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バクテリアの時代から存在している性の現象は、生物の分化と多様化に伴って多岐にわたるパターンを生み出してきた。
雄だけが極端に小さなもの、雌だけが擬態をするもの、そして、性の一方が幼生型のままで一生を終わるもの…………。
こうした性の非対称性はどのようにして生まれ、生物にとってどのような意味をもつのだろうか。

性の起源や性のあらわすさまざまな機能について考えるときに、両性が極限的に異なっている生物をながめてみると、また一つの観点が生まれるかもしれない。ここでは、その1例として、オオミノガClania variegataという蛾の性について、形態と生態両面を紹介してみよう。

オオミノガの幼虫は、本州中部以西で普通に見かけるもっとも大型の蓑虫(みのむし)である。まず、この蛾の両性が形態的にどのくらい違うか見てみよう。両性の相違は蛹に脱皮した段階で際立ってくる。しかし、さらに成虫になると、予備知識がなければ両性が同一種どころか、同じ科はもちろんのこと同じ目(もく)に所属することさえとても想像できないほどに、性の相違は顕著になる。

オオミノガの雄は、翅の差し渡しが37mmくらいの茶褐色をした、さしたる模様もない地味な蛾である。頭部にはさほど大きくない複眼と、羽状に広がった触角、ほとんど退化して摂食機能を失った口器がある。胸部にはよく発達して長く伸びた前翅と、飛ぶときには前翅と一体となる小型の後翅、それにゆっくりと歩くことができる3対の胸脚がある。横長の翅形はスズメガ等に似て、たいへん飛翻力が強いことを示している。雄蛾の腹部は、普段でも蛾としてはやや長めであるが、さらに繰り出し型の望遠鏡のように、折り込まれている節間膜の部分がたいへん長い。この形態からも、雄は腹部をさらに長く伸ばし得ることがわかる。また、雄の交尾器は一般の昆虫と同様に腹部の先端についている。このようにオオミノガの雄はごく普通の蛾の姿をしている。

オオミノガのオスとメス
左/オスは頭部に性フェロモンを受容する羽毛状の触角がみごとに伸び、立派な複眼をそなえる。
右/蛹の殻から頭を出しているメス。触角も口も翅もなく、黒い眼点となった眼だけが痕跡をとどめる。

(写真=栗林慧)

それではこの雄と極端に違っているオオミノガの雌とはどのような形態をした生物であろうか。それは、一口で言えば蛆虫うじむしである。頭部と胸部はたいへん小型になるが、外皮のクチクラは厚く硬い。そして、本来この部分にある感覚器や運動器官はほとんど退化している。すなわち、頭部では触角、複眼、口器はまったく退化・消失して、触角とは無関係の1対の角のような突起と1対の眼点(像は結べない)だけが認められる。胸部は背面が硬い竜骨状の稜になり、翅と脚はほとんど跡形もなく消失している。一方、腹部は異常に膨れて、皮膚は全面的に白く軟弱な膜状になり、腹部の末端に近い第7腹節には体節を取り巻くように、抜け落ちることができる粉のように微細な毛が、ビロード状に密生している。腹部の末端には交尾孔と産卵器が疣(いぼ)状に認められる。腹部の内部は数千個に達する成熟卵がつまった卵巣小管で満たされており、消化管は機能を失っている。体の筋肉系も蠕動(せんどう)運動を行なうための薄い筋肉が見られるだけである。

昆虫では1個体の中で性染色体に異常が生じて、雌雄の部分が混在する個体、いわゆる雌雄型またはギナンドロモルフ(gynandromorph)が稀に現れる。その中には左右型といって、正中線をはさんで左右で非相称的に性が異なるのもある。「珍しいオス・メス同体」の写真(本記事最下部)はその1例で、この蝶の場合、個体としては生存可能である。しかし、オオミノガにこのような異常が生じても、恐らく終齢幼虫または蛹の段階で生きながらえることができないであろう。仮に存在しえたとしたら、その形は写真下の図のようになるであろう。

こんなメス、あんなオス

サカダチコノハナナフシ
色の違いのほか、メス(上)の翅は小さい。
テナガコガネ
オスの前脚はメスに比べて倍ほど長い。
ノコギリタテヅノカブト
オスの角は戦のため、メスにも角はあるが小さい。
オオジョロウグモ
メスの作る巣に複数のオスが同居する。背中の上の赤いのがオス。
メガネアゲハ
メスに比べてオスは華やかで、多彩。
マダラクワガタ
体長5mmほどの小さなクワガタムシ。えさとなる朽ち木の樹皮など狭い空間に多数が生活している。右がオス。
シギゾウムシの一種
シイなどの固い実に穴を開けて産卵するためメスの口吻は強く長い。しかしそれよりオスの口吻が長いのはなぜ?
ツヤアカノコギリクワガタ
オス・メス共に赤が一般的だが、黒いメスもときに出る。
プロカスセセリ
セセリの仲間はオスとメスが似ているのが普通だが、この種は例外。上がメス。
アキマドホタル
メスが幼虫型。しかし、オス・メス共に発光器をもつ。
ゾウムシの一種
小さな灌木の上で集団生活をしている。左がメス。

それではこのように極端な性的二型はどのように機能しているのであろうか。オオミノガの幼虫は孵化直後に植物組織等をかじりとって吐糸(とし)で綴り、円筒状の蓑をつくる。これは生長に伴って大きくしていく。蓑は両端が開いているが、蛹化(ようか)するときに上の穴を閉じて、枝にくくり付け、体を逆さにして下の穴のほうを向いて蛹化する。雄の蛹は細長くて、羽化するときには下の穴から半身を乗り出してから脱皮する。一方、雌の蛹は紡錘型で、下の穴よりずっと太くて、運動も不活発である。雌成虫への脱皮は、強固な成虫の頭部の突起と胸部背面の稜を使って蛹殻(ようかく)の前端部に円い穴をあけるだけである。

成虫になったオオミノガの生活は雌雄ともに純粋に生殖だけに集約されているといえよう。雄は雌を探して交尾するだけであり、雌は雄を誘引して交尾し、産卵し、卵を保護するだけである。雌雄の形態は上記の機能を全うするために全面的に適応している。雄は主に午前中に羽化すると、夕刻まで蓑に静止している。日没が近づくと飛び立ってランダム飛翔を始める。羽状の触角は雌の性フェロモンを感受する器官であり、強力な飛翔力を生む翅は雌のフェロモンの気流を捜し当てるのに有効である。前述のように脱皮した雌は、恐らく眼点で照度を感受して、夕方には蠕動運動によって蓑の下の穴から頭胸部だけを外に出し、この部分から性フェロモンを出して雄を誘引する。性フェロモンの気流を捉えた雄は雌の方向に向かって飛んで雌の蓑に達し、それに止まる。雄が飛来すると雌は蓑の中の踊の殻の中に再び潜り込む。

交尾・産卵

メスを蓑から出してみると……。
体のほとんどは卵のぎっしりつまった腹部。頭部は退化して縮小(右端)し、胸部も非常に小さい(右の褐色部分)。
オスは腹部をメスの腹部と蛹殻の間に割り込ませ、さらに蛹殻の奥にあるメスの交尾口まで腹をいっぱいに伸ばして交尾する(蓑を開いて見たところ)。 交尾から1日以内にメスは3000〜4500個の卵を産む。殻の中は卵で埋め尽くされ、半分以下に縮んだメスは、空気で少し体を膨らませて卵を守るが、幼虫が孵化する頃には一生を終える。
羽化したばかりのオス。
オスは、約1カ月の蛹期を経て5月下旬〜6月上旬に羽化するが、メスは一生を蓑の中で過ごす。
産卵器から産み出される卵。

(写真=栗林慧)

ここから、ミノガ独特のきわめて特異な配偶行動が行なわれる。雄はゆっくり歩きながら蓑の下の穴を探り当て、この穴の中に腹部を挿入する。蓑の中には、体に密着したスーツのような袋状の蛹の殻の中に雌が入って雄を待っている。しかも雌の交尾孔は袋の底のほうに位置している。蓑の穴に腹部を挿入した雄は、あたかも胸元から手を差し入れるように、腹部の先端を蛹の殻と雌の皮膚の間に挿入していく。この際かなり力を入れて腹部をぴんと伸ばさなければ、腹部をこじ入れることができない。雄はこのために盛んに口から空気を吸い込んで腸に送り込み、腹部をゴム風船のように伸ばすのである。このようにして、雄は腹部の先端にある交尾器で蛹の殻の奥に秘められた雌の交尾孔を探り当て、ようやく雌と交尾することができる。雄の腹部の節間膜はこのときいっぱいに伸ばされるので、腹部は平常の2倍以上の長さになる。

20分ほどで交尾が終わると、雄は蓑から腹部を引き抜いて飛び去っていく。雌は交尾後に、蛹の殻に入ったまま、殻の底のほうから次々と卵を産んでいく。というより卵を詰めていくと表現したほうがわかりやすい。雌の体内はほとんど卵で占められていたので、産卵を終わると雌の体はしわくちゃになって、4分の1ほどに縮んでしまう。雌は最後に、ビロードのような第7腹節の粉状毛を卵塊の表面に擦り付けて厚い毛の保護栓をつくる。雌は多くの場合、産卵後も蓑の中に残り、卵が詰まった蛹の殻の穴のところに踏張るように留まって、1齢幼虫が孵化するまで生き続けている。

オオミノガが分類されているミノガ科には、雌に翅のあるものや、翅だけ失って脚があるものなど、さまざまな形態の種がある。ほとんどの種が何らかの様式で、蓑の中に産卵するが、このような産卵習性によって引き起こされたと思われる雌の形態の退化と特殊化の最終段階が上に述べたオオミノガの姿である。そこには、雌雄が遭遇して交尾し、産卵するという、性の究極の機能だけが昇華されているといえよう。

(写真=栗林慧)

さいぐさ・とよへい
1937年山梨県生まれ。九州大学農学研究科修了。九州大学教養部教授を経て、94年より同大学院比較社会文化研究科生物体系学教授。ミノガやオドリバエの生態とその進化が主な研究テーマ。