季刊誌「生命誌」通巻7号

Talk

一瞬に込められた長い時間

大友直人 指揮者
中村桂子 JT生命誌研究館副館長

とある夏の午後、音楽家の大友直人さんと中村副館長は、大友さんのホームグラウンドの東京芸術劇場で対談しました。初対面。ともに相手のことは専門外。しかし、話が進むにつれて音楽と科学の不思議な共通点が見えてくるのでした。


大友さん

科学を演奏する

中村--
 西洋の科学と音楽は、どちらも明治になって日本が新しい国になるための文化として取り込みましたが、100年ちょっとたってみたら、音楽はみんなが楽しめるものになったのに、科学は隅っこで専門家だけがやっている。この差はいったいなんだろうというのがとても気になったのです。科学が音楽よりおもしろくないなら仕方がないけれど、私にしてみれば、両方とも同じように人間の知性や感性を刺激する本質的なものなのに。大友さんは音楽の専門家でいらっしゃいますけれど、日常も音楽を楽しんでいらっしゃるし、演奏会にくる人も特別な人ではないと考えていらっしゃいますでしょう。そこが違うと思いまして、科学も演奏してみたらどうだろうと思ったんです。作る人、それを楽しむ人、演奏する人。皆が楽しむという、音楽にとっては当たり前の話が、科学から考えたらおもしろい活動だと思えまして。
大友--
 僕は音楽をあまり難しいものとしてとらえない主義なんです。音楽は非常に自然なもので、科学と同じようにいろいろな分析ができるわけですね。だから音楽的に分析していく学問もあって、われわれもそれを勉強したうえで音楽を作っています。けれども、大事なのは、そこで美しいハーモニーが響いていることだったり、心地よいリズムがあるということ。最初に絶対的な現象がある。その現象を後で分析すると、こういうことになっているね、ということなんですね。自然に対する直観はなにものにも勝るんではないかという認識は私自身はもっています。
中村--

なかむら・けいこ
音楽はうるさいことは言わずなんでも楽しむ。ベートーヴェンの多様さが好き。バックグラウンド・ミュージックとしてラヴェル、ドビュッシー、ビートルズ……など
 科学でもまったく同じで、チョウチョがきれいだと感じて、どうしてちっちゃな卵からあんなものが生まれてくるんだろうというのは、どんな子供でもふと思うことですよね。それは直観ですけれど、事実を分析してみてもう1回見直すと、あ、そうだったのかということがより深まる感じがするんです。それが科学。
大友--
 そうですね。まったく同感です。自然界にはすごくバランスのとれた状態というのがあると思うんです。音楽がまさしくそうなんですけど。それを人間というフィルターを通しますと、人間の感覚はいろいろ動いているから、バランスがとれた状態で自然を享受するとは限らない。そういうときに、分析によって本来のバランスというものが見えてくるということはあると思いますね。小さいときから楽器を弾くトレーニングをしたり、リズムのトレーニングをしたりということを通して、バランスのとれた感覚をもつようにしていくのはそのためですね。

宇宙のバランスを知る

中村--

大友さんは1992年4月から東京芸術劇場を舞台に、東京交響楽団を率いて「東京芸術劇場定期演奏会」を指揮、プロデュースしている。「コンサートホールは現代社会の中での異空間」と大友さん。東京芸術劇場アトリウムにて。
 うらやましいと思いますのは、音楽の場合は誰もが、その直観と分析を一つのものとして受けとめるんですね。科学の場合は分析だけであるように受けとめられてしまう。私たちが伝えたいのは自分のなかで、こういうバランスがあるんだということがわかってくる気持ちです。それを他の人と共有したいのです。今までの100年は知識として詰め込むのが、一つの段階として仕方がなかったかもしれないけれど、次の100年で、科学は自然をバランスよく理解する一つの方法なんだと認識される状況をつくっていくのが私の夢です。
大友--
 とてもすばらしいてすね。しかもとても重要なことだと思います。というのは、今、地球環境の問題は、どこでも言われていますけど、ほんとうに個人のレベルで人間が認識していくというのは、意外にやさしいことではないかもしれません。人間が真剣に自分たちの地球を心配するようになるためには、科学に対する興味や知識を通して宇宙のバランスがわかる必要があると思います。
中村--
 そうですね。そういう感覚をもってしまえば、あとはわりあい簡単で、どう行動したらいいかというのが自然に出てくる。規則を作って動くのではなく、そういう感覚をもった人たちが自然に行動している社会がいいなと思います。

科学を「科楽」に

大友--
 僕はよく、人は何に感動するのだろうと思うことがあるのですが、ひとことでいえば、情熱とか、そこに費やされたエネルギーといったものに感動するんじゃないでしょうか。たった2時間のコンサートでもその裏側にある時間、つまり奏者がその曲を練習して自分のものにしてほんとうに好きになって、そして情熱を傾けて弾いているというそのエネルギーが出てくるんだと思うんですね。僕はそういうエネルギーというものをある程度信じますね。『運命』を聴いたときに、ベートーヴェンという人間がよくこんなことを書いたなと、よくここまで根をつめてやりとげたなということに感動を覚えずにはいられないわけです。
中村--
 生き物の場合、40億年ほど前の共通の祖先から長い時間をかけてそれぞれの姿になってきたのです。だから、ちっちゃなアリ1匹でも何か魅力があるのですね。ベートーヴェンとアリを並べては申し訳ないのですが、生き物のなかに巧まずに長い時間のエネルギーが込められている。人間が魅力を感じる、感動する対象として凝縮された時間がはじけ出してくるという感覚はとてもダイナミックな心地よいものなのではないでしょうか。
大友--

書き込みの入った楽譜と指揮棒。大友さんは指揮棒にはこだわらない。
 われわれの今の都市生活というものは非常にテンポが速くて騒々しくて、人間という生物にとって自然な形の生活環境だとはとても言えませんが、ベートーヴェンが音楽を書いていた時代は今ほどせわしない世の中じゃなかったでしょう。彼が田園交響曲を小川を散歩しながら書いたというのはほんとうだと思います。そういった空間というものを音楽を通して僕たちは実感することができます。たとえばこの芸術劇場にくる人はそういう特別な空問を享受することが一つの目的だろうと思うんです。僕は家を出て街の中を車を運転してホールにくるわけですが、静寂というのは、じゃあ曲を始めますよってみんなが楽器を構えて、僕が棒を振り下ろすまでの数秒しかない。そのときに初めてベートーヴェンの田園がパッと鳴る。このギャップというのはすごいものがあるんですよ。これはとっても大事なことなんですよね。われわれがそのギャップをトリップできるかというところにかかっているんです。それを世の中に提供するのが音楽家の責務だと思うんです。
中村--
 その数秒をもっともシャープに感じとれるのが指揮者でいらっしゃるわけですね。それを私たち聴衆も共有できる、あの時間は音楽以外にありませんね。いい演奏のときには後まであのとき同じ空気を共有したという感覚が残りますし。
大友--

大友さんはNHK・FM放送の「クラシック・リクエストアワー」のホストも務めている。「いつも聴いていて、前からファンでした」と中村副館長。
 僕はいつも幸せだと思ってますね。音楽でおもしろいのは自然のなかの一部で遊んでいるわけですよ。音楽はプレイするっていいますけど、それは再創造でもあるんです。人間たちが自然の法則を利用して何か作るわけですよね。まさにプレイするおもしろさというものがあるわけです。そこがたまらない魅力なんでしょうね。それを、音楽家、作曲する人、演奏する人、聴く人がいて、みんな非常に楽しんでなんらかの不思議を感じながら時間を共有できるという部分をもっている。
中村--
 音楽は音を楽しむとちゃんと書いてありますね。科学も「科楽」にするとよいかもしれない。
大友--
 すべての学問は音楽に恋をするというようなことを言った人がいるんですけれど、それもなかなかいい喩えだなと思ったりします。
中村--
 科学も恋をしていただけるように工夫しようと考えて、研究所ではなくて研究館にしました。英語ではリサーチホール、科学のコンサートホールです。音楽家の緊張と楽しみを私たちが共有するように、研究者の科学を楽しんでいただける空間にしたいと思っています。
おおとも・なおと
1958年東京生まれ。演奏も作曲もする人間になりたくて現場の仕事ができる指揮者の道を進む。桐朋学園を卒業後、NHK交響楽団指揮研究生となり、10代から現場をふんだ。20代の頃はポピュラー音楽の仕事も多く手がけ、音楽に対する感覚は民族や地域を超えて生物的に同じだという認識をもつようになる。1991年より東京交響楽団正指揮者に就任。
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