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RESEARCH

ボルボックスの仲間から多細胞化を探る

野崎 久義東京大学

多細胞生物は単なる細胞の集まりではない。それぞれの細胞が異なる役割を担い、協調してはたらいている。もともと単細胞生物だった多細胞生物は、どのように多細胞体として生きるしくみを身につけたのだろう。緑藻のボルボックス目で、多細胞化の初期にはたらく遺伝子の変化を調べた。

1.単細胞から多細胞への進化を語る生きもの

池や湖などの淡水域に棲息する緑藻として、群体性ボルボックス目がある。この目の仲間はいずれも、単細胞生物であるクラミドモナスに似た細胞が細胞壁で結合して一個体となっており、約2億年前にクラミドモナス様の単細胞が多細胞化したのだろうと考えられている。一個体を構成する細胞数が最も少ないのがテトラバエナ(シアワセモ)で4個、ゴニウムは8または16個からなる。ボルボックスになると500個以上の細胞からなり、実に多様なのである。単細胞生物から多細胞生物への中間段階を示す種が現存するので、その進化を探る最適なモデル生物群と言ってよい(図1)。

 

(図1) 群体性ボルボックス目の仲間


2.群体性ボルボックス目の2つの特徴

多細胞生物の群体性ボルボックス目には特徴が二つある。一つは、各細胞が全体の部分として機能する構造をもつことである。もう一つは、発生過程で分裂直後の娘細胞同士が原形質間架橋と呼ばれるパイプ様の構造で互いに連絡し、多細胞体を形づくることである。細胞数の多いゴニウムやボルボックスでは、このような特徴が明らかにされてきた。一方テトラバエナは、4個の単細胞生物が集合しただけと考えられ*1、詳細な研究がなされてこなかった。

3.最も細胞数の少ない多細胞生物

そこで私たちはテトラバエナに注目し、クラミドモナス、ゴニウムと共にその細胞構造を調べた。まず、新垣陽子大学院生(2013年当時)が、テトラバエナの同調培養系を確立し、免疫蛍光染色法を用いて細胞の骨格構造を観察した。その結果、テトラバエナはゴニウムやボルボックスと同じく非回転対称構造をもつことが明らかになった。クラミドモナスにおける対称性を失っており、4個の細胞がそれぞれ多細胞個体の一部として機能していることを示している。

次に、テトラバエナの発生過程を透過型電子顕微鏡で観察したところ、娘細胞同士が原形質間架橋で連絡していることが示された(図2)。こうして、テトラバエナは4個の細胞を統合して一つの多細胞体として生きる、最も細胞数の少ない多細胞生物であることを突き止めた。

(図2) テトラバエナの多細胞体としての2つの特徴

4個の細胞がそれぞれ非回転対称な骨格構造をもつことと、分裂直後に細胞同士が連絡する原形質間架橋が確認できた。


4.多細胞化の初期にはたらく遺伝子

2010年にクラミドモナスとボルボックスの全ゲノム情報が比較解析され、ボルボックスで増えている遺伝子群が明らかになった*2。しかしこの比較では、多細胞化の初期段階での遺伝子の変化を知ることはできない。

そこで私たちは、両者の中間に位置するゴニウムの全ゲノムデータを国際共同研究によって解読し、これをクラミドモナスとボルボックスのデータと比較した。その結果、三者のゲノム組成は基本的に同じであるが、細胞の増殖を制御するRB遺伝子(註1)とサイクリンD1(CycD1)遺伝子に、ゴニウムとボルボックスだけに共通する特徴を発見した。

細胞が増殖する際に繰り返す細胞周期のG1期で、RBタンパク質は細胞分裂を促進する転写因子E2F/DPと結合し、増殖を抑制するはたらきをもつ。このRBタンパク質をタンパク質サイクリンD1がリン酸化すると、RBタンパク質からE2F/DPが遊離して転写が始まり、細胞周期はS期に入って細胞分裂が促進される(図3)。

(図3) 細胞周期とG1 期におけるRB タンパク質のはたらき

細胞が増殖に際してくり返す周期でG1 期、S 期、G2 期、M 期の4 つの過程からなる。RB タンパク質は細胞が成長するG1 期ではたらき、細胞分裂の抑制と促進を調節する。

RBタンパク質の分子構造を調べたところ、ゴニウムとボルボックスではクラミドモナスに比べて転写因子E2F/DPとの結合に重要と考えられる領域が短く、C末端領域のリン酸化部位を消失していることがわかった。

そこで、クラミドモナスのRB遺伝子欠損変異体を用いた実験を行なった。クラミドモナスRB遺伝子欠損変異体は細胞周期に異常があり、正常な成長ができずに細胞サイズが小さくなるが、そこにクラミドモナスRB遺伝子を導入すると細胞サイズが元に戻った。ところが、ゴニウムのRB遺伝子を導入したところ、サイズの変化ではなく細胞数が増えひとかたまりになり、ゴニウムに似た多細胞体が形成された。こうしてできた多細胞体様の変異体を、転写因子E2F/DPとしてはたらくDP1遺伝子欠損変異体と交雑させたところ、これは単細胞体になった(図4)。これらの結果は、ゴニウムのRBタンパク質が細胞周期に影響し、多細胞体の形成に関与することを示している。

(図4) RB 遺伝子をクラミドモナスに導入した結果

Hanschen et al., Nature Communications 7: 11370 (2016) より、一部改変 http://www.nature.com/articles/ncomms11370

さらにCycD1遺伝子は、クラミドモナスのゲノム中には1個しか存在しないのに対し、ゴニウムとボルボックスでは4個に増えていることがわかった。RB遺伝子とCycD1遺伝子の変化が、多細胞化を進める重要な役割を担うと考えてよいだろう。

一方、細胞の大きさや役割分担に関わる遺伝子は、ボルボックスのゲノムで増えているが、ゴニウムでは増えていなかった。このことから、多細胞化の初期にはまず細胞周期に関わる遺伝子群が変化して細胞の数が増え、その後に細胞の大きさや役割分担に関わる遺伝子が変化してはたらきが異なる細胞に分化する、という進化の道筋が推測できる(図5)。今後、最も初期に出現した最小多細胞生物テトラバエナと、ゴニウムより進化段階が高い群体性ボルボックス目との全ゲノム情報を調べ、単細胞生物から複雑な多細胞生物への進化の過程を遺伝子の段階的変化として明らかにできるのではないかと期待している。

(図5) 群体性ボルボックス目における遺伝子の段階的変化

(註1) RB遺伝子

RB遺伝子はヒトでも細胞の増殖を制御している。RB遺伝子の変異により細胞ががん化するため、ヒトのがん抑制遺伝子として知られる。

 

COLUMN

多細胞化とシアワセモ

私は生きものの生活環に関心があり、有性生殖の進化を探求できるという理由で、群体性ボルボックス目を研究してきた。その結果、2006年にオスに特異的なOTOKOGI遺伝子を発見し*3、それを契機にさまざまな人と出会い、研究は多方面へと展開した。その中でこれが、多細胞化への進化を明らかにする最適なモデル生物群であることを私に気づかせてくれたのは、ゴニウムのゲノム解析の共同研究代表者であるBradley J.S.C. Olson博士(カンザス州立大学助教)と我が研究室へ参入した新垣陽子大学院生であった。新垣さんは、約2億年前に4個の細胞が統合され、幸運にも現在まで生き残ったテトラバエナを生きた化石として「シアワセモ(和名)」と命名した。

実はシアワセモは、私の研究の根幹をなす生きものでもある。1978年から1992年まで高校で教鞭をとりながら、学生時代に取り組んだ群体性ボルボックス目の生活環の記載形態学的な研究を続けていた。その時、学校の中庭の池で出会ったのがシアワセモである。これをさまざまな培養条件で育てたところ、同型配偶子接合と接合子の発芽が観察でき、この接合子は群体性ボルボックス目とは異なり、単細胞のクラミドモナスと同じ原始的なタイプであると考えざるを得なかった。その後もその生活環と系統分類学的考察を続け、1994年に生活環全体の形態データを用いた分岐系統学的解析から、シアワセモが群体性ボルボックス目の最基部に位置するという結論に到り、新科テトラバエナ科のテトラバエナ属に移した*4。それまではゴニウム属とされていたのである。

人との巡り合わせで私の研究は発展してきた。今後も、多細胞化に興味をもって私と共に研究をしようという人との出会いを期待している。

*引用文献
1. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 106: 3254-3258 (2009)
2. Science 329: 223-226 (2010)
3. Current Biology 16: R1018-R1020 (2006)
4. Journal of Phycology 30: 353-365 (1994)

野崎 久義(のざき・ひさよし)

東京都立大学理学部卒。博士(理学)。慶應義塾高校教諭(その間筑波大学で論文博士取得)、国立環境研究所生物圏環境部主任研究員を経て、1995年より東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻准教授(助教授)。

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