1996年6月、生命誌研究館サロンコンサートで黒田由樹氏とデュエット。

音楽作品はもちろん、文学を見ても、あらゆる楽器の中で、笛が登場することがこれほど多いのはなぜだろう。

古くはギリシヤ神話の「パンの笛」、12世紀ドイツの「ハメルンの笛吹き」、モーツァルトの「魔笛」など、詩作にいたっては枚挙にいとまがない。笛の音には人間の感性に深くくい込んでくる何かがあるようだ。

ヒンズー教では、主神クリシュナの吹く笛の秘密を知る者は宇宙の神秘を知る者と考えられている。また、日本でも平安時代、極楽浄土を垣間見ようと建立された平等院鳳旦堂の本堂にある「雲中供養菩薩」の中には、横笛を奏でる一体がある。

笛と他の楽器との決定的な違いは、人間の吐く息が直接音となる点ではないだろうか。旧約聖書の創世記には、神が土で自分の体に似せて形を造り、息を吹きかけることによって生命を宿らせ人間は生まれた、と記されている。息とは命そのものであって、それを媒介にする笛の音に、太古の昔から人々が何か不可思議な力が宿っていると思い、それが、生命と死に結びついたものであると感じてきたのは自然なことに違いない。石器時代の原始人が動物の骨をくり抜いて作った笛から出る音も、現代の貴金属で作られた高価なフルートによって奏でられる音も、人間に及ぼす作用は同じであってその本質に変わりはない。

往年の大フルーティスト、マルセル・モイーズは、レッスンの折、私に「私は二つか三つの音があれば、人を感動させることができる」と豪語したことがある。まさに笛は音がすべてなのである。

少年のころ、遊び半分で始めたフルートだった。プロのフルーティストになるなど思ってもみなかったが、ふと気づいたら日々笛を吹いており、最近ますますその魅力にとり憑かれている。

(えのきだ・まさよし/大阪フィルハーモニー交響楽団首席フルート奏者)