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Science Topics

人工分子チューブを創る
ー分子マシンをめざしてー

原田明

生物は分子の集合体です。それでは、分子から生物を創り出すことができるでしょうか。今はまだできません。しかし、種々の分子を部品として、生物と似ているものの、生物とは違ったものをつくってみるのは面白いかもしれません。

私たちは、ブドウ糖が環状に結合したシクロデキストリンという化合物が、その穴にポリマー(鎖状分子)を選択的に取り込み、ネックレスのような構造を形成(自己集合)することを見出しました。鎖状分子が、その端からシクロデキストリンの輪を次々にくぐり抜けて結晶となるのです。

しかし、このままではシクロデキストリンがポリマー鎖からはずれてバラバラになってしまいます。そこでこのポリマー鎖の両端に、シクロデキストリンの輪を通り抜けることができないような、大きめのほかの分子をくっつけました。中のポリマーは、もう外に出ることはありません。
 

分子ネックレスのコンピュータ・グラフィックス模型。ポリエチレングリコールの芯(青)のまわりに、酸素(赤)、炭素(白)からなるシクロデキストリン分子がネックレス状につらなっている(構造を見やすくするため水素原子は省略してある)。
 

この分子はまさに軸を通したローターであり、エネルギーを与えてやれば、輪は軸のまわりで回転し、軸が十分長ければ輪は軸にそって左右に移動します。鎖状分子の中に相互作用のいくぶん強いところを組み入れてやれば、そこで止まったり、また動いたりするでしょう。これは、分子レベルで情報を記憶し、処理できる分子素子への可能性を示唆しており、分子コンピュータも夢ではなくなってきています。

さて、この分子ネックレスの特徴は何でしょうか。多くのビーズが、ポリマー鎖にそって一次元状に並んでいるのです。そこで私たちは、今度はこのネックレスの、隣り合うビーズとビーズの間に橋をかけてつないでやりました。これを強いアルカリ水溶液で処理しますと、両端の大きなストッパーが切り離されます。そうすると、中の軸も抽出により取り除くことができます。その後、中和して精製してやると、思いどおりの長さのチューブができました。

このチューブは内径が0.45ナノメーター(1ナノメーターは、100万分の1ミリ)で、おそらく合成されたものとしては、もっとも細いチューブでしょう。このチューブは細長い分子を選択的に強く取り込みます。イオンや電子の通り道になるのではないでしょうか。

生物には、輪をつないだ構造のチューブはありません。しかし、化学の世界ではそれができるのです。DNAに遺伝情報を託すことで、生物は安定した進化を可能にしましたが、そのために、利用できる分子の種類に制約ができたとも言えます。

分子の自己集合は生物ではよく見られる現象ですが、分子の世界(化学)でも注目されてきています。扱う分子がより複雑に、さらに大きくなる(高分子)と分子のもつ情報量が多くなり、より多様な分子集合体が形成されるようになるのです。

生物にはない分子を使って「変わり者」をつくる。外部の情報を的確かつ鋭敏に感知し、判断し、行動を起こす分子(あるいは分子集合体)の登場とその発展は、未知の分野を築くことでしょう。

さらに自己修復、自己増殖できるシステムをつくることができれば、すばらしいことでしょう。現在では困難なことですが、生物はすでにやっていることなのです。

DNAに頼らない生物があってもいいのじゃありませんか。

(はらだ・あきら/ 大阪大学理学部助教授)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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