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ラボ日記

研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【自分でやったことを自分のことばで話す】

吉田昭広 11月の下旬に、「形の科学会」のシンポジウム(=学会大会のようなもの。)で講演を行いました。「形の科学会」は「形」の科学的研究に興味をもつ人たちで構成される小さな学会です。研究対象は自然界の「形」のほかに文化財から社会現象まで様々で、学会員も数学、物理、化学、生物の基礎研究畑から、医学、工学畑の人まで多岐にわたっています。
 約1年前、今回のシンポジウムの責任者を引き受けられたM先生とお会いしたときに、「(1年後のシンポジウムで)チョウのハネの形に関する講演をしてほしい。」と頼まれ、「自分が今やっている研究についての話をすればいいだろう。」くらいの軽い気持ちで引き受けました。
 数ヶ月後に正式の依頼状が届き、シンポジウムにつけられたタイトルが「形が生み出す機能、...」となっているのに気づいたので(のんびりした話ですが)、「形と機能の関連」を中心に話さねばならないかと思い、あれこれと悩むことになりました。というのも、私はチョウのハネの「形態」や「発生」の研究歴は長いのですが、「機能」についてはあまり研究したことがなかったからです。予稿集(学会大会などでは、発表内容を予め知ってもらうための「予稿集」が作成されるのが普通です。)の原稿提出の締切日になっても何を話すか迷い続け、結局、チョウのハネの「形と機能」を中心に話し、「発生」にも少し触れる、という内容の原稿を送りました。しかし、気持ちの中にどうしても「引っかかるもの」が残りました。
 それから数日後、「形の科学会」の会長経験者であるH先生とお会いする機会があって「心境」を話すと、「講演内容は、シンポジウムのタイトルとは少しだけ関連するぐらいで十分だ。」と言われました。自分でも本当は「発生の話をしたほうがよい。」と感じていたので、シンポジウム責任者のM先生に「当日の発表では、予稿集と違う内容に変更しても構わないか。」とお尋ねしたところ、お答えはあっさりしたもので、「この学会は自由なのが良いところで、講演内容は演者のお考えで自由に変更してもらって構いません。」というものでした。気が楽になり、あらためて考え直して「発生の話を中心とし、その延長上で機能の話にも触れる。」というストーリーに変更しました。
 その後、何に「引っかかり」を覚えていたかを振り返って考えたとき、自分があまり研究していないことを、研究の現場にいる人たちに対して話すことへの「抵抗」だったのでないかと思いました。自分でやってきたことを自分のことばで話す(書く)ということが、聴いて(読んで)それを仕事に生かそうとする人たちにとっては、長い目で見たときには身につくものが多いような気がします。
 ところで「形の科学会」の学会員数は少なく、シンポジウムでの発表内容やメンバーのキャリアもバラバラだし、「趣味の学会だ。」として評価しない人たちも外部には少なくないようです。しかし、1つしかない会場で1つの発表(一般口演は一演題25分。)を参加者が聴いて、およそ「競争」とは無縁で、ほとんどが知的探求心で結びついているかに(私には)見える学会は、「厳しさ」に欠けて「研究効率」は決して高くないかもしれませんが、小さくても確かな存在価値はあるように思います。

[チョウのハネの形づくりラボ 吉田昭広]

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