えば『ジャックと豆の樹』のようにしたいですね。これを組むときはある程度まで地面に置いて組むのですが、その時に水平に持ち上げただけで動いて、その動きがまた面白くって、組み立ての間にまたアイディアが出てくるのです。
中村  作品はいつも、新宮さんの頭の中に出来上がりの姿があってつくるのですか。それともつくっていくうちに、色んな形に変化するのですか。
新宮  コンピュータで解析すれば動く様子まで画像化できるでしょうが、出来上がってどう動くかを見たいという気持ちで、わくわくしながらつくっているので、それはやりたくない。わかっているものをつくっても面白くありませんでしょう。ただあんまり驚くと、クライアントが心配しますが。
中村  つくった本人が驚いていたら心配しますよ。
新宮  でも今日はすごく何か機嫌がいいですね。いろいろな動きを見せてくれて。
中村  日によるんですか。
新宮  風によるんでしょうね。ここに組み上げるたびに少しずつ良くなることもありますし、図面でちょっとわからない箇所はあえてそのままにして、作品が実現するまでの行程を楽しんでいます。
中村  生きものと同じで、過程が一番面白いですね。たとえば自動車のような機械が思いがけないことをやっては困りますが、生きもの、特に子供は、思いがけないことをやってくれるから面白い。新宮さんの作品はそういうところが、とても生きものっぽいですね。
新宮  作り手にとって、いちばんの賛辞は「何で動いているんですか」という質問です。だって風も無いのに動いていましたよと言われると、ザマァ見ろと思います。
中村  私も、最初に三田の駅で拝見したときビックリしました。先に、風で動いていると教えていただかなければ、中に何か仕掛けがあると思ったかもしれません。自分が感じないくらいの風で、こんなに大きなものが動いているのはやっぱり不思議ですよ。
新宮
 特にあの風車のように重そうなものが動くとね。ここは外と時間の質も全然違います。あの風車はこの辺り一帯を仕切っているみたいでしょ。「里山風車」と呼んでいますが、今僕が世界中に呼びかけている構想、自然エネルギーで自立する村「ブリジング・アース(呼吸する大地)」(註6)のシンボルです。

註6:ブリージング・アース(呼吸する大地)【Breathing Earth】
風の彫刻家新宮晋が計画しているプロジェクト。風力や太陽光の自然エネルギーで自立し、私たちの星の自然環境を守り、未来へとつなぐために具体的な研究を行うユートピア。

中村  エネルギーを節約するだけでなく、風や水や光をエネルギーに使って、しかも楽しい。思う存分生きるという方向へ行きたいですね。自然から借りたエネルギーをうまく活かす社会になると生きものとしては暮らしやすいのにと思います。霞ヶ関の人たちをここに連れてきたら考え方が変わるでしょうね。
新宮
 それがブリージング・アースというプロジェクトの本質です。2019年の欧州文化首都(註7)に向けて、今、南イタリアで実現しそうです。日本では、この「風のミュージアム」で人々が集う催しを企画して徐々に広げてゆきたいですね。下の池には板を渡して舞台をつくって、そこで薪能をやりたいなあと思っています。

註7:欧州文化首都 【European Capital of Culture】
1985年より発足した制度。EU加盟国の中から1都市を選び、1 年間を通じて様々な芸術文化に関する行事を開催し、相互理解を深める。1993年からは、EU 域内と世界各国との共同作業が開始され現在に至る。

中村  素敵ですね。エネルギー問題でも、「反対運動」と言うと何か気が落ち込んでしまいます。そうでなく、楽しく、新しい提案で人々を引き込んで展開してゆけたら素晴らしい。
新宮  そう、否定する立場ではなく、元気が出る立場でね。でも、僕の提案は何か作り過ぎた作品を持ち込んだようなところもありますが。
中村  その作り過ぎた作品が素晴らしいのですから。それでまず成功例をつくることが一番です。
新宮  僕もこれからやれるだけのことをしながら、共感してくれる後継者も育てなきゃいけない。ジャンルが異なっても考え方を継いでくれたら、時代に合わせて中味が変わっても良いと思っています。ここが面白く発展したら、僕はあの世に行ってから、風になって見に来ようと思っているんですよ。変な風が吹くなと思ったら、それは偵察の風だったと。
中村  何でこんな動きをするのかしらという風が吹くかもしれませんね。この場所はみんなが自然と向き合うきっかけになります。時間がかかっても、ここからブリージング・アースに繋がっていくといいな。
新宮  その種は植えたと。それが、どんな風に花ひらくのやら、大木になってくれるのやら、いろんなことを思います。
※関連記事:「風と水と生命誌 – 偶然と必然が生み出すもの 」11号トーク

Ⅲ. 美しいと思えることを語り継ぐ
  末盛千枝子 × 中村桂子


八幡平の末盛さんのお住まいを訪ねた。田畑に囲まれ岩手山を望むテラスで宮沢賢治の童話について語り合った。

中村  こちらまで歩いてきた道の端に、アカマンマ、エノコログサ、シロツメクサ、スギナ、それにタンポポも、子供の頃におままごとをした材料が全部ありました。ふうっと風が吹いてススキが凪いでいるのを見て、あら、又三郎だと思いました。
末盛  この辺りは風が強いんです。私は風の又三郎と同居しているのですよ(笑)。八幡平に暮らして、初めて、毎日農家の方のお仕事を目にするようになり、次から次へといろんな作物をつくられていることを知りました。この土地の人達を見ていると、なんと慎ましく勤勉な暮らしぶりだろうと思います。子供のとき盛岡に疎開して5、6年住み、その後はずっと東京にいて、4年前にこちらに引っ越してきました。東京もけっこう気に入って暮らしていたはずでしたが、今も1ヶ月に1回くらい行くと、よくこんなところに住んでいたと思います。東京の人にはちょっと裏切り者みたいですが。
中村  子供の頃の東京にはここと同じ野原がありましたが、今はちょっと人の住むところではない気がします。故郷が変わったと皆さん嘆きますが、実は、東京生まれの人がその寂しさを一番感じているのではないかしら。
末盛  人間が住むのに適切な町の大きさってありますよね。ここでは夜、空が曇っても、雲の上に満月があればとても明るくてそれに気付くことが嬉しい。東京では気付けませんでした。
中村  3.11 の震災の後、一時的に東京の照明も抑えられて、お星様がとてもよく見えました。都会でも、普段からもっと明かりを抑えて生活できるはずですね。こちらの冬はお寒いのでしょう。
末盛  そうですね、大雪の年はこのベランダの手すりまで雪が積もって戸も開かなくなり、そうなると春まで溶けませんが、大好きな雪景色を楽しんでいます。引っ越してきたときに、近所のお野菜をつくられている方が、「冬は厳しいけど、春になった時はほんとに嬉しいから、がんばりなさい」と言ってくれました。この土地の人達も、春になるとやはりすごく嬉しくて、お隣のおじさんも自分の手に負えない程の種や苗を買い込んでしまうそうで、雪が消えたかしらと思うと、もう畑に出られています。
中村  計画的に準備されながら、自然を感じて動いていらっしゃるのですね。
末盛  それがとても感動的です。この前も、お米をつくっているお友達のご主人が、突然稲刈りするぞと言い出して、大変だったそうです(笑)。「今日だ」と思うときがあるのでしょうね。ここでは知識として知っていたことが、生活の中で裏付けされていく喜びがありますね。
中村
 まど・みちおさん(註8)が100歳でお書きになった本の中で、クエスチョンマーク「?」とエクスクラメーションマーク「!」、つまり「何だろう」と「わあっ、すごい」、この2つがあれば何もいらないと書いていらして、本質を突いていると思いました。今のお話を伺って、大変なことも含めて「何だろう?」「すごい!」が身の周りにある生活をしていらっしゃる。自然と共にある農家の方達はそれを残していますし、子供はまさに毎日がその2つですが、大人になるとそれを脇に置いてしまいますね。昔自然の中で暮らしていた人達や子供はこの2つのかたまりだった、その豊かさを忘れないようにすることが大事だと思います。まどさんは104歳で亡くなられるまで子供らしさを失わなかった。私は中学生や高校生に科学の話をするときに、「?」と「!」が大事という話をしますが、そのときに末盛さんが手がけられた『アニマルズ』(註9)の中の「ぞうさん」の話も伝えています。末盛さんも絵本のお仕事を通して子供達と接していらっしゃいますね。

註8:まど・みちお
(1909-2014)山口県生まれ。詩人。「ぞうさん」「やぎさんゆうびん」「ふしぎなポケット」「いちねんせいになったら」など数々の童謡でも知られる。

註9:『THE ANIMALS・どうぶつたち』
詩:まど・みちお、選・訳:美智子、絵:安野光雅。1992年にすえもりブックスより出版。現在は、復刻版が文藝春秋より刊行されている。

末盛  ほんとうによくできた絵本は、小さな子供のためのものでも、大人も楽しめて、何かを伝えられるとずっと思っています。
中村  少々の知識を身につけた大人から見ると、子供は何も知らないと思いがちですが、むしろ子供のほうが豊かな…。
末盛
 結局は、私たちは子供のときとあまり変わらないですね。石井桃子さん(註10)の聞き書きをした『ひみつの王国』という本があり、最近、その冒頭にポッとある一文がとても気にいっています。「大人になってからのあなたを支えるのは、子ども時代のあなたです」あらゆるものがここに集約されていて、見事だなと思って大好きなんです。

註10:石井桃子【いしい・ももこ】
(1907-2008)埼玉県生まれ。児童文学作家・翻訳家。代表作に『ノンちゃん雲に乗る』ほか。主な訳書『熊のプーさん』『トム・ソーヤの冒険』『うさこちゃん』シリーズほか多数。

中村  大人は子供を、何か、大人になる準備をするための時代のように思って、いろいろと教えたがりますが、実は、子供が子供としてあるということがとても大事ですね。そこであったことが、大人になったときに、その人の軸になっていくのでしょう。そう考えてもやはり子供は自然の中にいるほうがよいでしょう。
末盛  私も小さいときに盛岡にいましたが、従兄弟たちに囲まれて過ごした子供時代を本当にありがたく思います。
中村
 便利さを否定するつもりはありませんが、本質を見失わず、技術を賢く利用してゆくことが大切で、それには地方が適していますね。テレビは見られるし、スマホも使えるし、豊かな自然もある。土地に縁のない便利なミニ東京をつくるのではなく、さまざまな周りの状況をもっと生かして欲しいですね。
 末盛さんが子供だった頃のご様子を伺いますが、以前お話を伺ったとき、彫刻をなさっていたお父様(註11)がこだわられたのが「美しい」ということだと聞き、とても印象に残りました。

註11:舟越保武【ふなこし・やすたけ】
(1912-2002)岩手県生まれ。彫刻家。1967年東京芸術大学教授に就任。1987年に脳血栓で倒れたのちは左手で制作を続ける。東京芸術大学名誉教授。現代日本の具象彫刻の第一人者。代表作に《長崎26殉教者記念像》《原の城》《ダミアン神父》ほか多数。

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写真は、小学二年生頃の長女千枝子さんをモデルに塑像された作品《チエコ》。本人にしかわからないちょっと不満そうな表情をしているという。

末盛  父は、毎日家で、いつできあがるとも知れない石を叩いていて、生きていくのはたいへんだなあって(笑)。私は長女でしたので、あんな苦労はしたくないと思って見ていましたが。そう。父の影響はものすごく大きいですね。人間についても、生き方についても、あらゆることについて言えますね。小さいときからそう言われていましたから、めいっぱい抵抗するつもりでしたが、結局たいして違わない価値観に落ち着きました。
中村  美しいという判断基準は納得できます。美しいことが一番の基本だと思います。ここからの景色も美しいですね。
末盛  時々刻々変わっていって、嵐のときもありますし、それも美しいと思います。
中村  余りにも人工的な、キラキラした広告に囲まれた街は美しくない。理屈で説明できないところが難しいのですが、美しいという基準は確かにありますね。
末盛  人が何かをつくるのは、「私はこういうものを美しいと思います」ということを、人に知ってもらいたくてつくるのではないかしら。絵も彫刻も、映画もそうだと思います。
中村  お料理もそうですね。ただ食べられればよいというものではなく、美しいということが大事な要素になります。科学でも、研究の積み重ねから見えてきた、ある種の美を共有したいのであり、それを美しく表現すれば、その思いは伝わるのだと思います。研究館の若い人たちにもそう話していますが、教育を謳って理屈を説明するのではなく、自分の気持ちを美しく表現することが大事で、それは芸術にも、あらゆることに通じると思います。
末盛  科学にも美しいことがあるのでしょうね。最近、若いときに面倒でいやだった哲学や科学の本がとても面白くなってきて、自分がそれを美しいと思えるようになってきたと気付きました。
中村  誰かが一生懸命考えたことは美しいですね。この頃は絵本のお仕事はどんなことをしていらっしゃるんですか。
末盛
 以前すえもりブックスで手がけた本を現代企画室が復刊してくれているのと、3.11のあとに絵本プロジェクト(註12)を立ち上げました。言い出しっぺなので代表ということになっていますが、たくさんのボランティアの人たちが、ご自分のできることを生かしてやって下さって全体がとても上手に動いています。若いスタッフは福島や宮城へも行って、今は絵本を届けて読み聞かせをするだけでなく、新しい手遊びなどの工夫をしています。スタッフの中には、とても器用に折り紙をつくる方がいらして、きちんとネクタイの付いたワイシャツを折り紙でつくられるのには、信じられないという思いです。

註12:3.11絵本プロジェクトいわて
国際児童図書評議会と関わりの深い末盛氏のもとに世界から届いた被災地の子供達を心配する声を受けて、提案、有志・団体と共に立ち上げた、被災地の子供達へ絵本を届けるプロジェクト。

中村
 手遊びと言えば、加古里子さん(註13)が、じゃんけんや石蹴りなど、子どもの遊びをすべて調べて本になさいましたね。本の形で残して下されば、若い人がどこかで掘り起こしてつないでくれるかもしれません。

註13:加古里子【かこ・さとし】
1926年福井県生まれ。絵本作家・児童文学者。工学博士。民間企業の研究所に勤務しながら児童会活動等に従事。1973年退職後、作家活動、児童文学研究、大学講師などに従事。代表作に『からすのパンやさん』『どろぼうがっこう』『だるまちゃん』シリーズなどがある。

末盛  絵本プロジェクトでも参考にできることがありそうですね。それから、盛岡から少し外れたところで四世代で一緒に暮らしてきた人は、若いのに実に見事に方言で昔話を話してくれるんですよ。
中村  ひいおばあさまから直接聞聴いてらっしゃるから。そういう方は日本中にいるはずですね。
末盛  彼女は保育園の先生で、特別なことだとは思っていなかったようですが、宝物だと思います。私は一回聞いてすごいと思って、ことあるごとに彼女のことを話すものですから、恥ずかしいから止めてと言われますが、もったいないですから。同じ岩手県の人でも驚きますし、大人も子供も呆然と聞き入っています。そういう発見もありますしね。実に楽しいです。
中村  人から人へ伝えることの大切さを考えさせられます。岩手にも方言も含めて民話が残っているのが素晴らしい。
末盛  そうなんです。聞いている楽しさがありますね。きっと発掘すればもっといらっしゃるんじゃないかしら。
中村  今日こちらへ伺って、岩手山を望みながらお話を伺っていると、まるで宮沢賢治の世界にいるような気がしてきます。『土神と狐』でも、野原に樺の木が一本立っている場面がありますが、ここからの風景にはその感じがありますね。畑仕事をしてらっしゃる方もいる。いい風景ですね。
末盛  ここは田んぼで、初夏に水が入ったときは、水面に月影もうつして、見とれてしまうほどきれいです。
中村  その後に小さな苗がちょんちょんと植えられて、だんだん大きくなって、田んぼっていつ見てもいいですね。
末盛  不思議なのは、田んぼに水が入ったその時から、カエルが鳴き始めるんですよ。あなたたち、今までどこにいたのって。
中村  さっきも小さいカエルに出会いました。私の家も東京ですが池にオタマジャクシが真っ黒になるほどいるのにある日突然いなくなって、どこに行ったのか不思議です。
末盛  そんなことばかりですね。雪が降ってきますと、朝かならず、どなた様かはわからないけど動物の足跡があるんです。どこへ行くのかしらと足跡を辿るのを毎日楽しみにしてるんです。
中村  『セロ弾きのゴーシュ』のように動物が身近にいるのですね。あの物語は本当のことのように思えてきます。
末盛  そうですね。『土神と狐』はほんとに悲しい話ですが、もしかして都会と田舎を描いたのかもしれないですね。
中村  そうそう。現代と昔からの暮らしと言ってもいいかもしれません。狐さんは科学を象徴していて、ツァイスの顕微鏡を自慢すると、それに樺の木がちょっと惹かれるじゃありませんか。
末盛  そこが悲しいところですよね。
中村  土神がそれに嫉妬してしまう。両者の関係の捉え方が鋭い。どちらも危うくて。でも、結局は土に根ざしたところに戻るわけでしょう。最後に狐のポケットから「かもがやの穂」が出てくるところがちょっと悲しい。一方が素晴らしいというのではなく、どちらにももの悲しさがあって、自然の中にいるからこその捉え方だと思います。
末盛  うちの屋根の切妻にキツツキが巣をつくるんです。大工さんに穴をふさいでもらっても、1、2日ですぐ穴をあけられてしまって、これは屋根裏を棲み分けるしかないと思い、これ以上はこないでね、というところに網を張ってもらいましたが、向こうは自分たちが先住民族だと思っているのに違いありません。屋根裏にはクマンバチの巣もつくられたりと、改めて自然と生きているんだなあと思っています(笑)。
中村  屋根裏はよほど暮らしやすいんですね。駆除するのでも、全部譲るわけでもなく、上手に暮らしていくのが面白いですね。ハチやチョウなら私の家にも来ますが、キツツキまでは。来て欲しいな。
末盛  私が外に出ると、ギャ、ギャ、ギャ、ギャって(笑)騒ぐんですよ。にくい敵が出てきたぞと思ってるんでしょうね、きっと。
中村  もっと広く暮らしたいと主張しているみたいですね。ちゃんと人間を見分けている。
末盛  もうひとつ、私がここに来て感激したのは、ここから飛んでいくスズメは東京のスズメと飛び方が違うんです。あなたたち、どこまで行くの、という感じでピューーーっと、岩手山の裾のほうまで一直線に飛んで行ってしまう。びっくりしました。ずっと目で追っていけるぐらいに遠くまで飛んでいくんです。
中村  やっぱり、これだけ広かったら。末盛さんは、こういう中で暮らしていらっしゃるから、動物たちにも自然に「あなたたち」と呼びかけられますね。変にお思いになる方もあるのですけれど、私にもその感覚があります。
末盛  つい、言いたくなりますでしょ。
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プロフィール

伊東豊雄(いとう・とよお)

1941年ソウル生まれ。東京大学工学部建築学科卒業。1971年にアトリエ開設。ヴェネチア・ビエンナーレ金獅子賞、プリツカー賞など多数受賞。主な建築作品に〈せんだいメディアテーク〉〈多摩美術大学図書館(八王子キャンパス)〉、著書に『風の変様体』『あの日からの建築』などがある。

新宮晋(しんぐう・すすむ)

1937年大阪府生まれ。東京芸術大学絵画科卒業後,渡伊,留学中に立体作品へ転向し、風で動く彫刻を制作し始める。巡回野外彫刻展「ウインドサーカス」を欧米9ヵ所で開催。自然エネルギーで自活する村「ブリージングアース」を構想。代表作に「光のさざ波」「はてしない空」(関西国際空港旅客ターミナル)など。

末盛千枝子(すえもり・ちえこ)

1941年東京生まれ。父は彫刻家の舟越保武。1988年株式会社すえもりブックス設立、代表となる。IBBY名誉会員。M.ゴフスタインの作品の紹介や、まど・みちお氏の詩を皇后美智子さまが英訳された本など、国内外で独自の価値観による出版活動をした。岩手へ転居した直後に震災に遭う。以降、被災地の子供達に絵本を届ける「3.11絵本プロジェクトいわて」代表を務める。

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