1. トップ
  2. 季刊「生命誌」
  3. 季刊「生命誌」102号
  4. RESEARCH & PERSPECTIVE
  5. ゲノム・言語・音楽からヒトの歴史を探る | 季刊「生命誌」102号 | JT生命誌研究館
RESEARCH & PERSPECTIVE サルの中のヒト・言語をもった人間
RESEARCH 2

ゲノム・言語・音楽からヒトの歴史を探る

松前ひろみ

東海大学

ヒトは大きな脳、直立二足歩行といった身体的特徴の他に、言語や音楽などの文化的特徴をもつ。そこで、世界中に拡散したヒトのゲノムに刻まれた歴史と、各々の民族のもつ多様な文化とを重ねることによってヒトとしての歴史を理解したいと考え、日本列島とその近隣地域である北東アジアの13の民族集団について、ゲノムと文化の関係を調べた。

1.ゲノムと文化を組み合わせてヒトの歴史を理解したい

約20万年前にアフリカで誕生したヒト(ホモ・サピエンス)の共通祖先は、その後世界中に拡散して多様化した。民族集団の移動や混血の痕跡は、今を生きる私たちのゲノムの中に共通性と多様性として刻み込まれている。ヒトの文化も同様に世界中で多様化している一方、そこには普遍性も見られる。特に言語では、音声、文法、語彙、意味等さまざまな側面からそれを見ることができる。ゲノム解析によりヒトの歴史を生物学から調べている私にとって、文化の多様性と共通性は魅力的な材料である。

2001年に国際コンソーシアムで最初のヒト・ドラフトゲノムが解読されてから20年近く経った。今や世界中の様々な民族のゲノムのみならず、遺跡から出土した古い人骨に僅かに残ったDNAから得たゲノム情報を用いて、民族集団の多様性の歴史を再構築する研究が盛んになっている。現代は、こうしたゲノムのビッグデータを用いて、統計学的にヒトの歴史の解明に迫ることができる。

実は、文化指標としての言語や音楽は、立体的な道具類に比べて数値による記述が容易で、統計学的研究と相性が良い。言語学では言語に含まれる文法や音を分類し理論化・体系化する研究が蓄積されており、音楽は最終的には音波という物理的な要素として捉えることができる。近年はこうした言語や音楽という文化要素の形式化とデータベース化もそれぞれの専門家の手によって整備されつつある。

私はこうしたデータをもとに、ゲノムと文化を組み合わせてヒトの歴史を明らかにしたいと考えている。

2.多様な言語のグループが集まる北東アジア

私たちは研究対象地域として北東アジアを選んだ。朝鮮半島以北や中国、シベリア一帯を指すこの地域には、古くからアジア系の先住民族が多数暮らしている。言語の多様性が特に高く、ヨーロッパの言語が語彙(単語)の類似から主に少数のグループ(インド・ヨーロッパ語族、フィン・ウラル語族、孤立言語のバスク語族など)にまとまるのとは対照的である。文化人類学では、朝鮮と日本は東アジアとして、アイヌを含むシベリアや北米は寒冷地に適応した環北極圏として、大きく二つの文化圏に分けられることが多い。さらにゲノム解析によって、言語や文化の違いを超えた混血があちこちで進んだこともわかっている(図1)。

このように言語学、文化人類学、遺伝人類学の知見が一見バラバラな地域で、言語や文化の多様性とゲノムに書かれた歴史の間に関連が見出せるのだろうか。ここでデータ分析が力を発揮する。

(図1)北東アジアの13民族集団

北東アジアに位置する民族集団のうち、ゲノム、言語、音楽についてのデータが存在している13集団について調べることにした。

これまでの研究からわかっている混血の歴史を矢印で示した。

3.言語と音楽の要素を抽出する

はじめに私たちは、言語学、音楽学、統計学の専門家と共にデータを準備した。

まず言語について、語族(註)を越えた多数の言語が存在する北東アジアの場合、語彙(単語)に着目したのでは情報が得られない。そこで、他の要素である文法と音素に注目した。言語学の文法を比較する分野(言語類型論)では、文法は語彙に比べ進化が遅いという仮説があり、語族を越えた関係を調べるのに向いていると考えられる。文法のデータの例としては、例えば、主語(S)・述語(V)・目的語(O)の語順(SVO、VOS、OVSなど)や、動詞における過去形の有無といった文法の要素を抽出してデータ化したものがある。また、言語の音を規定する音素は、これまでに語族を超えた比較がなされ、利用できるデータの蓄積があった。さらに音素は、異なる言語が文化的な接触により類似する、いわゆる言語接触の影響を受けやすく、系統的ではない進化をする可能性が示唆されており、文法の比較対象として有効であると考えた。

音楽では、民族音楽学専門の共同研究者らが、音楽のリズムや拍子などの要素を分類・定量化し、北東アジアや台湾の音楽と集団史(註)を分析しているのでこれを用いることにした。(図2)

(図2)音楽のデータとして用いた音源

解析に用いた音楽データを聞くことができる。日本の音楽としては、じょんがら節や琉球三線を取り上げている。

Savage, P. E., Matsumae, H., et al. (2015). How ‘Circumpolar’ is Ainu Music? Musical and Genetic Perspectives on the History of the Japanese Archipelago. Ethnomusicology Forum , 24(3),443-467.

註:語族 語彙の類似性から共通祖先である祖語まで辿ることができ、系統樹的に一つにまとめられるグループ。
註:集団史 ゲノムの情報を用いて民族集団の多様性と歴史を再構築する研究

4.ゲノムと文化要素から見た民族集団間の関係は?

着目する文化要素が得られても、それをどのように同次元で解析するのかという問題がある。文化の進化を解析する方法は確立していないので、私たちはゲノム比較によって集団間の距離を調べる際に用いる古典的な手法のFstという指標を用いることにした。Fstは、任意の二つの集団の差違を数値で表し、それを集団間の距離として扱うことができる集団遺伝学の指標だ。そこで、ゲノムのSNPs(註)のデータと、言語や音楽のデータを民族集団間の差異としてそれぞれ数値化し、要素ごとにその数値を比較することで集団間の関係性を調べた。(図3)注目すべきは、ゲノム・文法・音楽において、日本と韓国の類似性が高いという結果を得たことである。韓国と日本は歴史的に近しい関係であるが、言語については一部の借用語を除き日常に関わる基礎語彙や考古学的に重要な稲作農耕に関する語彙は共有されていないと言われており、語族として全く別物である。しかしながら、韓国語と日本語は文法レベルで似ているのではないかという仮説が言語学者の間でも議論されてきた。本研究により、語族という語彙に基づいた分類では分からなかった両者の類似性がはじめて定量的に検証できた。

(図3)4つの要素から見た民族集団間の関係

要素ごとに類似性があるものを線で囲んで示した。注目すべきは、日本と韓国の類似性をはじめて定量的に検証できたことだ。音楽では、集団間のばらつきが高い中、アイヌは韓国や日本よりも北極周辺地域と近いことが興味深い。

註:SNPs 一塩基多型。SNPをDNAマーカーとして利用すると生きものの遺伝的背景を調べることができる。

5.ゲノムと3つの文化要素間の関係は?

Fstによって4つの要素ごとに民族集団間の関係を見ることができたので、次に要素間の関係を生態学などで利用される多変量解析の方法で統計学的に解析した。その結果、ゲノムの関係と文法の関係のみが統計的に有意に相関していることがわかった。(図4)

この結果は、何を意味しているのだろうか。一つは、文法をもとにすれば、世界中の言語の関係を定量的に見ることができるという可能性である。世界には約7,000言語があり約400語族に分けられるが、上述のように語族内の歴史よりも古い歴史を辿ることが困難であった。今回、この限界を超えて言語の歴史を探ることができる可能性が見えてきた。

もう一つは、北東アジアの地域史という観点から、ゲノムと文法を重ねてヒトの歴史を理解できる可能性である。例えば、これまでの研究により東アジアの集団(中国の漢民族)とアイヌの間のゲノムに基づく分岐年代は統計的に約18,000年と推定されている。アイヌは、今回私たちが比較した13の民族集団の中で最初期に東ユーラシアで分岐したグループであるが、こうした分岐年代の情報を言語の類似性に関する情報、例えば分岐年代の参考値として利用できるのではないだろうか。(図5)

(図4)ゲノムと3つの文化要素間の関係

4要素の関係の強さを調べ、結果を数値(割合)と色の濃さで示した。言語要素の中で進化速度が遅いと考えられる文法とゲノムの間にのみ強い相関が見られた。

(図5)ゲノムから見た民族集団の分岐

これまでのゲノム研究からわかっている北東アジアを含む地域の民族集団の分岐。本研究で比較解析した民族集団を黄色で示した。アイヌは13集団の中で最初期に東ユーラシアで分岐したグループである。

6.様々な側面から文化の進化を探りたい

ヒトのゲノムに書き込まれた歴史と言語の多様性の間に、一定の相関関係を見出したが、これは裏返すと言語の多様性のうち一部はゲノムに基づく集団とは独立に起きていることを示していると考えられる。集団の使用言語が変化する言語転換といった局所的・歴史的なイベントや、言語特異的な因子が複雑に絡んだ独自の進化があるのだろう(図6)。

ところで、文化の進化を分子進化や集団遺伝学的な進化と同じように扱って良いかどうかについては議論がある。その代表的な批判として、文化の進化は連続的なものとは限らず、また木構造(系統樹)として表現されるものではないという批判があり、私もその意見に同意する。ただし、系統樹が常に正しいとは限らないのは生きものの進化でも同じである。例えばヒトは、太古から舟や馬などの移動手段をもち、地理系統を超えた混血が頻繁に起きてきた。それゆえ集団遺伝学では、仮定した集団間の系統関係を超えた混血を検出することで、真の歴史に迫ろうとする。また生物界全体では、バクテリアのゲノムの水平伝播や植物のゲノムの倍数化など、単純な系統樹では表せない変化があちこちで見られる。系統樹はこうした個別の特徴を脇に置き、あくまでも最節約的な情報から作られたものである。これを踏まえると、文化の進化における特異性と言われるものは、生物界全体で見たら、十分に想定の範囲内かもしれない(あるいはそうでないかもしれない)。私は、人類とは大きく異なる暮らし方を選んだ生きもののゲノム解析も並行して進め、生物界における進化についての理解を深めたいと考えている。そしてゲノムと文化の進化では何が違うのか考察していきたい。

(図6)言語(文法)の進化の背景を紐解く

ゲノムと文法の相関関係。相関しない部分には、歴史的・言語特異的な因子が複雑に絡んでいるようだ。

松前ひろみ(まつまえ・ひろみ)

2005年東海大学電子情報学部卒業。2012年東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科博士課程終了。博士(医学)。
自然人類学・進化生物学の分野でポスドクを経験後、2018年より東海大学医学部基礎医学系分子生命科学 助教。

RESEARCH & PERSPECTIVE

サルの中のヒト・
言語をもった人間

映像で楽しむ